2021年にソフトバンクとNTTドコモは5Gの最終形であるSA(Stand Alone)のサービスを開始した。2022年にはSAを生かしたプライベート5Gが始まる予定だ。今回は2022年の企業ネットワークを展望するとともに、プライベート5Gへの期待について述べる。
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2020年に携帯電話各社が始めた5GサービスはNSA(Non Stand Alone)と呼ばれ、制御信号のやりとりに4Gの設備を利用し、データパケットの通信だけ5Gの基地局を使う方式だ。5G設備だけでなく既設の4G設備を使うのでNon Stand Aloneというわけだ。4G設備を使うことで5Gのサービスを早期に始めるのがNSAの狙いだ。しかし、NSAでは5Gの3つの特長である「超高速」「超低遅延」「多端末接続」のうち1つ、それも10Gbpsといった超高速ではなく、下りで2Gbps程度の速度しか実現できていない。
SA(Stand Alone)は制御もデータパケットのやりとりも5Gの設備だけで担う方式で、5Gの3つの特長を全て実現できる。2021年秋にソフトバンクとNTTドコモが相次いでSAのサービスを開始した。2022年はSAの上でプライベート5Gも始まる見込みだ。
2022年の企業ネットワークの動向を図1に示す。2021年1月に掲載した連載第36回にも書いた通り、ネットワークのサービス化という大きな傾向は変わらない。ネットワークはユーザーがネットワーク機器や回線を使って「構築する」ものではなく、サービスとして「利用する」ものになったのだ。
2021年12月に掲載した連載第47回「ローカル5Gより速い! キャリア5Gによる事業所内ネットワークが稼働」で紹介した事業所内5Gネットワークもサービス利用の事例だ。基地局設備やアンテナはキャリア(KDDI)が事業所内に設置し、サービスとして企業に提供している。サービスなので、ローカル5Gと比較して3つのメリットがある。
(1)導入コストが低い
(2)導入が簡単(導入企業は総務省への免許申請が不要、専門知識も不要)
(3)陳腐化しない(技術進歩に応じてサービスが進化する。なお、ローカル5Gは企業が購入した製品が陳腐化する)
ただし、全てをキャリアに任せることはできない。
キャリアは5Gネットワークの構築と運用を引き受けるが、5Gネットワークとイントラネットとの接続やAmazon Web Services(AWS)が提供する「AWS Wavelength」*上でのRADIUSサーバの構築、工場内で利用するロボットとの接続など、全体を設計、構築したのはユーザー(連載で扱った事例では牧野フライス製作所)だ。キャリアがSIをしているわけではない。
* AWS Wavelength:AWSのリソースをモバイル網内に置くことでインターネットを介さず、低遅延で高セキュリティなサービスを可能にするもの。2022年1月現在、日本ではKDDIのみで利用できる。
企業が利用する5Gとしてはローカル5Gより、キャリア5Gがメインになるだろう。その理由は上記(1)〜(3)に書いた通りだ。
5Gに限らず今後、企業ネットワークのあらゆる分野でサービス化が進む。その1つが電話サービスだ。図1に「スマホ中心の電話利用でPBXが消滅」と書いた。近年、従業員の大部分にスマートフォンを貸与する企業が増えている。オフィスで使う電話が固定電話回線中心だった時代には、従業員の数に比べて圧倒的に少ない電話回線を効率的に使うため、PBX(構内電話交換機)が不可欠だった。また、グループ代表電話にかかってきた電話を複数の従業員が受電できるようにするにもPBX機能が必要だ。
しかし、従業員全員がスマートフォンを持つと、固定電話回線やPBX、固定電話機は不要で、電話はスマートフォンに着信し、スマートフォンから発信するものになる。PBXは消滅するのだ。とはいうものの、電話を代表番号で受けるという使い方を急にはなくせない企業もある。その場合、端末がスマートフォンだけになっても、代表番号にかかってきた電話をスマートフォンに着信させるためにPBX機能が必要だ。このPBX機能は物理的な装置を購入するのではなく、クラウドサービスを使った方がよい。クラウドなら利用量に応じた費用で済むだけでなく、チャットやビデオ会議と連携したユニファイドコミュニケーションが可能になるからだ。
