メディア政策、10の目標:中村伊知哉のもういっぺんイってみな!(14)
中村氏が3年前にドヤ顔発表した「メディア政策10の目標」という試案を振り返りつつ、新たな環境に立ち向かう作戦を考えよう
3年間で様変わりしたメディアの局面
2009年5月、私は「メディア政策10の目標」という試案を発表した。焦っていた。地デジ整備の展望も融合法制の成立も見通すことができない。GoogleやAppleなど海外からの大波も押し寄せてきている。民主党政権誕生の4カ月前で、いよいよ政治は混沌とし、霞が関は脳死状態。
それまで私は、産官学の論議を高めて民主的に政策を進めるスタイルを尊重していたが、もうそんなフワフワした態度じゃダメだ。手触り感のある対策を敢然と進めよう。そこで10のテーマを政治・行政に突き付けることにした。
あらためて書き出してみる。以下の10点だ。
- 全番組がテレビ、PC、ケータイでアクセスできる。(現在13%の地上放送二次利用比を2015年に50%に引き上げる。)
- 世界の国々で日本の全コンテンツがアクセスできる。(現在2.5%の「国内市場に対する海外収入比」を2015年に10%に引き上げる。)
- 紙、CD、DVDを使わなくて済む。(現在39%の通信・放送流通比を2015年には75%に引き上げる。)
- どこにいても緊急情報に触れることができる。(現在650億円のデジタルサイネージ市場を2015年に1兆円に引き上げる。)
- 買い物はすべてケータイでできる。(現在1.5%の小売・サービス分野のEC化率を2015年に5%に引き上げる。)
- 大学、病院、役所の活動はすべてオンラインで処理できる。(現在30〜50%の教育、医療・福祉、行政サービスのICT利用率を2015年には60%に引き上げる。)
- ロボットが演じるドラマが実現する。
- 一流ポップクリエイター志願者は日本に留学する。(海外からの留学生30万人のうち4.5万人がコンテンツについて学べる大学/大学院を整備する。)
- 全国民がアニメ制作と作曲ができる。(2015年には3割の小学生がアニメ制作・作曲ができるようにする。)
- 結果、コンテンツ産業が拡大する。
10の施策も合わせて添付した。
- マルチネットワーク整備(放送型通信等の新コンテンツ流通網の整備)
- クロスメディア流通環境整備(映像版JASRAC創設、ファンド設立促進)
- コンテンツ輸出促進(海外メディアの確保支援、海賊版対策強化)
- デジタルサイネージ整備推進(公共空間サイネージ整備、電波利用の拡大)
- 産業情報化推進(オープンモバイル化の促進、電子商取引に関する制度の見直し)
- 非エンタテイメントコンテンツ拡充(教育・医療情報化、行政SaaS)
- コンテンツ技術開発推進(立体表現、五感表現等の研究開発推進)
- コンテンツ創造拠点整備(国際プロデューサー養成、メディア系留学生拡充)
- コンテンツ創造力向上(初等中等創作教育の拡充、情報リテラシー向上支援)
- コンテンツ産業構造転換促進
メディア融合を推し進めるとともに、コンテンツの発展や公的部門の情報化の促進に比重を置いた内容だ。3年前はこのあたりが本丸と考えていた。衆論を重ねてたどり着いた提言ではない。焦りに任せた独白である。だが、いいところツいてるんちゃう? ちょっとドヤ顔でもあった。
で、政権が交代した。当初、メディア融合にも競争促進にも電波解放にも後ろ向きだったので、ますます焦りが高じ、いっそこのメニューを持って外国政府のコンサルでもやろうかと思っていたのだが、だんだん政権側が聞く耳を持ち始めた。
10の目標の中でも、すでに政府が合意したものもある。1.放送2次利用比50%、2.コンテンツ海外収入比10%、4. デジタルサイネージ市場1兆円、8.コンテンツ留学生4.5万人などは、知財本部や総務省などの政府報告にも記載された。9.小学生3割アニメ制作は採用されなかったが、年間ワークショップ参加者目標35万人が知財計画に記載され、デジタル教科書の政策展開も活発になるなど、前進を見せているものもある。
理論と分析を基に提案しておしまいという通常の学者のスタイルは私には無縁だ。私は政策屋であり、実行されなければ政策ではない。実行されないものは思い付きかアイデアと呼ぶべきであり、政策とは呼ばない。だから、実行され始めてようやくドヤ顔ができるというわけだ。
ところが、これが、じぇんじぇんダメなんだな。
だって、ご存じのとおり、この3年でメディアの局面が様変わりしてしまったから。3つの大変化。
- メディア環境(PC・ケータイからマルチスクリーンへ。通信・放送網からクラウドネットワークへ。コンテンツからソーシャルサービスへ。メディアを構成するデバイス、ネットワーク、サービスの3要素がいずれも構造変化してしまった。次のステージのための新戦略が必要になった)
- グローバル(しかも、その変化は世界同時進行で、一気に国際競争の渦に飲まれている。日本独自の政策を描いても無力だ。電子書籍や映像配信のプラットフォーム争い、スマホやタブレットの市場争いが典型)
- 復興(さらに日本は、未曽有の震災を経て、復興・再建というより大きな宿題を負った。ITの発展もその文脈の中でとらえなければならない。
さらに日本は、未曽有の震災を経て、復興・再建というより大きな宿題を負った。ITの発展もその文脈の中でとらえなければならない)
こうした新環境に立ち向かう作戦はいまだ描けていない。決められない政治で議論ばかりが時間を費やす。だが、全体図を描く余裕はない。事態が流動的な今必要なのはビジョンではない。決断だ。目の前にある課題に対する対策を、どんどん決定し、実行し、片付けていく。しばし、そうする覚悟が必要だと思う。
(なかむら・いちや)
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。
京都大学経済学部卒業。慶應義塾大学博士(政策・メディア)。
デジタル教科書教材協議会副会長、 デジタルサイネージコンソーシアム理事長、NPO法人CANVAS副理事長、融合研究所代表理事などを兼務。内閣官房知的財産戦略本部、総務省、文部科学省、経済産業省などの委員を務める。1984年、ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。通信・放送融合政策、インターネット政策などを担当。1988年MITメディアラボ客員教授。2002年スタンフォード日本センター研究所長を経て現職。
著書に『デジタル教科書革命』(ソフトバンククリエイティブ、共著)、『デジタルサイネージ戦略』(アスキー・メディアワークス、共著)、『デジタルサイネージ革命』(朝日新聞出版、共著)、『通信と放送の融合のこれから』(翔泳社)、『デジタルのおもちゃ箱』(NTT出版)など。
twitter @ichiyanakamura http://www.ichiya.org/jpn/
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