ローカル5Gが制度化されて3年、キャリア5Gもサービスが始まってもうすぐ3年になる。だが、3年たっても企業における5Gの利用は期待ほど広がっていない。今回は無理なく5Gを導入する方法を考える。
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企業が5Gを使わないのは5Gにメリットが見いだせないからだ。「5Gならでは」の特長を生かし、投資対効果を得やすい導入方法を考える必要がある。
そもそも、5Gならではの特長とは何だろうか。「超高速(20Gbps)」「超低遅延(1ミリ秒)」「多数同時接続」という3つのうたい文句で売り出された5Gだが、現在の実力はそれから程遠い。現在の5Gの速度と遅延の実測値を、4GやWi-Fi6との比較とともに示したのが表1だ。
ローカル5Gは、構成を絞ってコストを抑えたスタートアップキットが2021年から販売されている。しかし、まだまだ安価とはいえない。その性能は下り1Gbpsも出ておらず、キャリア5Gの半分程度の速度だ。上りはキャリア5Gの4分の1程度だ。遅延時間は25ミリ秒程度で、キャリア5Gより短い。キャリア5Gはローカル5Gより高速ではあるが、超高速ではないし、超低遅延でもない。
では企業にとってメリットのある5Gの特長は何だろうか? それは「安定性」だ。例えば工場のモバイルロボットの運用に電波干渉などの問題が少なく安定している5Gを使うと、Wi-Fiよりもモバイルロボットの稼働率を上げられる。
一方の弱点は、「接続性の低さ」だ。キャリア5Gは「スマートフォンのためのネットワーク」といっても過言ではない。iPhoneやAndroidスマホは簡単につながるが、モバイルロボットをキャリア5Gに接続するための産業用5Gルーターは製品が限られているし、組み込み用の5G通信モジュールを使うのは難しく、一般の企業にはハードルが高い。仕方なくコンシューマー用の5Gルーターやスマートフォンをロボットやカメラの接続に利用している事例もある。
ローカル5Gは、産業用5Gルーターが限られているだけでなく、スマートフォンはほとんどつながらない。つながったとしても電話が使えないので「Phone」とは呼べない。
ネットワークは5Gに限らず、さまざまな端末が簡単に接続できなければ価値を発揮できない。その点、Wi-Fiは何でも簡単につながるところが優れている。
このような現在のキャリア5G、ローカル5Gの実力を考えると、無理のない(メリットを得やすい)5Gの導入としてキャリア5Gをお勧めする。
キャリア5Gはローカル5Gに対して4つの優位性がある。「安い」(キャリアが無線設備を用意するためユーザーの初期投資はゼロまたは少額)、「簡単」(免許不要、無線技術の有資格者不要)、「陳腐化しない」(サービスなので機器やソフトウェアが技術の進展とともに更新される)、「速い」(表1にある通りローカル5Gより速い)の4点だ。
1つ目のアプローチは「まず4Gでスタート」することだ。4Gは5Gほどの速度は出ないが、遅延時間は変わらないし、最も重要な安定性は5Gと同等だ。5Gはまだカバーエリアが狭いが4Gは全国をカバーしている。都市部から離れた場所にある工場でも4Gなら利用できることが多い。
4Gを使った先進的な自動運転EV(電気自動車)の事例を紹介しよう。「eve autonomy(イヴオートノミー)」(本社 静岡県袋井市、代表者 米光正典氏)は2022年11月30日、国内初の自動運転EVによる屋外対応型無人搬送サービス「eve auto」の提供を開始した。「eve auto」はヤマハ発動機が開発した自動運転EV(積載300kg、けん引1500kg)と自動運転関連ソフトウェア/サービス開発企業のティアフォー社が提供するソフトウェアプラットフォームを使っている。図2は、その構成だ。
工場の敷地内のような屋外環境はトラックや自転車、歩行者などが混在しており、電磁誘導線などによる搬送ルートの固定化も難しい。「eve auto」はこれらの課題を解決し、工事不要でレベル4の自動運転を実現した。レベル4とは、特定の条件下で不測の事態への対応も含め、完全な自動運転(無人)ができる自動運転のレベルだ。
イヴオートノミー 事業開発部 部長 田中淳氏によると、広大な工場を4Gでカバーし、安定したEVの運用を実現しているという。必要な帯域幅は10数Mb/sだ。自動シャッターや警告灯などの制御にはBluetoothを使っている。既にヤマハ発動機、パナソニックなど9社で運用されているそうだ。
5Gはあくまで手段だ。自動運転EVを安全かつ効率的に運用するという目的を達成するためには、5Gにこだわる必要はない。都市部から離れた広大な工場でも利用できる4Gでスタートするのは賢明な選択といえる。当然だが、4Gはキャリアが提供しているサービスをそのまま使うだけなので、EVに搭載する4Gルーター以外に無線設備の初期投資は不要だ。
もう1つのアプローチは、多数のスマートデバイスを利用することを前提に企業の工場やオフィス内に4G/5Gの無線設備やアンテナをキャリアに設置してもらうことだ。
社給のスマートフォンやタブレットを使うには、4G/5Gの電波が届いていなければならない。しかし工場やそれに付属する事務棟では、4Gの電波すら建物内部に届いていないことがある。
その場合、キャリアに無線設備やアンテナを設置してもらうことになる。キャリアはこれを「電波対策」、あるいは単に「対策」と呼んでいる。電波対策の費用をユーザー企業がどれだけ負担するかはケース・バイ・ケースだ。スマートデバイスの台数が多ければゼロの場合もあるし、少なければ費用の一部を負担することもある。いずれにしても、自前で設備を購入するローカル5Gと比較すると、はるかに費用負担は少ない。しかも無線設備は、工場内、事務棟内で自社専用だから、他のユーザーとの競合で速度が落ちる心配もない。
以前も書いたことだが、電話を使うために4Gは不可欠なので、5Gだけを導入することはできない。
構成例を図3に示す。多数のスマートデバイスが使われ、工場内ではモバイルロボットの運用に5Gが使われている。2021年12月の本連載で紹介した牧野フライス製作所の企業内5Gネットワークもこのモデルの一例だ。このような事例はまだ少ないが、今後は着実に増えるだろう。
「超高速」「超低遅延」などと5Gに過大な期待をして実証実験を繰り返すフェーズは終わった。無理のない、メリットを得やすい方法で、着実に5Gの活用を進めていきたいものだ。
松田次博(まつだ つぐひろ)
情報化研究会(http://www2j.biglobe.ne.jp/~ClearTK/)主宰。情報化研究会は情報通信に携わる人の勉強と交流を目的に1984年4月に発足。
IP電話ブームのきっかけとなった「東京ガス・IP電話」、企業と公衆無線LAN事業者がネットワークをシェアする「ツルハ・モデル」など、最新の技術やアイデアを生かした企業ネットワークの構築に豊富な実績がある。本コラムを加筆再構成した『新視点で設計する 企業ネットワーク高度化教本』(2020年7月、技術評論社刊)、『自分主義 営業とプロマネを楽しむ30のヒント』(2015年、日経BP社刊)はじめ多数の著書がある。
東京大学経済学部卒。NTTデータ(法人システム事業本部ネットワーク企画ビジネスユニット長など歴任、2007年NTTデータ プリンシパルITスペシャリスト認定)、NEC(デジタルネットワーク事業部エグゼクティブエキスパート等)を経て、2021年4月に独立し、大手企業のネットワーク関連プロジェクトの支援、コンサルに従事。新しい企業ネットワークのモデル(事例)作りに貢献することを目標としている。連絡先メールアドレスはtuguhiro@mti.biglobe.ne.jp。
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