鹿島建設の自律運転重機による「現場の工場化」を支えるネットワークとは?羽ばたけ!ネットワークエンジニア(76)

秋田県東成瀬村で建設が進む成瀬ダムでは、ダンプトラックやブルドーザーなど10数台の無人重機が自律的に稼働して建設工事に従事している。それを支えるネットワークはどんなものだろうか。

» 2024年04月22日 05時00分 公開
[松田次博@IT]

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連載:羽ばたけ!ネットワークエンジニア

 2024年2月27日の朝、いつものように在宅仕事の前のコーヒーを飲みながら何げなくテレビを見ていると、ダムの工事現場で無人の重機が縦横に行き来して堤体(ダムの本体)の打設工事をしている様子が映し出された。そのよどみないスピーディーな動きに驚かされた。

 無線ネットワークで監視、制御されているに違いないが、どんなネットワークが使われているのだろう、ローカル5Gでも使っているのだろうかと強い興味が湧いた。その日のうちに鹿島建設広報室に電話をかけて取材をお願いし、2024年4月4日にオンラインで取材させていただいた。

 対応していただいたのは、技術研究所 プリンシパル・リサーチャー 三浦悟氏と、技術研究所 先端・メカトロニクスグループ グループ長 浜本研一氏だ。

次世代建設生産システム、「A4CSEL」(クワッドアクセル)

 筆者がテレビで見た映像は2023年10月に撮影されたものだった。11月から4月は積雪が深いため工事が行われない。以下の文章は現在形で記述するが、2023年10月時点のことであることを承知いただきたい。

 成瀬ダムは秋田県の南端、岩手県との県境に近い成瀬川に建設中の台形CSG形式のダムで、工期は2018年から2026年だ。CSG(Cemented Sand and Gravel)とは、石や砂れきとセメント、水を混合して作る材料であり、台形CSGダムはCSGを使って堤体の断面を上流面も下流面も同様の勾配を持つ台形にしたダムだ。

 台形の下部から上部へとCSGを幾層も重ねて打設してダムを形作っていく。当然、下部は面積が広く、上部にいくに従って面積は狭くなる。成瀬ダムは完成すると堤高114.5メートルとなり、台形CSGダムとしては日本一の高さになるそうだ。

 このCSGの打設工事が鹿島建設の開発した、建設機械の自動運転を核とした次世代建設生産システム、「A4CSEL」(Automated/Autonomous/Advanced/Accelerated Construction system for Safety, Efficiency,and Liability:クワッドアクセル)で自動化されている。

 A4CSELは建設業界が直面する「人手不足」「低い労働生産性」「高い労働災害発生率」を解決するために、工場のように計画通り自動的に工事を実行する「建設現場の工場化」を目指して開発されたものだ。

 A4CSELは、汎用(はんよう)のブルドーザーやダンプトラック、振動ローラーといった建設機械に制御コンピュータや障害物検知センサー、GPSなどを付加して「自動化改造する技術」、ブルドーザーなどを運転する熟練技能者の操作データを基にAI(人工知能)手法を取り入れて熟練技能者より高い生産性を実現する「自動運転技術」、多数の機械を連携させて最も生産性の高い施工計画で稼働させる「施工マネジメント技術」の3要素で構成されている。

 成瀬ダムでは3機種14台の自動建設機械が自律的に稼働している。写真1がその様子だ。画面奥右側のベルトコンベアと正面の「SP-TOM」という材料大量搬送設備のパイプから送出されるCSGをダンプが受けて、所定の位置に運んで下ろす。それをブルドーザーが一定の厚さで平らに押し広げる。この作業を「まき出し」というのだが、AIの応用により熟練技能者の約2倍の効率で作業できるそうだ。まき出しされたCSGは振動ローラが固める。

写真1 成瀬ダムで自動運転中の建設機械

 自動建設機械を監視/制御しているのは、現場から約400キロ離れた神奈川県小田原市の鹿島西湘実験フィールドにある管制室だ。ここで3人のITパイロットが14台の建設機械を管制している。自動運転なので操縦はしていない。管制室から施工計画を送信すると、後は自動運転で作業する。不具合が発生したときだけITパイロットが対応する。

 14台の建設機械を人が運転すれば14人のオペレーターが必要だが、それが3人で済んでいる。作業効率は上述の通り熟練技能者より高い。現場作業に人が関わらないので、労働災害も防ぐことができる。

