住友商事が独自のポリシーで「電話基盤をダウンサイジング」、年間コストを90%削減羽ばたけ!ネットワークエンジニア(73)

住友商事はMicrosoft 365によるグローバルなコラボレーション基盤を構築するとともに、独自の設計ポリシーで電話基盤を刷新し、働き方改革に適した利用環境と大幅なコスト削減を実現した。

» 2024年01月29日 05時00分 公開
[松田次博@IT]

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連載:羽ばたけ!ネットワークエンジニア

 住友商事(本社:東京、代表取締役 社長執行役員 CEO 兵頭誠之氏)は、2019年3月から2021年10月にかけて「Microsoft 365」を全世界の事業所に導入し、コラボレーション基盤を構築した。さらに2022年3月から2023年7月に「Teams Phone」を使って国内の電話基盤を再構築した。

 企業はMicrosoft 365や「Microsoft Teams」(以下、Teams)といった一般的なクラウドサービスを使って独自性のある効果的な電話基盤を作ることができるのだろうか、という点に筆者は強い関心があった。取材させていただいて分かったことは、「一般的なサービスであっても、独自の設計ポリシーがあれば、特徴のある効果的なシステムが構築できる」ということだ。

 以下、具体的に見ていこう。

オンプレミスからの脱却

 IT企画推進部 インフラシステム第二チーム リーダーの岩崎奨氏によると、Microsoft 365/Teams導入の狙いは「オンプレミスからの脱却」と「セキュリティ対策の統合」にあるという。

 メールサーバやPBX(構内電話交換機)を自社で保有していると、数年に一度、EOL(End Of Life:使用期限)を迎え、機器の更改のために費用的にも人的にも大きな負担がかかる。また、機器の機能が変わらないため陳腐化の恐れもある。これに対してクラウドサービスであるMicrosoft 365やTeamsは、サービスとして継続的に利用でき、EOLがない。サービスなので常に機能追加やバージョンアップが実施されるため、陳腐化の恐れもない。

 ゼロトラストを含め、セキュリティ対策のためのサービスや製品は数多くあるが、これらをばらばらのベンダーから調達すると、運用の整合性を取るために労力を要する。セキュリティもMicrosoftに統一することで、セキュリティ運用の負担を軽減できる。

 現在住友商事では、Microsoft 365/Teamsによるコラボレーション基盤がグローバルで約1万1000人に使われ、チャットは約1000万回/3カ月、電話は約30万回/3カ月、オンライン会議は約20万回/3カ月使われている。

 コラボレーション基盤によって海外の事業所や子会社との業務連携の生産性が格段に向上したという。例えば、これまでは海外の子会社と連携するには電子メールとファイルの授受という手段しかなかったが、協調作業する空間として「テナント」を定義し、子会社にテナントへの入室を許可することでファイルの共有だけでなくさまざまな協調作業が可能になった。

「電話基盤のダウンサイジング」を実現した設計ポリシー

 IT企画推進部 インフラシステム第一チーム 石井光年氏によると、国内の電話基盤は2022年3月から7月に企画、ソリューション検討を実施し、オンプレミスのPBX廃止を決めた。ソリューションの選定を経て2022年8月から12月に設計/基盤構築、翌2023年1月から7月で全国の拠点展開工事を完了した。電話基盤の設計ポリシーは次の3点だ。

1 ダイレクトコミュニケーションを基本とする音声コミュニケーションの効率化

 「ダイレクトコミュニケーション」とは、代表電話や固定電話機を使わず、社員に持たせたスマートフォンで顧客や取引先と直接電話の発信、着信をすることだ。これによって電話取り次ぎにかかる業務負担を削減/軽減し、タイムパフォーマンスを向上できる。名刺やメールのシグネチャにも個人の携帯電話番号を記載している。

 代表電話を使わないため、PBX機能は不要になる。つまり、ダイレクトコミュニケーションを基本とするということは「Teams Phoneを極力使わないことだ」ともいえる。電話番号数および固定電話機を10分の1以下に減らすことで、組織改革などに伴う電話工事が激減した。この2点が「ダウンサイジング」のポイントだ。

