論点整理の都合上、先に裁判所の判断の一部を紹介する。
裁判所は、孫請け企業の請求をしりぞけた。本件技術者のメッセージの中には当該プロジェクト内の各種情報が含まれており、営業秘密の漏えいに当たる。秘密漏えいは下請け企業と孫請け企業の契約において禁止されている事項であり、これに従っての契約解除は妥当であるとの判断だった。
本稿で考察したいのは、「本件技術者が元請け企業のPCとソフトウェアを使ってメッセージを送信したことは、契約解除の理由となり得るか」という点だ。
判決文から見て、契約にはここまで細かいことを規定した条文はなかったようだ。となると、少なくとも契約上は下請け企業が契約解除できる理由は明示的には見つからない。
一方、法定解除はどうかと考えると、確かに債務は果たされなかったが、そもそも、こうした本件技術者の行動が一方的な契約解除が許されるほどのことであるのだろうか。
判決はどうだったのだろうか。
本件技術者のこのような行為は、(中略)許可なく職務以外の目的で委託先の物品などを使用し、職務に関連して自己の利益を図るなどの職務専念義務に違反する行為というべきである。
(中略)
下請け企業が本件技術者をこれ以上業務に従事すべきではないと判断し、委託契約を即刻解約しようとすることは、決して不合理なことではなく、むしろ、最終顧客の利益や下請け企業の信用を守るためには、当然のことというべきである。このような状況下においては、孫請け企業として、下請け企業に対し、本件個別契約の継続を可能とするために講じ得る手段が具体的に存在したということはできない。
本件は営業秘密漏えいと併せての判断でもあり、仮に、単にクライアントのPCやソフトウェアの私的利用のみであっても契約解除となったかどうかは定かではない。
ただ、仮に皆さまが本件技術者の立場であった場合、あるいは孫請け企業の立場であった場合には、「PCの私的利用が最悪は契約解除の原因となりかねない」という認識を持って、自ら、あるいは自らの雇った従業員の行動を戒めた方がよさそうだ。
PCの不正利用は確かに何らかのペナルティーの対象にはなるだろうが、技術者と企業が突然仕事そのものを失うまでのリスクをはらんでいるとまでは想像しないかもしれない。本判決はその可能性を否定しないものである。「職務専念義務」という言葉は覚えておいた方がよいだろう。
本件は、単なる業務外利用の軽い逸脱に見えても、契約関係の根幹である信頼を揺るがす行為は、最終的に契約そのものを失わせる結果につながり得ることを示している。
エンジニア諸君は日常的な行動の一つ一つが企業の信用と直結していることを忘れてはならないし、企業は従業員に対して認識を徹底させる仕組みを整えることが不可欠である。
私が普段働いている中央省庁の職員たちには「国家公務員の専従義務」が課せられており、勤務中に仕事以外のことをしていると、免職、停職、減給、戒告と言った懲戒処分が科される。
公務員たちの行動や会話などを観察していると、普段からかなりこの義務を意識しており、勤務中に公務以外のことをしている姿は見ないし、仕事用のPCで私用のメッセージを送る姿も、少なくとも私は見たことがない。
民間企業の場合、「懲戒処分」ということはないだろうが、そもそもお金をもらって仕事をする以上、仕事に専念しなければならないし、それが客先のPCを使っての仕事であるなら「契約解除」という重い結果を招くのも当然といえる。
エンジニアも企業も、本判決を「自らの行動が契約の存続を左右する」という教訓として記憶しておくべきだろう。
ITプロセスコンサルタント。元・政府CIO補佐官、東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員
NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。
独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまでかかわったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。
2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わった
個人サイト:CNI IT アドバイザリ
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