成瀬ダムのA4CSELを支えるネットワーク

 建設機械の自動運転を支えるネットワークは図の通りだ。

図 成瀬ダムでのA4CSELによる遠隔自動施工時のネットワーク概要

 現場に一番近いNTTの光ファイバーの末端に鹿島JV(共同企業体)が通信中継所を設置している。ここでNTTの光ファイバーと現場内専用光ファイバーネットワークを接続し、約4キロ先のダムサイトにつないでいる。

 筆者が知りたかった現場で使われている無線ネットワークは、ローカル5Gではなく、メッシュWi-Fiであった。メッシュWi-Fiは名前の通り、複数のAP(アクセスポイント)がメッシュ状につながることで広いエリアを安定してカバーできるのが特徴だ。AP間を有線ではなく、無線で接続できるのもダム建設現場のように物理的な回線の引き回しが大変な場所では有利だ。

 しかし、成瀬ダムの現場では無線だけの接続ではAPの数が増えると通信性能が落ちるため、有線接続と無線接続を併用している。無線が影になるところやAPの位置を固定できるところは有線で性能(速度)と信頼性を確保し、それ以外は無線で接続している。

「機動性」の高さがメッシュWi-Fiの強み

 ローカル5Gを採用せず、メッシュWi-Fiとしたのは、「機動性」が必要だからだ。現場では地形や工事の進捗(しんちょく)によって、重機の台数や稼働する場所がどんどん変わるため、APの位置の変更や台数の増減を迅速、柔軟に行う必要がある。台形CSGダムは工事が進むにつれて作業場所の高度が高くなり、APの設置場所も上げていく必要がある。メッシュWi-Fiだとそれが容易だが、ローカル5Gではそうはいかない。

 ローカル5Gは構築する際に免許がいるだけでなく、アンテナの位置や角度を変更したり、基地局の出力を変更したりする場合に免許の変更申請が必要になる。どんどん環境が変化するため、柔軟でスピード感を求められる現場では対応が難しい。

 筆者がメッシュWi-Fiの機動性を象徴していると感じたのが写真2の「中継車」の活用だ。

写真2 Wi-Fi中継車の例

 軽トラにWi-Fiのアンテナ、電源、照明装置などを搭載したもので、急に重機の運行が必要になった場所に走らせてWi-Fiでカバーする。

 今回はメッシュWi-Fiを使っている成瀬ダムの事例を取り上げたが、A4CSELで使う無線ネットワークはメッシュWi-Fi一択ではない。例えば4Gが使える市街地やその近郊の工事現場では、4Gを使って自動建設機械を稼働させている。

 ローカル5Gも固定的な環境で使える現場では選択肢になるだろう。低軌道周回衛星を使った衛星通信サービス、Starlinkの利用も検討しているそうだ。

 キャリア5G推しの筆者としては、へき地の工事現場の無線バックホールにStarlinkを使う5G基地局を設置する方式も実現してほしい。

 適材適所な無線ネットワークの選択と活用で、「現場の工場化」を図るA4CSELがますます発展することを期待している。

筆者紹介

松田次博(まつだ つぐひろ)

情報化研究会(http://www2j.biglobe.ne.jp/~ClearTK/)主宰。情報化研究会は情報通信に携わる人の勉強と交流を目的に1984年4月に発足。

IP電話ブームのきっかけとなった「東京ガス・IP電話」、企業と公衆無線LAN事業者がネットワークをシェアする「ツルハ・モデル」など、最新の技術やアイデアを生かした企業ネットワークの構築に豊富な実績がある。本コラムを加筆再構成した『新視点で設計する 企業ネットワーク高度化教本』(2020年7月、技術評論社刊)、『自分主義 営業とプロマネを楽しむ30のヒント』(2015年、日経BP社刊)はじめ多数の著書がある。

東京大学経済学部卒。NTTデータ(法人システム事業本部ネットワーク企画ビジネスユニット長など歴任、2007年NTTデータ プリンシパルITスペシャリスト認定)、NEC(デジタルネットワーク事業部エグゼクティブエキスパートなど)を経て、2021年4月に独立し、大手企業のネットワーク関連プロジェクトの支援、コンサルに従事。新しい企業ネットワークのモデル(事例)作りに貢献することを目標としている。連絡先メールアドレスはtuguhiro@mti.biglobe.ne.jp。


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