日本のITエンジニアが現在抱えている課題や“技術への思い”を読者調査を通じて浮き彫りにし、ITエンジニアは未来に向けてどのような道を歩むべきか、キャッチアップするべき技術の未来とはどのようなものかを研究する特集「ITエンジニアの未来ラボ」。今回は2020年には社会人として大いに活躍しているであろう大学生3人に、「今のIT業界の印象」や「2020年の生活はITでどう変わっているか」などを聞いた。
IT投資が増加していくとされる2020年に向けて技術革新は進み、これまでにない多様な技術が開発現場で当たり前のように使われるようになると予想される。事実、スマートフォンやクラウドの出現により、ここ5、6年の間で多様な技術習得を迫られた開発現場も少なくないはずだ。では次の時代に向けてITエンジニアはどうあるべきなのか。
本特集「ITエンジニアの未来ラボ」は、日本のITエンジニアが現在抱えている課題や“技術への思い”を読者調査を通じて浮き彫りにし、ITエンジニアは未来に向けてどのような道を歩むべきか、キャッチアップするべき技術の未来とはどのようなものかを研究する。
第1回の「日本の技術者が挑戦したいこと、わくわくした瞬間、興味がある次世代技術まとめ」では、将来実現したいことやスキルアップしたいができない理由、興味がある次世代技術、6年後どうなっているかなど、1900人に聞いたアンケート結果をリポート。
第2回の「JAZUG/html5j設立者たちが語るコミュニティ参加のおいしい話」では、JAZUGとhtml5jという日本を代表する開発者コミュニティの設立に携わった橋本圭一氏と白石俊平氏にコミュニティ参加のメリットなどを語ってもらった。
第3回となった年末特別編「2015年から手を付けておきたいテクノロジをSF映画から考える」では、書籍『SF映画で学ぶインターフェースデザイン アイデアと想像力を鍛え上げるための141のレッスン』の日本語版監訳者を務めた安藤幸央氏に、「近未来、人間と機械とのインタラクションはどう変わっていくのか」について話を聞いた。
第4回となる本稿では、2020年には社会人として大いに活躍しているであろう現役大学生3人――慶応義塾大学 環境情報学部 3年生の鈴木啓太さん、東京女子大学 現代教養学部 数理科学科 3年生の山本祥子さん、早稲田大学 基幹理工学部 情報理工学科 3年生の高橋卓巳さん――に今のIT業界の印象を聞くとともに、2020年の生活はITでどのように変わっているかを予想してもらった。
――よろしくお願いします。まずは、3人の簡単なプロフィールから教えてください。
鈴木 慶応義塾大学の鈴木啓太です。脳波解析について研究しています。最近取り組んでいる研究は脳情報のデコーディングです。現在大学ではラグビークラブに所属し主将を務めています。
自分がプログラミングを始めたのは中学生のときです。初めてゲームを作ることができ、自分が作ったゲームを人が遊んで、楽しんでいる姿にとても感動しました。そういう経験があって、今Life is Tech!のメンターをやっています。自分が教えることで、子どもたちがアプリを作れるようになるのは感動的です。
AndroidやiOSのアプリ開発もできますし、友人のWebサイト構築の手伝いではRailsを使っていました。大学2年生のときに入った研究室がAR.Droneの自動制御をしていて、そこではC言語をよく触っていました。研究での解析にはPythonやMatlabを使っています。
山本 東京女子大学の山本祥子です。情報理学専攻で4年生のゼミではPythonを使う予定です。大学の授業で、JavaやC言語を使いました。Windowsストアアプリを作れますし、Web開発もできます。
大学外の活動としては、妹がLife is Tech!のキャンプに参加したことがきっかけで、Life is Tech!のメンターとして、アプリ開発を中高生に教えています。また、講談社のRikejo(リケジョ)としてウェアラブルデバイスのデザインをしています(参考)。
高橋 早稲田大学の高橋卓巳です。情報系の学部ということでC言語は授業で習っていて、大学1年生のころからITベンチャーでインターンとして働いているのですが、そこでUnityを使ってゲーム開発をしたことをきっかけに、ものづくりを始めました。Web系の別のベンチャーでは、サーバーサイドにPHPとCodeIgniterを、フロントにjQueryなどを用いたWeb開発を経験しました。スタートアップの手伝いをした際、AWSも扱ったことから、インフラも面白いと思うようになりました。今はLinuxなども勉強し、ネットワークの構築も自分で行っています。PHPやRuby、Python、各フレームワークの違いなどサーバーサイドへの関心が高まっています。
また、C#やVisual StudioでWindowsストアアプリも開発したことがありますし、AnroidやiOSの開発経験もあります。ベンチャーでの開発を経て、もっとオープンソースのコミュニティにコミットするような活動に関わりたいと思うようになり、Xamarin(※)を使い始め、最近「Xamarin Student Ambassador」になりました。今は、アンバサダーとしての活動を始めつつあるというところです。
※OSSのMonoをスポンサードしているXamarin社が提供するクロスプラットフォームの開発ツール