ソフトバンクは2020年5月、2022年度にプライベート5Gのサービスを開始すると発表した。その際、プライベート5Gの3つの特長として「お客さま敷地内に基地局を個別構築」「ソフトバンクが構築/運用」「お客さまに必要な容量/エリアを確保」を挙げている。
だが、これらは既に本連載で紹介した事業所内5GネットワークでKDDIのモバイル網とAWS Wavelengthを使って実現できている。
筆者がプライベート5G(ソフトバンクが提供するものだけでなく、NTTドコモやKDDIが提供するであろうものも含む)に期待するのは、現在のキャリア5Gを使った事業所内5Gネットワークより、もっと使いやすく効率的なネットワークを実現することだ。
図2に現在の事業所内5Gネットワークの構成を示す。AGV(Automated Guided Vehicle:無人搬送車)やスマートフォンはイントラネットと同じ体系のプライベートIPアドレスを付与され、5Gネットワークはイントラネットと一体化している。
しかし、モバイル網がAGVに付与するのはモバイル網独自のプライベートIPアドレスで、しかも固定IPアドレスではなく接続の都度アドレスが変わる。そのため、AGVはVPN(L2TP/IPsec)でAWS Wavelength上の仮想ルーターに接続し、その上でイントラネットのIPアドレスを使っている。イントラネットに接続するために一手間かかるのだ。
工場内のスマートフォンとAGVの通信が、工場内では完結しない。VPNでAWS Wavelength上の仮想ルーターまで行って折り返す必要がある。インターネットを介さないので遅延時間は数十ミリ秒と短いのだが、工場内の端末同士の通信は、工場内で完結したい。
また、工場内の有線LAN上のサーバとAGVの通信も工場内ではできず、AWS Wavelengthとイントラネットを介さなければならない。
プライベート5Gの特長の一つはネットワークスライシングができることだ。ネットワークスライシングは仮想化技術を使って、用途に応じた通信特性を持つ論理的に独立したネットワーク(=スライス)を提供する技術だ。画像や映像を扱う高速大容量なスライスや、ロボット制御などのために低遅延のスライスを定義して提供することが想定されている。
しかし、筆者がスライスを使ってまず実現したいのは、図3のような基本的なことだ。図中の赤い番号1のような範囲でスライスを定義すれば、VPNなど使わなくても、企業が自社のプライベートIPアドレスを簡単に端末へ付与できる。赤い番号2のように工場内の端末同士の通信は工場内で完結できる。有線LANを5G設備に接続し、サーバとAGVの通信も工場内で済ませたい(赤い番号3)。これらが実現できると、キャリア5Gによる事業所内5Gネットワークの構築や運用がシンプルになり、遅延がさらに少ない効率的な通信が可能になる。
携帯電話事業者各社がどのようなプライベート5Gのサービスを始めるのか、注目している。それが多くの企業の5G利用を促進する内容であることを期待したい。
松田次博(まつだ つぐひろ)
情報化研究会(http://www2j.biglobe.ne.jp/~ClearTK/)主宰。情報化研究会は情報通信に携わる人の勉強と交流を目的に1984年4月に発足。
IP電話ブームのきっかけとなった「東京ガス・IP電話」、企業と公衆無線LAN事業者がネットワークをシェアする「ツルハ・モデル」など、最新の技術やアイデアを生かした企業ネットワークの構築に豊富な実績がある。本コラムを加筆再構成した『新視点で設計する 企業ネットワーク高度化教本』(2020年7月、技術評論社刊)、『自分主義 営業とプロマネを楽しむ30のヒント』(2015年、日経BP社刊)はじめ多数の著書がある。
東京大学経済学部卒。NTTデータ(法人システム事業本部ネットワーク企画ビジネスユニット長など歴任、2007年NTTデータ プリンシパルITスペシャリスト認定)、NEC(デジタルネットワーク事業部エグゼクティブエキスパート等)を経て、2021年4月に独立し、大手企業のネットワーク関連プロジェクトの支援、コンサルに従事。新しい企業ネットワークのモデル(事例)作りに貢献することを目標としている。連絡先メールアドレスはtuguhiro@mti.biglobe.ne.jp。
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