工場など企業の内部で5Gネットワークを構築するには「ローカル5G」と「キャリア5Gのインドアソリューション」という2つの方法がある。速度はネットワークの性能を代表する指標だ。ローカル5Gとキャリア5Gではどちらが速いのだろうか。
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以前から繰り返し強調しているように、筆者は「企業にとってローカル5Gよりキャリア5Gインドアソリューション(以下、キャリア5G)の方が使いやすい」と考えている。実際にキャリア5Gによる5Gネットワークを構築した経験からもいえることだ。
筆者がキャリア5Gを推す3つの理由を復習しておこう。
(1)低コスト
キャリア5Gはサービスなので、通信料を支払うだけでよい。高価な5Gコア設備を購入する必要はない。工場など企業内に設置する基地局などの設備費用も企業が負担するのはその一部だ。ローカル5Gではコアから基地局まで全ての設備費用を企業が負担しなければならない。
(2)専門知識が不要
キャリア5Gはサービスを利用するだけなので導入や運用に無線技術の専門知識がいらない。ローカル5Gは総務省への免許申請が必要であり、専門知識がないと申請すらできない。構築や運用にも専門知識のある人材が必要だ。
(3)陳腐化リスクがない
5Gの技術が進歩するにつれ、サービスであるキャリア5Gも進化するため陳腐化しない。ローカル5Gは企業が購入した製品が次第に陳腐化する。
さて、今回のテーマは「速さ」だ。ネットワーク性能の代表的指標である速度では、ローカル5Gとキャリア5Gのどちらに軍配が上がるのだろうか。
本題に入る前に以前の記事について誤りを訂正しておきたい。「企業が求める5Gとは――牧野フライス製作所はなぜ『KDDI 5G+AWS Wavelength』を選択したのか」では、図1の左側を掲載した。ローカル5Gは超高速、超低遅延、などとなっている。これは誤りだった。
5Gといえば「超高速、超低遅延、多端末接続」がうたい文句だ。速度は毎秒20Gbit、遅延時間は1ミリ秒以内、1平方キロで100万デバイスを接続可能、だという。しかし、現在のローカル5Gもキャリア5Gもこれらの数値から程遠い。とても超高速、超低遅延などとはいえない。
訂正したものを図1の右に掲載した。高コストであることは間違いない。かつてはキャリア用の大型製品をローカル5Gに使っていたが、最近ではローカル5Gに向けた製品が登場している。それでも最小構成で1000万円単位の費用がかかる。
ローカル5Gで使えるスマートフォンはほとんどない。ローカル5Gの周波数帯で使えるスマートフォンを作っても電話網とつながっていないローカル5Gでは電話として使えないし、電話以外の機能を使うとしても大量に売れるとは思えない。そのため製造するメーカーが現れるとは考えにくい。ロボットやセンサーをローカル5Gに接続するためのIoT端末の種類も豊富とはいえない。
キャリア5Gの現状は図2の通りだ。ローカル5Gとの違いは低コストであることと、使えるスマートフォンの種類が豊富であることだ。IoT端末の種類が少ないのはローカル5Gと同様だ。
前置きがとても長くなった。本題の速度に戻ろう。ローカル5Gもキャリア5Gも、使用できる周波数帯は2つあり、6GHz以下のSub6と28GHz以上のミリ波帯だ。全てのローカル5G製品を調べたわけではないが、ローカル5Gの製品ではミリ波をサポートしていないものが多いようだ。
現在のローカル5Gの制度では、Sub6は帯域幅100MHz以内、ミリ波は400MHz以内で使用することと定められている。キャリア5GのSub6も100MHz幅で使われている。では同じSub6で使った場合、ローカル5Gとキャリア5Gのどちらが速いのだろうか。
使っている周波数幅が同じで、技術も無線機器の性能も同じなら、ローカル5Gもキャリア5Gも速度は同じになるはずだ。それを確かめたいとローカル5Gの実効速度を調べようとしたのだが、ベンダーのWebサイトには開示されていない。オンライン会議で質問しても答えてくれない。Webサイトの問い合わせフォームから質問してもなしのつぶてだ。
わずかに分かったのはローカル5Gの製品にはMIMO(Multi Input Multi Output:基地局側、端末側ともに複数のアンテナを同時に使って速度を向上させる技術)をサポートしているものと、していないものがあること。MIMOがない製品には下り毎秒1Gbitに達していないものがある、ということだ。MIMO対応製品の実効速度は把握できていない。
キャリア5Gでは下り毎秒1Gbit、上り毎秒100Mbit程度の実効速度が出ている。図3はNSA(Non Stand Alone)型のキャリア5Gのインドアソリューション構成例だ。NSAとは4Gのコア設備と5Gの基地局を組み合わせた5Gの構成だ。
キャリア5GではMIMOが使われる。図3では4×4MIMO、つまり基地局側も端末側も4本のアンテナを使っている。5Gスマートフォンには下りは4×4MIMO、上りは2×2MIMOという仕様のものがある。図3では物理的なオムニアンテナは2台しかないが、それぞれがV偏波(大地に対して垂直に振動する電波)とH偏波(大地に対して水平に振動する電波)の2種類の電波を発射することで1台が2台のアンテナとして使われている。合計で4台の5Gアンテナがある。
ローカル5Gにも4×4MIMOが可能な製品はある。しかし、キャリア5GではMIMO以外にも速度向上を図る手段がある。CA(Carrier Aggregation)だ。名前の通り、複数の周波数帯を合わせて帯域幅を広くして高速化する。図3ではSub6の100MHz幅に4Gの20MHz幅を合わせて使うことができる。
周波数帯幅や技術、製品の性能が同じ場合、速度に優劣はつかない。しかし、CAはローカル5Gでは使うことができない。その点でキャリア5Gの方が速度向上には有利といえる。
今回は「速度」というネットワークの代表的な性能指標について述べた。企業内の5Gネットワークとしてローカル5Gを採用するのか、キャリア5Gのインドアソリューションにするのか検討する上で参考にしていただきたい。
松田次博(まつだ つぐひろ)
情報化研究会(http://www2j.biglobe.ne.jp/~ClearTK/)主宰。情報化研究会は情報通信に携わる人の勉強と交流を目的に1984年4月に発足。
IP電話ブームのきっかけとなった「東京ガス・IP電話」、企業と公衆無線LAN事業者がネットワークをシェアする「ツルハ・モデル」など、最新の技術やアイデアを生かした企業ネットワークの構築に豊富な実績がある。本コラムを加筆再構成した『新視点で設計する 企業ネットワーク高度化教本』(2020年7月、技術評論社刊)、『自分主義 営業とプロマネを楽しむ30のヒント』(2015年、日経BP社刊)はじめ多数の著書がある。
東京大学経済学部卒。NTTデータ(法人システム事業本部ネットワーク企画ビジネスユニット長など歴任、2007年NTTデータ プリンシパルITスペシャリスト認定)、NEC(デジタルネットワーク事業部エグゼクティブエキスパート等)を経て、2021年4月に独立し、大手企業のネットワーク関連プロジェクトの支援、コンサルに従事。新しい企業ネットワークのモデル(事例)作りに貢献することを目標としている。連絡先メールアドレスはtuguhiro@mti.biglobe.ne.jp。
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