日本は世界の1/4のセンサーを利用する「センサー大国」だ。だが、至るところに潜むセンサーを戦略的に使えていない状況だ。
ビッグデータ。バズワードでもあり、可能性の広がるキーワードでもある。定義はまだない。現時点では、「大量の情報集積」ぐらいの緩い捉え方をしておけばいいんじゃないだろうか。可能性を狭めないためにも。
ビッグデータは社会を豊かにすることに加え、ビジネスを広げることが期待されている。さらに、「個人」と「インフラ」の可能性があると思う。
第1に、個人。ビジネスや地域だけでなく、個人も集合知を活用できる可能性だ。クックパッド、カカクコム、ウェザーニュースなど、利用者の集合知によるコンテンツの集積を活用する。ビッグデータはWeb 2.0が大量の無記名レベルに拡大した、いわばWeb 3.0ということだろうか。私の計算では、デジタル化が進み始めた95年から2005年の10年間で情報量は21倍に増え、さらに加速しているが、それをビッグデータの一部と見るわけだ。コンテンツ=人と人(P2P)とモノ・モノ(M2M)を統合する見方だ。
第2に、インフラ。携帯電話の利用データで地域・時間ごとの人口分布を推計できるため、防災・都市計画に役立つ。 ビッグデータ自体が社会基盤として利用されるという見方だ。アメリカが核戦争に備えTCP/IPを作ったように、大震災を経験し、原発で世界に迷惑を掛けた日本は、災害に耐える次世代のインフラを作る責務があるのではないか。前の震災ではネットが途切れずに活躍したが、次に来る大震災に立ち向かう研究開発は日本がリードしなければならないのではないか。などという漠然とした青い思いを2年来抱いているのだが、それは新しいネットワークを設計するというより、ビッグデータを生かした都市設計という上位レイヤが求められるということかもしれない。
スマートシティは、さまざまなセンサーからの情報をM2Mで共有して、都市全体でビッグデータを活用する構想だ。この取り組みは日本では遅れているが、これこそ日本が先んじて取り組まなければならないことだろう。稲田修一著「ビッグデータがビジネスを変える」によれば、日本は世界の1/4のセンサーを利用する「センサー大国」なのだそうだ。さすが八百万の神々がいますユビキタス社会。至るところにセンサーが潜んでいるのに、それを面的に、戦略的に使えていない、という状況なのだな。
この可能性を広げたい。そこで、オープンデータ。政府・自治体はじめパブリックなデータを公開し、民間が活用し、情報サービスを生んでいく運動。昨年設立された「オープンデータ流通推進コンソーシアム」に私は理事として参画している。意外と思われるかもしれないが、情報公開に対し霞が関も前のめりだ。コンソーシアムが東大で開催したイベントで、総務省の阪本泰男政策統括官は「産官学連携で国際協調も進める」決意を示し、内閣官房の奈良俊哉IT担当参事官は「政府自ら二次利用可能な形式で公開していく」ことを明言した。内閣、総務、文科、厚労、農水、経産、国交、財務といった仲の悪そうな省庁が1つのテーブルに着いて公開策を練り始めているという。経産省の岡田武情報プロジェクト室長は「ソウケイセン」の終了を示唆した。早慶戦じゃなくて総務/経産戦争。 ソレお願いします。元郵政/通産戦争の前線で消耗した身としまして。
私はコンソーシアムの利活用・普及委員長でもあり、多くの省庁の方々、自治体のリーダー、企業や研究機関の皆さんにご参加いただき、情報発信や事例開発を進めている。委員会はオープンで、毎度Ust中継している。オープンデータが注目され始めたとはいえ、まだまだ専門家の話であり、重要な課題であることを国民全体に認識してもらうには、かなりの普及活動が必要。まず事例や成果を挙げて、積み重ねて、みんなで共有すること。アイディアソン、ハッカソンを開催したり、オープンデータ事例を勝手表彰したり、できることを、どんどんやる。
持続的に推進するためには、ビジネスモデルを開発することがポイント。私が関わっているデジタル教科書やデジタルサイネージでも、オープンなデータは教材にもなるしサイネージコンテンツにもなる。だが、今想像・想定できない利用法やビジネスが広がるという点が大事。
