阿部川 リクルートスタッフィング情報サービスが、ネパールでエンジニアの育成と採用を始めたのは、どういう理由からなのでしょうか。
岩佐氏 その理由を説明するには、ビジネス環境の変化について触れる必要があります。
われわれが未経験のエンジニア育成を始めたのは20年前ですが、当時は「未経験者からエンジニアへ」というスキームは珍しかったと思います。なぜならエンジニアの素養のある人たちがたくさん世の中にいましたから。しかし現状は多くのIT企業が乱立している状況で、SIer(システムインテグレーター)などの開発を請け負う企業であってもITの未経験者を採用して育てています。
IT業界にチャレンジする機会は誰にでも平等にありますが、高度IT人材として活躍できる人は希少です。また、そもそも日本では毎年、人口減少が進んでいます。
エンジニアが不足すると、日本のIT業界はどんどん遅れ、各国の競争から取り残されてしまう。このまま未経験の若手を育成するだけでは、エンジニア不足の解消は難しいと考えました。
阿部川 さまざまな国の中で、なぜネパールという国を選んだのでしょうか。
岩佐氏 ネパール人の国民性と、エンジニアが置かれている環境が影響しています。アジア地域での人材獲得競争は既に始まっていて、ベトナムやタイではエンジニアの登用が進んでおり、高度なスキルを持つ人の中には米国や中国で働いている人もいます。私もベトナムにいたころ、そうした変化を感じていました。
その点ネパールは、IT大国であるインドと隣接しているためか高度なITを学ぶ学生は多いのですが、農林業や漁業の仕事が多く、エンジニアとして活躍できる仕事が少ないという課題がありました。エンジニアとして教育を受けても、エンジニアとして働ける場所が非常に限られている状況だったのです。
加えて、ネパールで高度なITを学ぶ彼らの多くは「日本でエンジニアとしてキャリアを積み、将来、ネパールの経済を発展させたい」という気持ちを持っていました。そういったバックグラウンドが、ネパールに注目した理由です。
阿部川 どういった育成プログラムになっているのですか。
岩佐氏 主に日本で働くために必要な日本語やビジネスマナーなどを学ぶプログラムです。現地に講師を招き、大学の単位として本プログラムを組み込みます。卒業後は来日し、リクルートスタッフィング情報サービスに入社して働く、というスキームです。在学中に技術面についてのトレーニングは特にありません。IOEは、日本でいえば東京工業大学と同レベルの技術系最高学府で、もともと学生の技術スキルが高いためです。
阿部川 大学と提携して単位に組み込んで、講師まで派遣したんですね。
岩佐氏 はい。いわば「海外でコミュニティーを作る礎となる人材」の育成ですので、ネパール側もとても力を入れています。
阿部川 IT未経験の若者はプログラムの対象ではないのですか?
岩佐氏 そこは次のステップだと考えています。プログラムを終えた初期のメンバーが日本で活躍し、コミュニティーが構築され、「ネパール人と日本人が一緒に働く」というスキームができれば、そこから例えばオフショアという形でネパールに仕事を発注することは可能だと思います。いきなりネパールで日本の仕事するのは「言語の壁」一つ取っても難しいと思っています。
まずは初期メンバーが日本の企業できちんと仕事をして信頼を得ることが重要です。ベトナムの発展と同じようなスキームを進めている例はあるので、ネパールもそれに向かって、まず第一歩を踏み出したところです。
阿部川 しかしそこに、予期せぬ事態――コロナ禍がやってきます。プログラムにはどのような影響がありましたか。
岩佐氏 影響はたくさんありました。2019年から3年生と4年生を対象に日本語などの教育を始めて、2020年には1期生がプログラムを全て終了したのですが、いざ来日というタイミングでコロナ禍になったので、ネパールでの渡航ビザの許可がすぐに下りなかったのです。
それで、来日を諦めた学生もいました。理由はそれぞれ違うと思います。仕事を始められないので金銭的に待てない人もいたでしょうし、その状況下で国外に出ることを家族が許さない人もいたでしょう。リクルートスタッフィング情報サービスがかけた教育費用は無駄になってしまいますが、彼らが国内にとどまると決めたのであれば、それを優先せざるを得ないと思いました。
ただ、その中でも踏ん張ったメンバーはいました。2022年の12月から2人が来日しています。不動産を借りる手続きなどもリクルートスタッフィング情報サービスで手配しました。
阿部川 コロナ禍に巻き込まれなかったら何人ぐらい来日する予定だったのですか。
岩佐氏 20人程度受け入れる予定でした。
阿部川 では2024年以降は、それくらいの人数のエンジニアが順次来日する予定なのですか。
岩佐氏 いいえ。すぐ受け入れを再開するのではなく、今来日している2人に注力したいと考えています。日本で働いてもらった結果を見て、どういう派遣先にフィットするのか、どこに問題があるのかなどを見極めます。日本企業にとって外国人の受け入れの難易度は高く、さまざまな業界の中でもIT業界は自由なようで規律が厳しい部分があり、解決すべき課題も多いと実感しています。
阿部川 コロナ禍があって物理的にいろいろできなかった。だからこそ将来のためのレビュー期間ということで、2人の先陣隊にいろいろ挑戦していただいて、どういうふうにやっていくといいか探っていく、そして次の方々に対応するということですね。
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