――今のIT業界で働きたいと思いますか。どういう仕事をしたいですか。
鈴木 もちろん、働きたいですね。僕には、「生きる軸」として、「テクノロジで人を幸せにしたい」という思いがあります。現在、Facebookなどの新しいアプリやサービスを使うことで新しいチャンスをつかむ人がたくさんいて、テクノロジは人の機会を創出する可能性を秘めていると感じています。そういう意味で、新しいテクノロジを世に広めたり、自分が携わるプロダクトやサービスを使って、自分の周りにいる人を幸せにしたりするような仕事に就くのが理想的です。
現在のITについては、インターネットができたことで人と人のつながりのネットワークが確立されたことが、近年で一番大きかった出来事だと思います。僕が入学したときが、ちょうど大学でFacebookが浸透してきたときで、高校生のときには考えられないぐらい人と人がつながれるようになったことが感動的でした。
一方で、Facebookなどのソーシャルネットワークが広がったことで「物理的な人とのつながりが希薄になった」とよく言われます。しかし、その問題もITで解決できるのではないでしょうか。ITだから物理的な接触がないかというと、そうでもないと思います。最近では、IoTという言葉をよく聞きますが、そういったアプローチからまだまだ人のつながりは改善できるのではないでしょうか。
高橋 IT業界に最初に持った印象は大学に入ってから映画『ソーシャルネットワーク』です。そのとき感じたのが、ソフトウエアで世界を変えるエンジニアの姿が「かっこいい」ということです。「ハードウエアを作る“ものづくり”とは、また違ったかっこよさがある」「これが、インターネットやWebなのか」と思い「面白い」と感じました。
映画では誇張されていますが、シリコンバレーのスタートアップは、「こんな雰囲気なのか」と思っていました。映画に感化されてプログラミングを始めたり、日本のIT企業で働き始めたりしましたが、想像したのと違って絶望しましたね。もちろん、それ以外の要素もありますが、プロダクトが良くないとエンジニアが優秀でも幸せになれない。同じコードを書いていてもシリコンバレーの方が評価されるのではないかと思います。自分が理想としていたものが日本のどこにあるのか、その理想自体が本当にシリコンバレーにあるのか、確かめたいです。
シリコンバレーには、グーグルやフェイスブックなどのオフィスの見学で行ったことはあります。確かにスタートアップのエンジニアは寝ずに仕事をしていて大変そうですが、エンジニアの開発に対するスタンスやリスペクトのされ方が全然違うと思いました。やはりグーグルが作ったプロダクトが素晴らしいから、エンジニアが楽しそうにコードを書いていて、コードが評価されているのではないでしょうか。そういうところで働ければと純粋に思います。
山本 働きたいです。ITに興味を持ったのは大学のプログラミングの授業を通して、何もない0からプロダクトを作っていく楽しさに魅了されたからです。そして、それを皆さんにも知っていただきたいという気持ちが今のLife is Tech!のメンターにつながっています。ITを通して人々を魅了し、わくわくさせていきたいです。
例えば、ITは人と人の間にある“壁”や“距離”をなくすことができると思います。実際、現在でもスマホの普及が、そういった面で私たちの生活に影響を及ぼしているのは明らかです。未来のテクノロジの力で“壁”や“距離”によって人にかかる負担などを、もっと改善したいですね。
一方で今のIT業界は、人気がある女子向けのアプリを作成しているエンジニアが全員男性である企業が多いという大きなギャップを抱えていると思います。もっと女子にもコーディングをする楽しさを知っていただきたい。もっとIT業界で活躍する女性エンジニアが増えたらいいなと考えています。
――5年後の2020年には、ITが社会にどのような影響を与え、人々の生活はどのように変わっていると思いますか。
山本 2020年のITは私たちの生活に、より身近なものになるのではないでしょうか。2020年を予想して企業が作っている動画を見ていると、とてもわくわくします。窓が大きなパソコンのようなディスプレーになったり、HoloLensのようなウェアラブルデバイスが当たり前のようになったりする生活が待っているような気がします。
高橋 2020年には、目に見える部分が大きく変わるよりも、人々の意識に関わる部分が変わるのではないでしょうか。
例えば、UberやAirbnbなどのサービスが出てきたのは、モバイル機器が普及して誰もがインターネットにつながるようになったことで人々の意識が変わり、シェアリングエコノミーが加速されたからだと思います。シェアリングエコノミーに関連していうと、シリンコンバレーの方では、人々の“働き方”への意識も変わってきています。
また、ビッグデータや機械学習、人工知能といったバックエンドのテクノロジによって“選択”への意識が変わるのではないでしょうか。
日本でもバックエンドのテクノロジは、どんどん進化してきています。大学にいて感じるのは、2020年に向かっていろいろな研究室がバックエンドの研究を進めているということですね。例えば、ネットワークだと、5Gの研究を進めているところもあります。そういったバックエンドの研究は、実は以前から確立されていたビジョンであって、後はたんたんと進めているだけのように感じています。
