先日、筆者が主宰する情報化研究会のメンバーからネットワーク更改のRFP(提案依頼書)を渡されてコメントを求められた。そもそもコメント以前に「更改」することに違和感を持った。企業ネットワークに「更改」がそぐわなくなっているからだ。更改ではなく、「高度化」を考えるべき時代なのだ。
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「ネットワーク更改」とは、企業の本社や支社を結ぶネットワーク全体をスクラップ&ビルドで再構築することだ。RFP(提案依頼書)に書かれていたネットワーク更改の目的は2つある。クラウド活用へ柔軟に対応できるようにすることと、サイバーセキュリティの強化だった。
この2つを満たすためにスクラップ&ビルドを進める必要はない。これが違和感の原因だった。
1990年代から現在までの更改の目的を図1にまとめた。2010年ごろまではネットワークの更改が成立していた。この図の根拠になっているのは筆者の手元に残っている提案書である。
図1を見て分かる通り、更改の第一の目的はこれまで「コスト削減」だった。筆者は1990年代から2010年ごろまで、受注したネットワークを構築し、5年程度で次のネットワークに更改するということを業務で繰り返していた。これが可能だったのは、新しいネットワーク技術や回線サービスが次々登場し、これらを適用してネットワークを再構築することで大きな経済効果が得られたからだ。
1990年代はフレームリレーやATM、2000年代は広域イーサネットとIP-VPN、IP電話、2009年にはKDDIの「WVS」(データセンター向け通信が無料の斬新なサービス)が更改の契機になった。2010年ごろにはNTTグループのフレッツが「Bフレッツ」から「フレッツ 光ネクスト」に変わって品質が安定し、専用回線の代わりに使えるようになったことも大きな要因となった。
筆者が2010年前後に他社からのリプレースで受注したネットワーク更改案件では40〜50%のコスト削減を実現できた。新サービスや技術の適用だけでなく「ネットワークシェアリング」といった新しいアイデアも駆使した。
だがコスト削減が更改の目的になり得たのは2010年ごろまでだ。現在、コスト削減を目的にネットワークを更改することは難しい。だから、冒頭で触れたRFPにも目的としてコスト削減は書かれていない。書いていないのではなく、書けないのだ。
これからのネットワークは更改するものではなく、「高度化」すべきものに変わった。高度化とは企業にメリットをもたらす新技術や新サービスを取り入れながら、継続的にネットワークを進化させることだ。そのためにはネットワーク技術やサービスの動向、企業の社内環境を踏まえながら、高度化の目的と内容を明確にするシナリオが重要だ。
筆者が運用している企業のネットワークでは、5年スパンで高度化を検討している。実際のシナリオを開示することはできないので、モデル化したものを図2に示す。
2010年時点のネットワーク更改ではコスト削減が目的になっているが、2015年からはセキュリティ向上が最も優先度の高い目的となり、働き方改革への寄与が続く。クラウドの利用が増えたため、仮想化の仕組みを取り入れたクラウド接続サービスも眼玉の一つだ。
2020年から始まる新しいフェーズでは5Gの商用サービス開始とISDN廃止という通信サービスの大きな変化を考慮している。5G以降、速度の面でもコストの面でも企業ネットワークの主役はモバイルに変わり、光ファイバーによる固定通信はモバイルを補う位置付けになる。
モバイル主役のネットワークで生産性を高め、社員の満足度向上も得られるネットワーク環境とコミュニケーションサービスを実現したいものだ。
大規模なネットワークではトラフィック量の伸びが速く、回線容量やネットワーク機器のキャパシティー管理を的確に進めることが難しい。進歩の著しいAIを活用してネットワークの運用管理をより効果的、効率的にすることも高度化のポイントだ。
社内環境欄の「店舗端末の更新」を赤字で書いていることには理由がある。端末更新は店舗での工事が発生するので、店舗のネットワーク機器を更新するきっかけになる。ネットワーク機器単独では工事費用の負担が大きいが、端末更新とともに実施すれば少ない負担で済むからだ。5Gを店舗で利用するための機器更新や追加を検討すべきだろう。
皆さんが運用する企業ネットワークでも、高度化すべき点や新サービス、新技術の活用を踏まえた高度化のシナリオを検討してはいかがだろう。
松田次博(まつだ つぐひろ)
情報化研究会主宰。情報化研究会は情報通信に携わる人の勉強と交流を目的に1984年4月に発足。
IP電話ブームのきっかけとなった「東京ガス・IP電話」、企業と公衆無線LAN事業者がネットワークをシェアする「ツルハ・モデル」など、最新の技術やアイデアを生かした企業ネットワークの構築に豊富な実績がある。企画、提案、設計・構築、運用までプロジェクト責任者として自ら前面に立つのが仕事のスタイル。『自分主義-営業とプロマネを楽しむ30のヒント』(日経BP社刊)『ネットワークエンジニアの心得帳』(同)はじめ多数の著書がある。
東京大学経済学部卒。NTTデータ(法人システム事業本部ネットワーク企画ビジネスユニット長など歴任、2007年NTTデータ プリンシパルITスペシャリスト認定)を経て、現在、NECセキュリティ・ネットワーク事業部主席技術主幹。
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