正式発注をエサに、契約前作業を強いられたソフトウェア開発会社「マッキンリーテクノロジー」。営業の日高は3週間かけて作ったプロトタイプを持ち込み、顧客の前でデモを行ったが……。
「コンサルは見た!」とは
連載「コンサルは見た!」は、仮想ストーリーを通じて実際にあった事件・事故のポイントを分かりやすく説く『システムを「外注」するときに読む本』(細川義洋著、ダイヤモンド社)の筆者が@IT用に書き下ろした、Web限定オリジナルストーリーです。
ソフトウェア開発企業「マッキンリーテクノロジー」の日高達郎は、広告代理店「北上エージェンシー」から、AIで折り込みチラシを自動作成するシステム開発の引き合いを受けた。技術部長の生駒から「セールスの一環として」一部機能を事前に作ることを打診され、受注したい一心でそれを承諾してしまう日高。受注はほぼ確定、正式契約後に事前作業の費用も払うと言われたのも大きかった。
だが、約束は守られなかった……。
2017年1月――。作業開始から3週間で、マッキンリーテクノロジーのエンジニアたちは、1種類の広告を作る小さなシステムを作った。定められた数種類のレイアウトをシステムが選択して白黒印刷のチラシを表示するだけのもので、掲載する商品の数や見だしに使う語句も限られてはいたが、オペレーターが掲載商品に関する情報や季節、広告を配布する地域などを入力すると、よく見るスーパーマーケットのチラシらしきものを出力することができた。
チラシ作成にはわずか5分ほどしかかからず、操作者が商品や発行日付などのパラメータを変えると、それに応じてレイアウトや見だしの文字を変えられた。
(これで正式契約をとれるぞ!)――マッキンリーの営業、日高達郎の胸が躍った。
2017年2月――。
日高はシステムを北上エージェンシーに持ち込み、技術部長の生駒と十数人のクリエーターたちの前でデモを行った。
わずかの開発期間にしてはよくできていると自信を持って説明を始めた日高だったが、デモは出だしからクリエーターたちの厳しい意見で中断した。
「決められたものからレイアウトを選ぶの? そのときどきのクライアントの要望に応じて自由にレイアウト変えないといけないんだから、バリエーションは無限だよ?」――1人のクリエーターが顔をしかめながら言ったのが始まりだった。
「いえ、これはまだデモプログラムですから、本番ではもっとたくさんのレイアウトをAIに覚え込ませまして……」
「それだって定型のパターンから選ぶんでしょ? 私たちは、その時その時で最適なレイアウトを感覚で作るんだよ。これじゃあ考え方自体が違うなあ……」――小さく首を振る相手に日高が反論をしようとしたとき、別のクリエーターが声を挙げた。
「さっきさあ、『秋の行楽シーズン』ってキーワードをパラメータ設定したら、『10分でできる楽チンレシピ』なんて見だし候補が表示されたけど、あれ何?」
「あ、それは……行楽の『楽』という文字をAIが拾って、関係する語句を登録データの中から見つけたんだと思います。他の見だし候補の中には、ちゃんと『お弁当』などの『行楽』に合致するものもあったかと……」
「そんな余計な候補を作られたら、こっちは選ぶ手間が増えるじゃない。そんなにアホなの? AIって」
クリエーターはあきれたように首を振った。
「い、いえ。ですから、その辺りはAIにいろいろ学習をさせることで精度も上がってくるかと……」
日高はこめかみに流れる脂汗を感じながら答えた。
AIに精度の高い回答を出させるために必要な時間は、最低でも数カ月はかかる。「行楽」という言葉から「楽チン」という見だしを作ってしまうのは、いかにも稚拙な出来栄えに見えるが、わずか3週間の開発期間ではやむを得なかったのだ。
しかしAIはもちろん、コンピュータシステムについての知識もあまりないクリエーターたちは、一斉に苦笑いを浮かべてあきれ返っていた。
クリエーターたちの指摘は、白黒印刷しかできないことや、商品の画像の大きさについてのクレームなど、その後も収まらず、結局、予定したストーリーの半分も消化できずにデモは終わった。
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