「万事、うまくいったわ」――北上エージェンシーのビルを出た美咲は、「マッキンリーテクノロジー」に電話をかけ、日高に告げた。
「本当ですか? ウチが使った費用も?」
日高の大きな声が耳元に響いて、美咲は少しだけ顔をしかめた。
「ええ。大丈夫だと思うわ。生駒は……これから痛い目に合うでしょうね」
「ざまあ見ろってとこです。それで……ウチから北上に流れたAIのノウハウは?」
今後のことを考えるなら北上から費用を取り返すことよりも、自社のノウハウがライバル企業に流出してしまうことの方が深刻な問題だった。
「残念ながら、それは取り戻せないわ。今はまだ他社には流れていないかもしれないけど、北上の何人もの社員がPCにデータを保存しているみたいだから、流出は避けられないわね」
「そう……ですか」
「流出したノウハウは、むしろ無力化する方が得策よ」
「無力化?」
「『月刊アットマークアイティ』って雑誌知ってる?」
「有名なIT雑誌ですよね?」
「そこの記者に今回アンタたちが北上のために作った情報やAIがまともな答えを出すようにするためのノウハウ、つまり学習教材を教えようと思うの。もちろん、アンタの上司に承認を得てね」
「そ、それじゃあ、ウチのノウハウが全部、雑誌を読んだ人に漏れちゃいます」
「どの道、どこかの会社に漏らされちゃうでしょ。でも、それを誰もが知る技術にしちゃえば、ノウハウとしての価値はなくなる」
「しかし……」――そう言ってから日高はいったん考えた。
北上相手に開発したAI利用のノウハウは確かに価値のあるものだが、北上が持っている以上、マッキンリーが隠していたところで意味はない。それよりも、うまく記事を書いてもらえば、北上がライバル他社に漏えいして何らかの見返りを受け取るのは防げるし、逆にマッキンリーの技術力を世間に認めさせるチャンスになるかもしれない。
「なるほど、分かりました」
「北上だって、自分のやったことを考えれば文句は言えないはずよ」
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