AIで作業が速くなった。浮いたはずの時間がある。でも、その時間はどこに行ったのだろう。気が付いたら、また別の作業で埋まっていた。その時間の行方を確かめたい。
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前回は、「便利になった作業は、他人にも便利になっている」という、少し身もふたもない話をしました。読んでいてうっすら胸がざわついたのなら、それはたぶん正常な感覚です。これは、書いている側にとっても、人ごとではない話です。
今回は、もう一歩踏み込みます。「AIで楽になったのに、なぜ年収が上がらないのか」。多くの人がうすうす感じている疑問の正体を、一緒に解きほぐしていきましょう。先に言っておくと、これは人が怠けているからではありません。むしろ、まじめな人ほどはまる“わな”の話です。
AIを使うと、作業が速くなります。これは事実です。では、速くなって浮いたその時間を、あなたは何に使っているでしょうか。
ちょっと正直に振り返ってみてほしいのです。AIで議事録が5分で終わった。じゃあ、浮いた55分で何をしたか。おそらく多くの人は、次の作業に取り掛かっています。別のチケット、別の問い合わせ、別の資料づくり。タスクが一つ片付いたら、次のタスクが流れ込んでくる。気付けば、定時です。
速くなった。それは間違いない。でも、自分は結局、何をしていたんだろう。その、ちょっと寂しい問いが残るのです。1日の終わりに、たくさんのチケットを閉じたのに、なぜか手応えがない。
この“わな”には、誰でもはまります。AIで楽になった分、たくさんの作業をさばけるようになって、「生産性が上がった」と満足する。でも、あるとき気付くのです。さばいた作業の量は増えたけれど、仕事の中身は何も変わっていない、と。量は倍になったのに、質は据え置き。これでは、単価は1円も上がりません。
もう少しだけ、解像度を上げてみましょう。午前中にAIの助けで3つのタスクが片付いたとします。気分が良い。乗ってきた。だから午後も、同じ調子で4つ目、5つ目のタスクに手を伸ばす。この瞬間、人は無意識に「作業を増やす」方に流れています。
本当は、3つ片付いた時点で、一度立ち止まって「この浮いた時間で、誰かの役に立つ別のことができないか」と考える余地があった。でも、流れに乗っているときほど、その余地は見えなくなる。だから、“わな”なのです。まじめで、手が動く人ほど、この流れに気持ち良く乗ってしまいます。
誤解のないように言っておきます。これは作業者を責めている話ではありません。むしろ、構造的にそうなってしまう、という話です。
仕事は、放っておくと必ず流れ込んできます。空いたスペースには、次の作業が吸い込まれていく。水が低いところに流れるのと同じで、これは自然現象に近い。机の上を片付けると、すぐにまた書類が積まれていく、あの感じです。だから、意識してせき止めないと、浮いた時間は片っ端から別の作業で埋まってしまいます。
そして、ここが残酷なところです。浮いた時間を別の作業で埋めている限り、どれだけ忙しくても、人は「作業者」のままです。前連載でも触れた通り、作業は単価が低い。作業をいくら高速で大量にこなしても、「単価が低いもの × たくさん」にしかなりません。掛け算の片方が低いままでは、答えは大きくならないのです。
AIは、作業を速くしてくれます。けれど、人を作業者から引き上げてはくれません。そこは、自分の意思でハンドルを切るしかない場所です。流れに身を任せていると、いちばん楽な「作業の追加」へと、自動的に運ばれてしまう。だからこそ、ここで一度立ち止まる勇気が要ります。
5年前の連載では、「仕事」と「作業」を分けて考えました。作業は繰り返しで、創造性がいらない。仕事は創造と調整の連続で、頭を使う。だから単価が違う、と。
この定義は、AI時代になっても、全く変わっていません。それどころか、いまの方がずっと切実です。なぜなら、AIが「作業」をごっそり引き受けるようになったことで、人間に残された価値が「仕事」の側に、くっきりと寄ったからです。便利になった、その先に、何を足せるか。AIが出してきた「それっぽいもの」を、誰のために、どう磨き上げ、どう意思決定につなげるか。そこにしか、人間の単価は宿らなくなりました。
例えば、AIに作らせた仕様書のたたき台。あれをそのまま提出する人と、「この機能、本当に顧客が求めているんだっけ」と一度立ち止まって作り変える人とでは、生み出している価値がまるで違います。前者は作業、後者は仕事です。AIが下書きを担うようになった分、人間の価値は「下書きに何を足したか」だけに、純化されていきます。
この「足す」という感覚が、これからのエンジニアの生命線になります。一から作る時代は、静かに終わりつつあります。代わりにやってくるのは、AIが出した8割の下書きに、人間が残りの2割をどう足すか、という時代です。その2割に、業務知識も、顧客理解も、過去の失敗から得た学びも、全て詰め込む。誰でも出せる8割ではなく、あなたにしか足せない2割。そこにこそ、価値が宿ります。
