データサイエンティスト協会は、2018年第1回目のセミナーを開催し、『深層学習はすべてを解決できるのか?』と『世界に根差す人工知能と協調による創造性』の2つのセッションと、それを踏まえてAIやデータサイエンティストについて議論するパネルディスカッションを行った。本稿はそのパネルディスカッションの内容を紹介する。
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2018年4月26日(木)、「データサイエンティスト協会 セミナー2018 第1回」が開催された。データサイエンティスト協会の会員向けのセミナーで、データアナリストやデータサイエンスの実務に携わる方を対象にした勉強会である。筆者の印象としては、ビジネス寄りというよりも、アカデミック寄りの話題が多いセミナーだった。
セッションは、下記の3つだった。
登壇者のプロフィールについては、TECH PLAY上のイベントページを参照してほしい。
1つめのセッションでは、登壇者自身のデータ解析との出合いから始まり、データから逆に因果関係を読み解く“データサイエンス”という分野の立ち位置、「見よう見まね」の機能を実現する目的特化型AIは近似モデル(つまり、えせモデル)であるという考えや、現在の人工知能ブームが実は1980年代の数理・情報技術に基づくという意見、最後に深層学習モデルの強みや弱み、最近はGAN(Generative Adversarial Nets)やVAE(Variational Auto Encoder)などの生成モデルの研究が盛り上がっていることなどが紹介された。
2つめのセッションでは、『人工知能のための哲学塾』にも書かれているような、現在の人工知能を成立させている哲学・思想をベースに、ゲームの意思決定に採用したAIや、対戦アクションゲームでの強化学習(Q-Learning)などの事例などが紹介された。デカルトの時代から振り返り、ライプニッツによる「人間の思考」の記号表現、フレーゲによる概念記法、ブールによる数学化といった流れから「AIは“思考の算術化”である」と論じ、「生物の環世界をAIにも導入して意識を作りたい」と語り、(仏教とは真逆に)ゲームのAIに“煩悩”を与えることを目標として示した。
……と書いても何を言っているか分からないかもしれないが、正直、セッションを全部聞かないと理解は難しい内容だったので、上記の簡略的な説明でご容赦願いたい。今後、イベントページ上でセッションスライドが公開されるのではないかと思われるので、そちらを参照してほしい。
続いてのパネルディスカッションでは、これまでのセッション内容を踏まえつつ、あらためてAIやデータサイエンティストについて、お二人の考えが聞き出された。本稿ではこれについてまとめる。発言は口語調で記述した。
※注意点として、あくまで筆者なりの解釈で会話を短くまとめており、音声の録音もしなかったので発言内容を再チェックできていない。認識違いなどがある可能性もあるので、その点はあらかじめご了承いただきたい。また勘違いや間違いを発見された場合は、お問い合わせ口からご指摘いただけるとうれしい(以下、敬称略)。
斉藤 あらためて、お二方にとってAIとは何でしょうか?
樋口 私はアカデミックにいながら産業寄りのセッション内容で、三宅さんは産業界にいながらアカデミック寄りのセッション内容になりましたね。今回はそこが面白いと思いました。三宅さんのセッションの中で言及された「あたかも何かのように振る舞う、成り済ます」というのは、私の言う「見よう見まね」マシンではないでしょうか。「AIとは何か」という問いにおいて「見よう見まね」は本質的なところがあると思います。
三宅 私にとってのAIとは「自律型人工知能のマシン」です。究極的には、AI自身が目的まで見つけて、環境から知覚して行動にまでつなげるということです。プログラムを作っている限りは、「見よう見まね」の世界からは逃れられません。自分はそこを突破したい。将来的には、トップダウンでプログラムを作ったようなAIではなく、自律型のボトムアップ的なAIを作りたいと思っています。
斉藤 少しAIの歴史についても聞かせてください。現在の第3次AIブームは、これまで過去に起こったAIブームと何が違うのでしょうか?
樋口 今、実現されているAIは、目的特化型AIです。そこで使われている数理モデルは1980年代にだいたい提案されています。当時は、パーソナルコンピューター(PC)が登場し、普及した時代。PCを活用して「複雑なものを作ってみたい」という思い・熱量が、ある人はニューラルネットワークなど、今のAIにつながるアイデアや研究に結実したわけです。でも当時はビッグデータが欠けていた。そのビッグデータが出てきたのがここ10年で、これがようやく今、人工知能ブームが起こっている理由です。さらに、1980年代にはインターネット検索すらできなかったが、今はインターネットを通じたシェアリングやエコシステム(例えばGitHubなど)が容易になりました。これも、現在の人工知能ブームの理由です。ちなみに、こういったテクノロジの変化は、人間すら変えつつあると思っています。
斉藤 ゲームにおいて、第3次AIブームは何をもたらしているのでしょうか?
三宅 昔は合宿のように一箇所に集まって仕事をする必要がありました。それが今や、会社にいながら論文が読める時代です。情報が追いやすくなっています。今は、ゲームの中のAIだけでなく、ゲーム開発に使うAIも大事になってきています。現在のゲームは、データがすぐに集まるので、昔のように臆測に基づく嘘がつけません。嘘をつかなくても、随時、状況に合わせてゲームを修正できます。言ったことをデータで検証して、それに合わせて修正できる時代。つまりは、データサイエンスの進化によって「ゲームをサイエンスできる時代、ゲームが科学になる時代が来た」ということです。
斉藤 さまざまなものが「AI」と呼ばれていますが、何が「AI」なのでしょうか?
樋口 簡単な統計手法を使っているだけでも「AI」と呼んでいるケースも多いのですが、今のAIは「目的特化型AI」を指します。今や、ビッグデータもあり、膨大なプログラムは書かなくてよくなってきていますので、「特に聴覚や視覚による作業から人間を解放したい」と思っています。よって、あらためて、何を「AI」と呼ぶのかと問われるなら、「人間を作業から解放して、もっと人間らしいことができる“スマート化”や“機械化”のこと」を「AI」と呼びたいですね。
三宅 「AI」は、人工知能学会の中でも人によって定義が異なります。要するに定義が存在しないので、全部、「AI」と呼ぶことが可能になってしまっています。広義では機能面を指して「AI」と呼べばいいのですが、狭義ではやはり「人間のようなもの」がAIです。とはいっても、現在の第3次ブームの時点で一般的には、「データ+解析」=「AI」と呼んでおけばよいのではないかと思います。
斉藤 目指すべき今後の人工知能とは、どのようなものでしょうか?
樋口 今の目的特化型AIは“最適化”マシンでしかありません。それに対して、三宅さんのセッションで言及された“煩悩”は、人間的で魅力的ですね。究極的には、人工知能に“煩悩”が組み込まれると確かによいと私も思います。
三宅 そうですね。最適化されたマシンは面白くありません。人間的でないと、そこに人間が介入する余地がないですから。人間と人工知能がお互いを理解するようになる。そうなれば、より深い人工知能になるのではないかと思っています。
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