早く教科書になりたい! 教育の現場から叫ぼう中村伊知哉のもういっぺんイってみな!(20)

教科書は「図書」と定義されていて、紙でないと認められないのだ。現状では、いくらデジタルが頑張っても教科書にはなれない

» 2012年11月02日 09時38分 公開
[中村伊知哉慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授]

 デジタル教科書。2010年にぐいっと動いた。タブレットなど教育にも使えるデバイスが出そろってきたのと、政権交代で政府が力を入れ始めたのが共鳴したのだ。政府は2020年に1人一1台環境を整備することを目標に掲げ、総務省と文科省とが連携して20の小中学校で実証研究を進めるに至った。

 しかしその後、事態はクリンチ。政府関係者と話しても、実証研究の成果を上げていくことが必要というのが基本方針で、実証研究が事態を進めないための言い訳にも見えてきた。しかも総務省のフューチャースクール事業が仕分けに遭ってしまうありさま。政府もフラついている。

 第一デジタル教科書を標榜しているが、デジタル教科書は存在しない。学校教育法、教科書発行法、著作権法の3法上、教科書は「図書」と定義されていて、つまり、紙でないと認められないのだ。いくらデジタルが頑張っても教科書にはなれない。

 早く教科書になりたい!

 暗い定めを吹き飛ばすため、制度問題にも取り掛かろう。「教科書の法的な位置付け、検定制度との関わり、著作権法上の扱い」の3大テーマに取り組む必要がある。しかしそれも実証研究の成果を待て、という姿勢に門前払いを食らってきた。民間企業も政府の反発を恐れ、表向きは言い出しにくかった。タブーだったのだ。

 しかし、デジタル教科書教材協議会(DiTT)の事務局を務める「学」のぼくらは別に死んだって構わない、そもそもそういう勢いで作った協議会だから、ここはもう一歩グッと進もうよ。ということで、2012年4月頭に「デジタル教科書実現のための制度改正」を掲げた政策提言を発出した。

 併せて、「DiTTはこの計画の実行・推進のためのプランを別途委員会を設置して策定する」ことも明記。言いっぱなしはいけない。自ら法案も用意して突き付けることにした。早速DiTTは教科書会社やメーカーなどの会員企業の他、衆議院議員、官僚、弁護士、経済学者などを招き、プロのチームを形成して、「デジタル教科書法案概要(PDF)」法案を策定、公表した。

 叱られるだろうな、と思っていた。だが、驚いたことに、その後、化学反応が起こる。まず、政党。民主党、自民党、公明党ともに、ワーキングチームや議員連盟が議論の場を設けた。「前向きにやろう」「基本法をつくろう」、温度差はありながら、基本的に好感触。選挙が近いという事情だけではない。前進させようという気運が高まっている。

 政府も動いた。私が会長を務める知財本部の会合で、内閣官房から下記の文書が提出された。

 「児童生徒1人1台 の情報端末によるデジタル教材の活用を始めとする教育の情報化の本格展開を目指して義務教育段階における実証研究を進めるとともに、実証研究などの状況を踏まえつつ、デジタル教科書・教材の位置付け及びこれらに関連する教科書検定制度といった教科書に関する制度の在り方と併せて著作権制度上の課題を検討する。(総務省、文部科学省)」

 驚いた。政府が自らに義務を課す文章だ。政府部内でもこれがつぶされることなく5月29日、野田首相以下全閣僚が出席する知財本部会合でこれを了承、内閣として正式決定をみた。私も首相官邸で開かれたその会議に出席し、決定の瞬間を確認した。

 この文章には4つのポイントがある。まず、1.デジタル教科書・教材の「位置付け」、つまり法律上デジタルを含むことにするかどうか、2.教科書検定制度に載せるかどうか3.著作権制度上どう扱うか、の3大テーマを検討するということだ。

 タブーが破られた。これで入り口に立った。大前進だ。ただ、それでも「検討」するにすぎない。これを「実現」するまでやらねばならぬ。検討から実現までには10ぐらいの険しい険しいステップがある。それでも0が1になった意義は大きい。

 もう1つのポイントは、「つつ」。実証研究などの状況を踏まえ「つつ」、制度を検討するとされたことだ。それがどうした? と思われよう。でも、霞が関出身としては、これは「おおおっ」と3連発で声が出たぐらいの事件。大きな意味がある。

 これまでの政府方針には、この「つつ」がなかった。だから、つつがなかった。「つつ」がなければ、研究を踏まえないと、次に進めなかった。「成果を待って」次にいこうという立場だったのだ。だから、実験を続けていると、いつまでたっても本格化できなかった。でも、「つつ」が入ると、同時並行になる。研究しながら、もう今年から、制度論に移行できるということ。さあ、早くやろうぜ。

 しかし、20年以上この分野の研究が続けられながら、タブーを破る議論にならなかったのはなぜか? 今回よく分かった。要するにやる気がなかったんだ。携わってきた全員に。永田町も霞が関も学界も、大御所を含めてね。誰もシュートを打つやつがいなかったんだ。

 ここはやる気のある人たちを募って、次のステージに進もう。そこで、この機に「教育情報化ステイトメント」を公表し、賛同者を集めることにした。

 DiTTの政策提言と同じく、制度改正、予算確保、計画の策定と実行の3点を進めよとの提言に、多くの有識者が賛同を表明してくれている。東浩紀さん、猪子寿之さん、大粼洋さん、角川歴彦さん、川上量生さん、河口洋一郎さん、季里さん、佐々木かをりさん、佐々木俊尚さん、白河桃子さん、孫正義・孫泰蔵兄弟、田中孝司さん、津田大介さん、夏野剛さん、中山信弘さん、村上憲郎さん、茂木健一郎さん……。

 さらに、1カ月足らずで全国50近くの自治体の首長が賛同の声を寄せてきたことが大事だ。政府は動き出したというものの、予算を仕分けてしまうなど、全面的に信頼をするわけにはいかない。地方から、現場から盛り上げていく必要がある。

 教育情報化は、東京で政府のドアをドンドンたたくのが第1ステージとすれば、やる気のある首長たちと全国で風を起こしていく第2ステージに入ったといえよう。

 さあて、2点目のシュートを打ちにいこう。

中村伊知哉(なかむら・いちや)

慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。

京都大学経済学部卒業。慶應義塾大学博士(政策・メディア)。

デジタル教科書教材協議会副会長、 デジタルサイネージコンソーシアム理事長、NPO法人CANVAS副理事長、融合研究所代表理事などを兼務。内閣官房知的財産戦略本部、総務省、文部科学省、経済産業省などの委員を務める。1984年、ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。通信・放送融合政策、インターネット政策などを担当。1988年MITメディアラボ客員教授。2002年スタンフォード日本センター研究所長を経て現職。

著書に『デジタル教科書革命』(ソフトバンククリエイティブ、共著)、『デジタルサイネージ戦略』(アスキー・メディアワークス、共著)、『デジタルサイネージ革命』(朝日新聞出版、共著)、『通信と放送の融合のこれから』(翔泳社)、『デジタルのおもちゃ箱』(NTT出版)など。

twitter @ichiyanakamura http://www.ichiya.org/jpn/


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