次に、WinTPCの入手方法やコスト、そしてシンクライアント専用機との違いを見てみよう。
コンパクトながらWindows 7と同様に多機能なWinTPCであるが、パッケージ製品としては販売されていない。WinTPCはWindows 7 Enterpriseと同様に、ソフトウェア・アシュアランス(SA)契約の無償特典として提供される。具体的には「Windows Client SA」「Windows VDA」「Windows Intune」のいずれかのサブスクリプション(月ごとに課金される契約形態)が必要だ。
サブスクリプション | 年間コスト*1 | 契約対象 | VDI向けの主な無償特典 |
---|---|---|---|
Windows Client SA |
〜7200円 (3年ごとに更新) |
Fat PC*2 | Windows Thin PC、Windows 7 Enterprise |
Windows VDA |
〜1万4400円 (3年ごとに更新) |
Fat PC、シンクライアント専用機、ゼロクライアント | Client SAの特典に加え、シンクライアント専用機やゼロクライアント(後述)でも契約できる |
Windows Intune |
〜1万4760円 (1年ごとに更新) |
Fat PC | Client SAの特典に加え、Windows Intune(SaaS型の資産管理・パッチ管理・ウィルス対策スイート)が利用できる |
Windows Thin PCが利用可能なサブスクリプション *1 記載の金額は最少購入時の1デバイスあたりの参考価格(執筆時点)。250デバイスを超えるとボリューム割引が適用される。 *2 「Fat PC」とはHDDが搭載された一般的なPCのこと。シンクライアントの対語。リッチ・クライアントとも呼ばれる。 |
サブスクリプション契約となると敷居が高く感じるかもしれない。しかし、WinTPCの有無にかかわらずVDIを利用する場合には、仮想環境へWindowsクライアントOSをインストールするために上記のいずれかを必ず契約することになる。ここでいうVDIはMicrosoft VDIに限らず、VMwareやCitrixなどの製品にも当てはまる。
逆にいえば、VDIを利用する場合にはClient SA/VDA/Intuneのいずれかのサブスクリプションを必ず所有していることになる。つまり、VDI環境であればWinTPCは無償で利用できるのだ。
特に、Client SAは本来、Windows Vista/Windows 7でEnterpriseエディションを利用したり、Windows OSの後継バージョンがリリースされたら無償でアップグレードしたりするためのサブスクリプションだ。このため、VDIに関係なく以前から契約している企業や自治体も多い。このような場合、WinTPCで一般的なPC(Fat PC)をシンクライアント化することで、シンクライアント専用機やVDAの購入といった高価なコストを一切かけずにVDIを実現できる。
自社でClient SAを所有しているかどうか分からない場合、Windows Vista/Windows 7において「Enterpriseエディションの利用権があるかどうか」を調べると早いだろう。Enterpriseエディションを利用できるなら、Client SA以上のサブスクリプションが契約済みのはずだ。
WinTPCとシンクライアント専用機を比較する前に、いくつかある専用機の種類を紹介する。
・Windows Embedded搭載のシンクライアント専用機
組み込みデバイス向けWindows OS「Windows Embedded」をフラッシュメモリにインストールしたシンクライアント専用機。HDDはないものの、記憶媒体としてフラッシュメモリを内蔵している。通常のWindows向けツールやデバイス・ドライバを流用できることが多いため、専用機ながら汎用的であり、さまざまな周辺機器を接続できる。デメリットとしては、Windows OSであるため、他のOSに比べてサイバー攻撃の標的にされやすいことや、高価なVDAライセンスが必要なことが挙げられる。
・Linuxや独自OSがインストールされたシンクライアント専用機
フラッシュメモリにLinuxや独自OSをインストールしたシンクライアント。こちらも記憶媒体としてフラッシュメモリを内蔵している。Windows OSと比べて脆弱性は少ないが、その半面、周辺機器やアプリケーションの対応は劣る。またVDAライセンスが必要になる。
・ゼロクライアント
汎用的なCPUやOSは一切なく、OSに相当するものが専用のチップ(ASIC)に組み込まれている。記憶媒体も、PCのBIOS設定に利用されるNVRAM(不揮発性メモリ)だけであり、セキュリティは最も強固だ。起動すればすぐにリモート接続できるようになるなど、管理も非常に楽であるが、VDAライセンスが必要になる。
「シンクライアント専用機にはディスクが搭載されていないから、情報漏えいに強い」という誤解に注意しよう。専用機といえどもOSを入れるためのディスク(=記憶媒体)は実装されている。IPアドレスやホスト名などの設定情報を保存する領域も必要だ。このため、専用機にはUSBメモリなどで利用されているフラッシュメモリを記録媒体として内蔵している。つまり、情報漏えいの観点でFat PCと専用機の各ハードウェアに差はない。「ローカルにデータを残さない」というシンクライアント的な“運用”が、情報漏えいの防止を実現しているのである。
Fat PC+ WinTPC |
シンクライアント 専用機 |
ゼロクライアント | ||
搭載OS | Windows Thin PC | Windows Embedded |
Linux/ 独自OS |
なし (ASIC) |
記憶媒体 | HDD/SSD | フラッシュメモリ | NVRAM | |
セキュリティ評価*1 | 85〜90点*2 | 90点 | 95点 | 100点 |
メンテナンス負担 | 大〜中*3 | 中〜小 | 小 | |
端末の機能 | 高 | 高 | 中 | 低 |
端末の種類 | 豊富 | 少ない | 少ない | |
消費電力 | 高〜中*4 | 中 | 低 | |
端末のコスト | 不要 (既存PCを利用する場合) |
別途調達 | 別途調達 | |
Windowsライセンスのコスト | 安価 (Client SA/ VDA/Intune) |
高価 (VDAのみ) |
高価 (VDAのみ) |
|
Windows Thin PCとシンクライアント専用機の比較 *1 筆者の独自評価。外部攻撃の耐性や潜在的な脆弱性など、ゼロクライアントを100点としたときの相対値 *2 WinTPCの設定を変更してセキュリティを強化する必要がある *3 本連載で解説するようなノウハウで緩和できる *4 利用機種によって大きく変動する |
表にまとめるとこのようになるだろう。「Fat PC+WinTPC」の組み合せはなんといってもコストが安い。前述のClient SAとVDAのライセンス価格差はもちろん、既存PCを利用することで端末自体の購入も不要になるためだ。
また、専用機はFat PCほどラインアップが豊富ではないため、ノートPC型で検討している場合は画面サイズや重量など、希望に沿う製品がなかなか見つからないことがある。Fat PC+WinTPCであれば、安価で軽量コンパクトなネットブックPCや使い慣れたブランドの製品など、無数の選択肢の中から最適な機種を選択できる。
しかし、WinTPCはあくまでコスト重視の“疑似”シンクライアントであり、ベストな選択と言い切れない部分もある。1つは消費電力だ。専用機に比べるとFat PCは総じて消費電力が高い。また、どうしても100点満点のセキュリティ対策が必要なのであれば、標的にされにくいゼロクライアントや独自OS搭載機に分がある。
■更新履歴
【2012/02/04】表「Windows Thin PCが利用可能なサブスクリプション」の「年間コスト」列に記載の価格は、購入ルートなどによって若干変動することがあります。そこで、注の*1にて、記載の金額は参考価格であることを明示しました。
【2012/02/02】初版公開。
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