しかし、バックエンドの研究が人々に大きな影響を与えるのは、そのバックエンドとつながる、末端の小さいデバイスや、そこで動く汎用的なソフトウエアです。それらがどれだけ人に好まれるか、どれだけ人を理解して作られたものなのかによって、バックエンドのテクノロジの影響力は変わると思います。末端にある小さいデバイスと、そこで動く汎用的なソフトウエアというのは、今まではPCからタブレット、スマホと変化してきましたが、今度は、スマートホームとして家の中に存在するようになると思います。
現在でも家の中では、端末を制御するだけの単一の機能を持つソフトウエアがいろいろ動いていますが、汎用的なソフトウエアでスマートホームのビジョンを確立している企業は、まだないように思います。グーグルがNest Labsという企業を買収したことが注目されましたが、どの企業がスマートホームのシェアを握るのかが興味深いです(参考)。
実際、僕は1年前ぐらいにオープンした大学の学生寮に入っていて、そこは家の鍵をタッチでかけることができて、鍵をかけると部屋の電源が全て切れます。また、モニターでフロアごとの水道使用量や電気使用量などが一覧できます。外出するときに「部屋の電気を全部消さなきゃ」という小さなストレスや“選択”への意識がなくなるような、人々が機械の操作以外のことを考えられる未来になればいいなと思います。
鈴木 2020年に向かって今後は、ロボットがどんどん進化していくと思います。ロボットは、人とのコミュニケーションや作業の自動化だけではなく、人の身体的な補助でも使えるという未来がくるのではないでしょうか。
現在でも、筑波大学発のベンチャーでサイバーダイン(筑波大学発ベンチャー)という企業があって、例えば事故などで下半身不随のようになってしまい、歩行獲得不可能と言われたような人が、サイバーダインが開発した機器「HAL」(Hybrid Assistive Limb)を取り付けると、脳からの信号を機器が受け取り、動くことを補助してくれます。強制的に足を動かすのではなく、脳からの命令がない限り動きません。脳からの信号に対して「体が前に出る」という身体的なフィードバックを脳に返すことで、例えば歩くのに2年かかると言われていたのが2カ月間ぐらいで済むようになるということです。
また、こういったリハビリだけではなく、老人の身体的な補助という福祉の面でも、ITやロボットが進化していくことは重要ではないでしょうか。
あと、2020年にはオリンピックがありますが、パラリンピックも開催されますよね。個人的には、パラリンピックでも、義足だけではなく、HALのような身体を補助してくれるロボットが活躍する競技も認められような兆候が見られるのでは、と思っています。
「ロボットの性能に競技の結果が左右されるなんて反則じゃないか」と言う人もいるかと思いますが、今でも義足の性能に左右される――例えば「より良いカーボンを使うと速いなんて反則じゃないか」という議論があります。人の認識はどんどん変わっていくものなので、身体を補助してくれるロボットが活躍する競技というのも可能性があると思います。
2020年は医療やスポーツがITによって大きく変わっているのではないでしょうか。
このように、それぞれのバックグラウンドを持ち、それに基づいた思いや理想像を持つ若者がいる。プログラミングに目覚めたきっかけやIT技術にわくわくした瞬間や出来事、興味のある次世代技術などは、特集第1回のアンケート結果に共通するものがあり、人が持つテクノロジへの思いは学生も現役社会人も変わらず普遍的なようだ。
なお、本特集「ITエンジニアの未来ラボ」では、3人に「未来ラボ学生リポーター隊」を結成してもらい、もっと多くの世界を見てもらうことにした。取りあえず見てもらうのが、5月26、27日に日本マイクロソフトが開催する「de:code 2015」だ。
アーキテクチャ、モバイル、IoT、開発ツール、DevOps、クラウド、BI、Office、そしてWindows 10と多岐にわたるセッションが開催されるので、現在の日本企業で使われているテクノロジを再確認し、未来のITの姿を予想するには、うってつけといえるのではないだろうか。3人には、さまざまなセッションや催しを見学して、感じたことをリポートしてもらう予定だ。
近年、新CEO就任の前後からその変化が目覚ましく、今のIT業界を代表する企業マイクロソフト。その日本法人が開催する一大イベントは、若い世代、そして就職前の学生の目にはどのように映るのか――そこには現役社会人としてIT業界を牽引するエンジニアやITプロには見えない景色があるはずだ。その答えはイベント開催後のリポート記事として掲載するので、楽しみにしてほしい。
IT投資が増加していくとされる2020年に向け、技術の革新は進みこれまでにない多様な技術が開発現場で当たり前のように使われることが予想される。過去を振り返ると、スマートフォンやクラウドの出現により、ここ5、6年の間で多様な技術習得を迫られた開発現場も少なくないはずだ。では次の時代に向けてITエンジニアはどうあるべきなのか。本特集では日本のITエンジニアが現在抱える課題や技術への思いを読者調査を通じて浮き彫りにし、ITエンジニアは未来に向けてどのような道を歩むべきか、キャッチアップするべき技術の未来とはどのようなものかを研究する。
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