この国にとって、情報通信の優先順位が低過ぎはしないか。農業や、年金、脱原発に、ITはやすやすと席を譲ってしまうのではないか。覚悟を決め、実行する。政治にはそれを期待する
2010年4月、民主党情報通信議員連盟が「情報通信八策」を公表した。事務局長の高井崇志衆議院議員が私の役所時代の部下だったこともあり、私もこの原案作りには側面からお手伝いをした。ただ、文字通り政治主導で、若手議員たちが真剣に議論して取りまとめたものなので、霞が関から見れば、ギョッとする項目も並んでいる。
なにせそれまでの民主党マニフェストにはIT関連の記述は「ネット選挙解禁」のみ。話にならない。成長戦略も何もあったものじゃない。しかもネット選挙解禁さえまだ実現しない。おい、政権党として、この分野をどうする気だ。八策は、それを迫った民間への回答でもあった。
まず柱書きにこうある。
「わが国は、高速の通信ネットワークが整備されているにもかかわらず、暮らしや経済の面で情報通信の力を市民が十分に実感できていません。これは、省庁のタテ割り行政、事業者中心の施策、政策目標のあいまいさなど、この分野で十分な政治的リーダーシップが発揮されてこなかったために生じた問題です。民主党は、政治主導で現状を打開します」
よろしい。八項目。船中八策になぞらえて、「情通八策」としてまとめてきた。
タテ割り打破、市場創出、行政、教育、医療、インフラ、コンテンツ、安全安心の八件。バランス的には妥当だ。目標も高水準。若手の覚悟としては評価できる。問題は、2年を経てこれがどう進んだか、である。
採点結果は50点。大甘にみて、半分ぐらいが着手された。
3.行政情報化では、推進法は進まないものの、国民IDの議論は進み、行政クラウドの必要性も認知されてきた。4.教育情報化は、デジタル教科書や教室ネットワーク化が進められている。その遅さに大いに不満ではあるが、動き始めた。6. 「光の道」は関連法案が成立し、競争環境が前進するとともに、ホワイトスペースの開放など電波行政も前のめりだ。7.コンテンツ政策は知財本部を中心にクールジャパン戦略に力が入れられるようになった。8.防災対策は大震災という不幸があり、否応なく対策が強化された。
問題は、進んでいない部分だ。
例えば、進んだと評価した7.コンテンツ政策でも、NHKの改革は進んでいない。地デジ完成後のマルチスクリーン+ソーシャルサービス環境でNHKのスマートテレビをどう位置付けるか。これは行政も産業界も手の出しにくい、政治マターだ。
2の投資倍増、新市場創出は赤点だ。これは必修科目だから、それだけでキミは落第です。新市場創出はおろか、企業によるICTへの投資は海外に比べ細っており、インフラ整備で先行したメリットが経済に生かされていない。嫌がる霞が関の首根っこを押さえて、ICT利用を促す規制緩和、法人税減税などの措置を投入してもらいたい。
私が最も気をもんでいるのは、1.タテ割り打破。「政治主導」を標榜する民主党政権が威力を発揮するのは、ここだろうと思ったからだ。専門的な施策の中身は、タテを深掘りすることだから、官僚の尻をひっぱたいて、50という答えを持ってきたら70にせぇと叱っていれば済むのだが、タテ割りをヨコにする仕事は、政治家が汗を流して整理・調整せねば動かない。
しかし、どうやら難しいらしい。そもそも通信・コンピュータ行政がバラバラでいがみ合っていたため、2003年、内閣官房にIT戦略本部が設けられた。かつて郵政・通産戦争の最前線にいた私は、戦犯であり、IT戦略本部設立の立役者でもあろう。
同じくコンテンツは、総務、文科、経産、外務、国交、警察などにわたる行政領域で、同じく2003年に知財本部が設けられた。私が会長を務める調査会では、最近では9省庁が同じテーブルに着き、同じ方角を向きながら政策競争を繰り広げている。よしよし。
ところが、同じ内閣官房のIT戦略本部と知財本部の政策調整となった途端にギクシャクしたりしている。企業でも部同士が対立するのはよくあることで、決しておかしなことではない。問題は、それを解決するメカニズムが官僚機構には存在せず、政治が裁くしかないということだ。
1.タテ割り打破が提唱する「情報通信文化省」設置は、当面、実現しそうにない。仕方がない。それならば、次善の策として、行政機構全体が滑らかになるよう、政治が力を見せてもらいたい。
この「情報通信八策」を眺めてあらためて思うのは、これがどこまで政権の中で大事にされているかということだ。このプラン自体はいいんだが、その優先順位が低過ぎはしないか。例えば他の分野と比較したらどうだろう。農業八策とか、年金八策とか、脱原発八策とか、そういうのが出てきたら、精力が皆そっちに費やされてしまうのではないか。ITはやすやすと席を譲ってしまうのではないか。この国にとっていま大事なのはどれなのか。その覚悟を決め、実行する。政治にはそれを期待する。
とかいってもなぁ。この八策作ってくれた皆さん、次も選挙で勝ってくれるかなぁ。
中村伊知哉(なかむら・いちや)
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。
京都大学経済学部卒業。慶應義塾大学博士(政策・メディア)。
デジタル教科書教材協議会副会長、 デジタルサイネージコンソーシアム理事長、NPO法人CANVAS副理事長、融合研究所代表理事などを兼務。内閣官房知的財産戦略本部、総務省、文部科学省、経済産業省などの委員を務める。1984年、ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。通信・放送融合政策、インターネット政策などを担当。1988年MITメディアラボ客員教授。2002年スタンフォード日本センター研究所長を経て現職。
著書に『デジタル教科書革命』(ソフトバンククリエイティブ、共著)、『デジタルサイネージ戦略』(アスキー・メディアワークス、共著)、『デジタルサイネージ革命』(朝日新聞出版、共著)、『通信と放送の融合のこれから』(翔泳社)、『デジタルのおもちゃ箱』(NTT出版)など。
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