ジェイソフトはプレミア電子を著作権侵害で訴えます!コンサルは見た! オープンソースの掟(6)(2/2 ページ)

» 2018年07月12日 05時00分 公開
前のページへ 1|2       

あら、「GPL」をご存じないの?

 文章を読み進めるうちに、木村の目は徐々に険しくなっていった。その様子を見ながら、美咲は楽しそうに説明を続けた。

misaki

「これは『GPL』(General Public License)。日本語では『ソフトウェアの一般公衆利用許諾書』よ」

 「な、何なのよ、それ」

 美咲の自信に満ちた態度に木村がたじろいだ。

 「簡単にいえば、プログラムを渡すときの条件ね。『プログラムの製作者は、自身に著作権は留保するけれども、その複製や改造は提供を受けたものが自由にできる――つまりフリーソフトである』と宣言されているの。松井さんがあなた方に渡したソースコードには全て、文頭にこの言葉が書かれているわ」

 「だから何だっていうのよ」

 木村には美咲の言わんとするところが分からなかった。「プログラムの著作権はジェイソフトに留保するが、その複製や改造はプレミア電子の自由にできる」というのなら、そんなことは最初から知っている。

 「ただし、これには条件があるのよ」

 美咲の視線が木村の顔に突き刺さった。

 「このGPLに従ってソフトウェアの提供を受けたものは、自らが承諾されたのと同じ権利を次の受給者にも与えなければならない――つまり、ボカのプログラムを提供されたあなた方は、自分たちでこれを改造してカーナビに組み込み、自動車メーカーに渡すとき、今度はそちらに対してもプログラムを複製自由、改造自由という条件で渡さなければならない。それを怠った場合、ソフトウェアの著作権者であるジェイソフトはプレミア電子を著作権侵害で訴えられるってことよ」

 「何ですって!!!!!」





 木村が声を荒らげたが、美咲はやわらかい口調のまま続けた。

 「プレミア電子は自動車メーカーに対して、ボカやその改造版のプログラムなんて渡していないでしょ? これは民事的には不法行為として損害賠償の対象になるのよ。そして刑事的にも1000万円以下の罰金か10年以下の懲役、もしくはその両方が課せられる可能性がある……ふふ、映画館でよく聞くせりふね」

kimura

 「バカなことを言わないで! プログラムにコメントを書いただけで、著作物に関わる権利や条件が成立するなんてあり得ないわ。プレミアとジェイソフトの間の契約書には、そんなこと書かれていないわ!」

 美咲が小さく首を振った。

 GPLは契約というより約款のようなものなの。ソフトを提供する側が一方的に宣言すれば済むものなのよ」

 「そんなバカな……」

 たじろぐ木村に美咲はたんたんと説明を続ける。

 「米国には『Free Software Foundation』(フリーソフトウェア財団。以下FSF)というフリーソフトウェア推進団体があってね。GPLは、FSFが推奨するソフトウェアの権利を受給者が独占して乱用しないようにするための仕組みなのよ。違反すると、各国の著作権法が適用されて、刑事、民事の両面から責めを負うことになるわ」

 「ア、アタシは認めないわ! そんなだまし討ちみたいなやり方」

 事態の深刻さに気が付いたのか木村の声がだんだん上ずってきたが、美咲はそんなことは想定内とばかりに、落ち着いた態度だ。

 「まだ、ご理解いただけないようね。アナタが認めようが認めまいが関係ないのよ。

 ドイツのミュンヘンでは、GPLに基づいて著作権侵害を訴えられた企業が、製品の販売差し止めを受けたという事例があるのよ(※1)。日本の『エプソンコーワ』は、自らのソフトウェアがGPLに違反していることを指摘されると、直ちに謝罪を行い、GPLに準拠するようにソフトウェアを書き換えるなどの処置をしたのよ(※2)。

 フリーソフトウェアの世界では、もうGPLを無視したモノづくりや販売はできなくなりつつあるのよ。それが嫌なら、フリーソフトを一切使わずにソフトウェアを作るしかないわね。御社のように、他人からは無償でプログラムをもらっておきながら、自分はそれを非公開として商売をするような輩は、ソフトウェア産業に対する貢献と真逆の行動をとった企業として、世界中のソフトウェア企業から非難を浴びることにもなるわね」

 木村は、腕組みをして黙り込んだ。プログラムの提供を受けるのに、そんな条件が付く可能性があるとは初耳だったのだ。しかし、A&Dという世界的なコンサル会社の人間が、いい加減なことを言うとも思えない。

 裁判になるのかしら。もしそうなったら、プレミアは負けるかもしれない……裁判……木村はしばらく考え込んでいたが、やがて顔を上げ、口元に笑みを浮かべた。

 「いいわ。その裁判、受けて立とうじゃないの」


つづく。「コンサルは見た!」Season3「オープンソースの掟」は、毎週木曜日掲載です


2018/7/20 一部の表現を修正いたしました(編集部)

書籍

システムを「外注」するときに読む本

細川義洋著 ダイヤモンド社 2138円(税込み)

システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」が、大小70以上のトラブルプロジェクトを解決に導いた経験を総動員し、失敗の本質と原因を網羅した7つのストーリーから成功のポイントを導き出す。

※「コンサルは見た!」は、本書のWeb限定スピンアウトストーリーです

細川義洋

細川義洋

政府CIO補佐官。ITプロセスコンサルタント。元・東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員

NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまで関わったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わる

「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説

美人弁護士 有栖川塔子のIT事件簿


前のページへ 1|2       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

RSSについて

アイティメディアIDについて

メールマガジン登録

@ITのメールマガジンは、 もちろん、すべて無料です。ぜひメールマガジンをご購読ください。