 市外局番から始まる代表電話番号や外線電話番号は、パンフレットやWebサイトに商品、サービスなどの問い合わせ/申し込み先として記載しているなど業務上、最低限必要な番号に限って残し、それ以外は廃止した。その結果、代表電話番号数は約800番号から約130番号に、その他の外線電話番号数は約1200番号から約50番号となった。固定電話機は約4000台から241台に削減した。一方モバイル端末は、iPhone約4000台とPHS約2000台から、iPhone6334台とした。

2 テレワーク/オフィス内フリーアドレスなど、新しい働き方に適した音声コミュニケーション基盤の実現

 働く場所を選ばず電話を利用できる環境を実現した。例えば在宅勤務をしていても代表電話を受電できるし、代表電話の番号を発信元として外部に電話をかけられる。

3 電話基盤維持、運営費の大幅削減

 レガシーPBXからクラウドへの移行、PBX機能のダウンサイジング(代表電話番号削減)、固定電話機削減によって、年間コストを約90%削減した。

拠点の固定電話回線を廃止

 住友商事の新音声基盤の構成は図1の通りだ。

図1 電話基盤の構成
LBO:Local BreakOut、DC:データセンター

 キャリア(電気通信事業者)のTeams接続サービスを利用しており、03/06などで始まる固定電話用の0AB-J番号はクラウドに集約しているため、各拠点に固定電話回線はない。拠点の代表番号「03-1234-xxxx」に着信すると、拠点にある固定電話機または代表グループに入っているスマートフォンが鳴動して受電できるようになる。拠点とクラウド間はブロードバンド回線を使ってローカルブレークアウト接続している。バックアップとしてデータセンターを経由した経路を用意している。

 自宅その他の場所からは、4G/5GまたはWi-Fiでインターネットに接続して利用する。代表グループの赤い点線枠は代表グループを組めることの例示であり、在宅勤務で使うスマートフォンが必ず代表グループに入るわけではない。

 拠点に固定電話回線を引かず、スマートフォン中心であるため非常にすっきりした構成となっている。

「電話基盤のダウンサイジング」はどんなクラウドPBXでも実現できる

 住友商事が音声基盤のダウンサイジングに成功したのはTeams Phoneを使ったからではない。

 設計ポリシーが優れていたから成功したのだ。企業の電話利用がスマートフォン中心となり、コロナ禍を契機に働き方改革が進む中、住友商事の事例はこれから電話基盤を見直す企業がどんなクラウドPBXを使う場合でも参考になるモデルだ。

 設計ポリシーを簡単にいえば、「外線電話番号数と固定電話機台数を10分の1にする」ことだ。ポリシーを決めてもそれを全社的に適用するのは簡単ではない。住友商事では石井氏が率いるIT企画推進部 インフラシステム第一チーム 電話担当が代表番号と固定電話の廃止/ダイレクトコミュニケーションへの移行/電話取り次ぎ業務の見直しを各組織と一緒に検討しながら進めたそうだ。わずか数カ月という短期間でそれをやり遂げたことに驚かされる。そういうスピード感のある仕事の進め方も大いに参考にしたいものだ。

筆者紹介

松田次博(まつだ つぐひろ)

情報化研究会(http://www2j.biglobe.ne.jp/~ClearTK/)主宰。情報化研究会は情報通信に携わる人の勉強と交流を目的に1984年4月に発足。

IP電話ブームのきっかけとなった「東京ガス・IP電話」、企業と公衆無線LAN事業者がネットワークをシェアする「ツルハ・モデル」など、最新の技術やアイデアを生かした企業ネットワークの構築に豊富な実績がある。本コラムを加筆再構成した『新視点で設計する 企業ネットワーク高度化教本』(2020年7月、技術評論社刊)、『自分主義 営業とプロマネを楽しむ30のヒント』(2015年、日経BP社刊)はじめ多数の著書がある。

東京大学経済学部卒。NTTデータ(法人システム事業本部ネットワーク企画ビジネスユニット長など歴任、2007年NTTデータ プリンシパルITスペシャリスト認定)、NEC(デジタルネットワーク事業部エグゼクティブエキスパートなど)を経て、2021年4月に独立し、大手企業のネットワーク関連プロジェクトの支援、コンサルに従事。新しい企業ネットワークのモデル(事例)作りに貢献することを目標としている。連絡先メールアドレスはtuguhiro@mti.biglobe.ne.jp。


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