このところ、RISC-Vのニュースが目立つようになってきた。そんな中、Armが2022年の新戦略を発表し、高性能なGPUとCPUを発表した。これらのターゲットは「ゲーム」である。なぜ、Armはゲームをターゲットにするのか、Armの新戦略を考察してみた。
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「Arm(アーム)」が2022年の新戦略を発表した(Armのプレスリリース「Arm Total Computeソリューションがコンシューマー機器のビジュアル体験を再定義し、モバイルゲームのさらなる高性能を実現」)。はた目にはNVIDIAによる買収の断念を受けて先行きの不透明感が増しているArmであるが、押しも押されもせぬプロセッサ業界の雄である。毎年発表の戦略をアップデートしないでいたらその方が大問題だ。
しかし、世界中に関係する企業の数が知れない巨大な市場を形成しているArmのことだ。急な方向転換はできない。「大国を治むるは小鮮を烹るがごとくす」、過去の延長上に見えるところにこそ、将来への布石を潜ませているように見えなくもない。
当然すぎるのだけれど、Armと言ったらやはりスマートフォン(スマホ)である。大量に数が出る組み込みマイクロコントローラー向けの下位機種もあるのだが単価が安い上にその変化は緩やかだ。またHPC(スーパーコンピュータ)やサーバ機などは技術的には高度な分野もあるが、スマホに比べたら圧倒的にボリュームが少ない。
毎年20億台に迫るような数量で、かつ比較的よい単価で売れるスマホ向けは、押しもおされぬArmビジネスのメインであろう。そのスマホ市場で、今回Armが打ち出しているのがゲームアプリケーションへのフォーカスである。
いまやコンシューマー向け分野は、ゲーム抜きには存在できない。携帯ゲーム機(多くはArmコア機)を持ち歩いている人もいるが、電車内でスマホをいじっている人々の多くが実はゲームをやっているのだから。音楽、動画、高精細な写真撮影にSNSとハードウェア的にはやりつくされている感がある中で、貪欲に計算能力を求めてやまないのがゲームアプリケーションだ。スマホをメインに据えるならフォーカスせざるを得ない、ともいえる。
x86では、AMDが古くからゲーム市場を狙ってきて(その頃はそこしか生きる道がなかったようにも思えるが)、Intelに迫る地盤を得た。AMDに追い上げられたIntelが、今度はゲーム市場に注力してAMDを迎え撃っている。しかし、ArmにはArmのゲーム市場にフォーカスする意味がありそうだ。その裏側を想像たくましくしてみた。
まずスマホ市場を狙ったArmの新製品群を見てみよう。ここではハイエンドの新GPUシリーズと「X」の名を冠したハイエンド新CPUの登場が目玉だ。
しかし、いつものことだがArmは新規製品と既存製品のラインのすみ分けというか、ビジネス的なつなぎが上手である。新しい機種が出たからといって、古いシリーズはもう終わり的なことには決してしない。
ダメになったIPベンダーを振り返ると、期待の新機種を売ろう売ろうとするあまりに、自らの旧来機種の足を引っ張ってしまうことが見られた。Armはそういう失敗をしないように心掛けているように見える。
まずGPUを見てみよう。Armは「Mali」の名を冠するGPUシリーズをArmのCPUコアと合わせて多くのライセンシーに販売してきた。NVIDIAによるArm買収話のあったころ、反発の理由の1つにNVIDIAのGPUの支配力が強まるのではないかという懸念もあったように思われる。
しかし、NVIDIAとの話の裏側でもArmはGPUの自社開発を着々と続けてきていたようだ。今回、Armはフラグシップとなる新GPUシリーズ「Immortalis-G715」を発表している。
「Immortalis」は、「不滅」という大上段なネーミングだ。Maliとの差別化ポイントとなる一番の売りはハードウェアによるレイ・トレーシングのサポートである。レイ・トレーシングはグラフィックス向けの専用機ではあり得るけれど、コンシューマー分野のモバイル向け(想定する主要用途はゲーム)に投入したところが目新しい。
その一方で、従来のMaliシリーズのプレミアム版として新機種「Mali-G715」も発表している。また、同時にちょっとコア数を削って廉価な感じに仕上げたらしい「Mali-G615」も発表している。従来機種の延長でレイ・トレーシングがない「プレミアム」なところを目指すなら「Mali-G715」、レイ・トレーシングを活用するような「新たな地平」を目指すなら「Immortalis-G715」というすみ分け、売り分けのようだ。
現時点では当然ながらレイ・トレーシング・ハードウェアを活用するような人気のソフトウェア(ゲーム)は、まだないはずだ。しばらくはMaliシリーズで十分なのではないかと思う。
しかし、差別化を狙いたい向きは新機能に飛びつくだろうから遅かれ早かれImmortalisの「レイ・トレーシング機能ないとダメよ」という方向になるのだろう。GPUの場合、高級機の新機種から徐々にImmortalisシリーズに置き換わってゆき、ゆくゆくはImmortalisが主流になるのではないかと想像する。