仕事とは、便利になった先に価値を足すこと。この一文を、今回最も持って帰ってほしい言葉として置いておきます。
「プロンプトがうまい」「とてもよくできたプロンプトだ」最近、よく聞く褒め言葉です。確かに、AIから良い答えを引き出す技術には、価値があります。しかしプロンプトがうまいというのは、「正しく問えば、正しく答えてくれる」という話です。裏を返せば、問いそのものが間違っていたら、どんなにうまく聞いても、間違った答えがきれいに返ってくるだけ、ということでもあります。立派な答えが返ってくる分、間違いに気付きにくい、という怖さすらあります。
AIは、「どう解くか」をものすごい速さで返してくれます。けれど、「そもそも何を解くべきか」は、教えてくれません。そこは、業務を理解し、現場を知り、顧客の事情を背負っている人間にしか、決められないのです。
例えば「ある画面の表示が遅い」という相談があったとします。AIに聞けば、クエリの最適化案を即座に出してくれるでしょう。優秀な答えです。でも、本当に解くべき問いは「その画面、そもそも誰がいつ使っていて、遅いことで何が困っているのか」かもしれない。よく調べてみたら、その画面は月に一度しか開かれておらず、急ぐ必要などなかった。あるいは、画面ごと不要だった。こういうことは、現場では本当によく起こります。
何を解くべきかを決める力。これは、AIが進化すればするほど、逆に価値が上がっていく力です。AIが「答えるマシン」として完成に近づくほど、「問いを立てる人間」の希少価値は上がっていく。答えの供給が無限に増えれば、希少なのは答えではなく、問いの方になる。皮肉なようですが、これがAI時代の構造です。
では、浮いた時間を作業で埋めないとしたら、何に変換すればいいのか。ここは具体的にいきましょう。投資効率、つまりROI(投資収益率)に効く方向は、大きく4つです。「時間」「品質」「コスト」「売上」。
時間。自分が速くなった工夫を、チームの仕組みに変える。1人が10分速くなるより、5人が10分速くなる仕組みを作る方が、5倍効きます。自分専用に書いたプロンプトを、チームの共有テンプレートにするだけでも、立派な一歩です。
品質。AIで生まれた余力を、レビューやテスト、再発防止の設計に回す。トラブルが起こってから消火するのではなく、起こらない構造を先に作る。地味ですが、これは確実に評価される動きです。火を消す人より、火を出さない仕組みを作る人の方が、長い目で見て高く売れます。
コスト。繰り返し発生していた作業を洗い出し、根本から消す。やらなくていい作業を、やめる。「これ、そもそも必要でしたっけ」と問える人は、強い。5年前から変わらない、いちばん手堅い一手です。
売上。ここが最も難しく、最も高く売れます。浮いた力を使って、顧客や事業の数字を動かす提案に踏み込む。直接プロダクトに関わっていなくても、間接的に売上に貢献する道は、必ずどこかにあります。問い合わせを減らせば解約が減る。レスポンスを速くすれば顧客満足が上がる。全ては、つながっています。
高収入になる人は、AIで楽になった分を、全てこの4つのどれかに振り向けています。「楽になったから楽をする」ではなく、「楽になったから、その分だけ深いところに踏み込む」。この差が、1年、3年と積み上がったとき、年収という形で、はっきり表に出てきます。
大切なのは、いきなり大きな成果を狙わないことです。最初は、自分が書いたプロンプトを1つ、チームに共有する。次に、繰り返している作業を1つ棚卸しする。そんな小さな一歩でいい。前連載でも触れた通り、最初は微々たるものでも、同僚へ、チームへと水平展開していけば、影響範囲は少しずつ広がっていきます。投資効率の改善とは、特別な才能の話ではありません。こうした地味な積み重ねの、その先にあるものです。
自分だけがうまくいかないわけじゃなかった。でも、このままではいけない。もし、いまそう感じているなら、その感覚こそが、変化の入り口です。次回は、いよいよ転職の話。「自分はいま、どちら側にいるのか」を確かめたいと思います。
勝ち逃げ先生
外資系IT企業で働くITコンサルタント。ベンチャー企業、派遣企業、大手製造業社内SEを経て現職。生成AI、DX、業務改善、ITエンジニアのキャリアをテーマに@IT/ITmediaで執筆。行政・地域向けの生成AI研修講師、外部顧問としても活動。AIを使えること自体ではなく、AIで仕事や組織の局面をどう変えるかを重視している。人を責める前に、構造を疑うタイプ。体脂肪率8%の細マッチョだった。note「勝ち逃げnote」でも発信中
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