連載
» 2023年06月15日 05時00分 公開

医者にもなれる成績だったけどプログラマーを目指した。それが海外に出る近道だったからGo AbekawaのGo Global!〜Hsu Myat Thida(前)(1/3 ページ)

グローバルに活躍するエンジニアを紹介する本連載。今回はエアリテックでシステムエンジニアとして働く、Hsu Myat Thida(ス・ミャッ・ティダ)さんにお話を伺う。小さいころから「納得」を重視していたスさんは、なぜITの道を志したのか。

 国境を越えて活躍するエンジニアにお話を伺う「Go Global!」シリーズ。今回はエアリテックのシステムエンジニア、Hsu Myat Thida(ス・ミャッ・ティダ)さんにお話を伺った。優しく、支えてくれる両親と勉強ができる素晴らしい環境に囲まれて育ったスさん。それでも海外に出たかった理由とは。

 聞き手は、アップルやディズニーなどの外資系企業でマーケティングを担当し、グローバルでのビジネス展開に深い知見を持つ阿部川“Go”久広。

納得しないと勉強したくない

阿部川 “Go”久広(以降、阿部川) お生まれはミャンマーのヤンゴンですね。

Hsu Myat Thida(ス・ミャッ・ティダ、以降スさん) はい、ヤンゴンは2006年までミャンマーの首都でした。今の首都は「ネピドー」ですが、ヤンゴンは経済の町として教育や経済面で1番良い町だと思っています。ちなみにヤンゴンの「ヤン」は敵、「ゴン」は尽きたという意味で、「敵が尽きた」という意味です。

阿部川 教育的に良い町ということですが、スさんが幼いころはしっかり勉強する子でしたか。

スさん うーん、授業はちゃんと聞いていましたが、家に帰ってからの勉強は好きではなかったですね。何がいいか自分で分からないと(納得しないと)、勉強はあまりしない。「これをしたらこうなりますよ」ということをちゃんと説明してくれないと、なかなか勉強しない子でしたね。

阿部川 「この勉強をする意味が分からないから、しない」とか?

スさん そんな感じでしょうか。「何が自分のためになるのか」「誰にとって意味があることなのか」ということが分からないと、勉強が進みませんでしたね。でも授業はちゃんと聞いているので頭の中には入っていましたよ。ただ、授業以外の時間は好きなことだけして過ごしていました。

画像 小さいころのスさん。緊張しているのか「キリリ顔」ですね。

阿部川 どんなことが好きでしたか。

スさん 本や漫画を読むのが好きでしたし、友達と遊ぶのも好きでした。子どもですから、石を集めたり走り回ったりして遊んでいました。母がテレビなどを見るのは目に良くないからと言っていたので、外で遊ぶ方が多かったです。あと、人間観察というか、人といろいろ会話することが好きでした。

阿部川 活発なお子さんだったんですね。学校の授業はあまり好きではなかったというお話でしたが、その中でも好きな教科はありましたか。

スさん 英語と数学ですね。ミャンマーでは、5歳から英語の勉強があります。12歳ぐらいになったら、試験で英語の文章を書かないといけないんです。文章を丸暗記していた友達もいましたが、私は英語が好きだったので「この語彙(ごい)だったらどのような文法で使うか」といったことを覚えて、自分の言葉で書きました。

阿部川 素晴らしいですね。どんなことを書いたのですか。

スさん 好きな町のこととか、1番好きな先生のこととかです。文章のタイトルは決まっていて、そのタイトルについてどんなことを書くかを自分で考えないといけないんです。

阿部川 12歳ぐらいから、普通に英語で文章を書いていたということですね。

画像 阿部川 “Go”久広

スさん そうですね。ミャンマー人のほとんどは英語で文章を書けるようになります。文章をそのまま覚えて書くか、自分の言葉で書くかという違いはありますけどね。

阿部川 全部暗記するという授業もあるんですね。

スさん あります。でも私はあまり好きじゃなかった。

 例えばミャンマーの歴史などを覚えるときに「なぜこの歴史を知っておくべきなのか」ということが説明されていれば「あ、これは面白いかな」と思ってやります。でも「これを覚えたら合格になりますよ、覚えなかったら面談になりますよ」だったら、あまり意味がない。

阿部川 その通りですね。残念ながら日本のテストはそういうのが多いので改めた方がいいと私は思っています。


編集中村 編集 中村

 勉強に限らず、「どうしてやらなければならないのか(やらないと何が困るのか)」を知ることは大切です。背景を把握することで効率も上がりますし、他の人に伝えることも容易になります。業務改善などでも有効な考え方ですね。私だったら「覚えないと合格にならない」と言われたら、それで納得しそうです……。


阿部川 最初にPCに触ったのはいつだったか覚えていますか。

スさん たぶん6歳か7歳ぐらいだったと思います。両親がPCを使う仕事をしていて、職場に付いて行ったときにPCが空いているときに触らせてもらいました。「Windows 95」いや「Windows 2000」だったかな? 両親がメインフレームやデータサーバなどをメンテナンスしていたり「COBOL」で開発したりしている姿をずっと見ていたので、私もそのようになりたいと思いました。

阿部川 ご両親もうれしかったでしょうね。自分の娘がPCで遊んでいるのを見てね。

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