置き換えには幾つか意味がある。1つ目は以前にも書いたが危ない中国の分派(Armチャイナ)への対抗だ(頭脳放談「第261回 NVIDIAによるArm買収の破談、その間にRISC-Vの足音が……」参照のこと)。新たな機能を持つImmortalisが主流になれば、そのライセンスを持っていない分派は、核心市場である中国市場から排除されるだろうからだ。その点で中国のスマホメーカーのArm機種採用動向は非常に気になる。
また、全く別な視点では、RISC-V陣営への先制攻撃という意味もあるだろう。今のところRISC-Vは伸びているとはいえ、スマホ市場に入り込めてはいない。またRISC-Vと組み合わせる定番GPUがあるわけでもない。
Arm製のGPUで市場を抑えておくというのは、巨大なスマホ市場を他に渡さないため、先々を考えた布石に見える。なお、Mali以前にArm向けGPUの定番IPを供給していたImagination社は、Armの自社GPUによってArm市場からたたき出された後、MIPSを買収するなどして、紆余(うよ)曲折の後、現在はRISC-Vを担いでいる。
次はCPUだ。従前Armは用途別に「Cortex-A」「Cortex-R」「Cortex-M」と、めでたく「A」「R」「M」の3文字を冠するシリーズを展開してきた。松竹梅という感じ。
しかし、2021年からそれらに加えて、「X」を冠する最上位の新シリーズを追加している。今回は、そこに「Cortex-X3」というXシリーズ新コアを追加している。
「X3」だけが追加されたわけではない。Aシリーズの上位機種「Cortex-A715」および、低消費電力機種「Cortex-A510」の2機種も同時に発表している。ポイントは全てArmv9アーキテクチャ(現在利用されているArmコアの多くはArmv8)であることだ。
従来、ArmはbigLITTLEのヘテロな構成として、同じソフトウェアを走らせられる性能の高い(しかし電力消費がやや大きい)コアと消費電力が小さい(けれど性能はやや落ちる)コアを組み合わせてきた。
Xシリーズは、bigLITTLEのその上で、より高いシングルコア性能を提供するスタイルだ。松竹梅の上の特上という感じ(?)である。今回、発表の機種であると、「Cortex-A510」がLITTLEを、「Cortex-A715」がbigを強化しており、そして「Cortex-X3」がその上の性能という位置付けだ。
廉価版や普及価格帯のゲーム機やスマホならば、「Cortex-X3」でなくてもよいだろう。でも高級機、特にゲーム性能重視であればシングルコア性能が高いXシリーズを載せざるを得ないだろう。CPUにおいてもArm本社が主導権をとれる新シリーズへの移行が促されるわけだ。
また、Armとしては「ピュア64ビット化」を強力に推し進めたい意図もありありと見える。既にArmはArmv8世代で64ビット化している。
しかし、いまだ32ビットにとどまっているアプリケーションも多いようだ。Armv9でも32ビット命令のサポートがなくなったわけではないのだが、Armv8と比べるといろいろ制限が加わって「冷やメシ食い」扱いな感じだ。2023年には、完全64ビットのAndroidデバイスも登場するらしい。「開発者は今から対応を急げよ」とのArmのお勧めだ。
もちろん、アプリの64ビット化は性能面でのベネフィットが大きいというニンジンもある。同じコア上で32ビットのコードを64ビットのコードに変更するだけでも何割か速く(あるいは同じ性能での消費電力低下)なる効果があるだろう。
これはArmの64ビット命令の方が、古いしがらみのある32ビット命令よりもハードウェア効率がよいためだ。ここでもゲームアプリケーションは重要だ。パフォーマンス面でのメリット、「特に上位CPUでの」が最もアカラサマに現れるのがゲームだからだ。
あの手この手で、既存のライセンシーにIPの買い替えをお勧めしているように見える新戦略である。売り上げ維持、さらに単価アップで売り上げ増というもくろみか。
しかし、その裏では既存市場防衛的な性格がかなり強いように感じられる。金城湯池であるスマホ市場を他に渡さないということは重要ではある。ソフトバンク傘下でなかったらアナリストから次の成長分野はどこにあるんだ、と突き上げられているのではないかという気もする。
一端、独特のIPビジネスモデルで世界を制覇してしまった感のあるArmにとって、新たな成長分野というのは、いままでのIPベースのビジネスモデルを超えた先にしかないのかもしれない。それとも、まだまだIPビジネスモデルには財宝が隠れているのか。業界団体による買収(?)なのか、再上場なのか分からないが、Armの資本に先行きが見えるころにはインクリメンタルなアップデートでない、みんなが驚く新展開が待っているのだろうか?(頭脳放談「第265回 x86とArm、そしてRISC-V、プロセッサの潮流について考えてみた」参照のこと)。
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサを中心とした開発を行っている。
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