この1、2年でメディア環境は大きく変化した。スマホなどのマルチスクリーン、クラウドネットワーク、そしてソーシャルサービスが普及し、膨大な情報が生産され、共有されることが認識されている。オープンデータはその次の次元だ。これまでのコミュニケーションはP2P、人と人、1億人×1億人だったが、これからは、ぼくの周りのすべてのモノ、100個ぐらいのモノが皆情報を発信する、M2M、モノとモノ、だから100億×100億、情報量としてはン万倍になる。新しい産業が生まれる。間違いない。
そこでコンソーシアムがすべきことは3点。プラスを伸ばすこと。まずはビジネスモデルを作ること。情報提供・共有のインセンティブは、今は善意に頼っている。企業として収益を上げられる道筋を作る。次に、マイナスを減らすこと。それは安心感を醸成すること。デジタル化に対する不安や抵抗が必ず出てくる。プライバシー保護などの運用をちゃんとしているよ、という情報を発信する。
3点目は、産学官のタッグを組み続けること。そこで政府に期待するのは、最大のデータ保持者として、データを出せ! だけでなく、カネも出せ! ということ。民間が立ち上がるまでの間、資金の出し手としてプレイしてくれることを期待する。業界支援策ではなく、新産業開拓策・インフラ整備策として。
井上由里子一橋大学教授が、「政府保有データの著作権をフリーにして使わせるべきだ」と提案している。これ、とても重要な課題、というか、そもそもオープンデータの入り口論だと思う。これは早急に実現すべく動きたい。法律の問題なのか、行政運用の問題なのか、政策論的には整理を要するが、トットとやっつけるべき案件として、具体的に動きたい。政府はじめ関係者の皆さま、攻め上りますので、よろしく。
ところで、先述の「ビッグデータがビジネスを変える」は、教育、医療、行政といった公共分野でビッグデータを利用することが重要だと説く。まず教育。ビッグデータで教育ビジネスは高度化する。さまざまな人が教材を作成、集積する。各生徒に最適なものを提供できる。ビッグデータを活用した実証実験が必要だ。デジタル教科書・教材運動でもビッグデータを新テーマにしたい。
ビッグデータは医療・健康ビジネスにも重要だ。しかし病院間でカルテのデータ形式が異なる、検査データが連結できない等の根本問題がある。欧米では数千万件の医療情報を集積しているが日本は不十分という指摘もある。この分野は教育の情報化よりうんと壁が厚い。行政のビッグデータ活用には国民IDが必須だが、先進国で日本だけが未導入、という指摘もある。
その書物に、情報通信投資の対GDP比率は米英韓が5%で2003年から増加傾向、日本は3%で2001年から減少という一橋大学深尾教授のデータが紹介されている。一般ユーザーの利用度は高いのに、企業の利用度が低いということだ。2009年情報通信白書によれば、先進7カ国の情報通信利活用の偏差値で、日本は交通・物流で1位だが企業経営分野は最下位だという。日本は経営・管理レベルのITリテラシーが低いことが大問題なのだ。2010年に蓄積された情報量は、北米3500ペタバイト、欧州2000ペタバイト、日本400ペタバイト、というマッキンゼーの驚くべきデータもある。産官ともに日本は情報の重要性に気付いていない。最大の問題は、データや情報の重要性をどう認識するか、というわれわれの内側に存在するのだろう。
中村伊知哉(なかむら・いちや)
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。
京都大学経済学部卒業。慶應義塾大学博士(政策・メディア)。
デジタル教科書教材協議会副会長、 デジタルサイネージコンソーシアム理事長、NPO法人CANVAS副理事長、融合研究所代表理事などを兼務。内閣官房知的財産戦略本部、総務省、文部科学省、経済産業省などの委員を務める。1984年、ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。通信・放送融合政策、インターネット政策などを担当。1988年MITメディアラボ客員教授。2002年スタンフォード日本センター研究所長を経て現職。
著書に『デジタル教科書革命』(ソフトバンククリエイティブ、共著)、『デジタルサイネージ戦略』(アスキー・メディアワークス、共著)、『デジタルサイネージ革命』(朝日新聞出版、共著)、『通信と放送の融合のこれから』(翔泳社)、『デジタルのおもちゃ箱』(NTT出版)など。
twitter @ichiyanakamura http://www.ichiya.org/jpn/
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