「国がアテにならない」という出来事が3件重なった。国会や政府の話ではなく、著作権に関する司法の判決だ
民主党に政権が交代した後、首相を本部長とする「知財本部」のコンテンツ強化専門調査会を引き受けた。2010年春には最初の知財計画を取りまとめ、現在、3回目の見直し作業に入っている。それまでのコンテンツ政策をいかに転換するか? が私のテーマだった。
財政支出を極力抑え、規制緩和や外交措置などで効果的に達成できる成長戦略を描くこと。それまでのコンテンツ政策は国内産業振興、著作権保護強化に重点が置かれていたが、その転換も図ること。そこに力を入れた。
まず、前政権のコンテンツ政策がコンテンツ産業成長論(市場規模5兆円増など)に偏っていたものを、コンテンツ=文化+インフラととらえ直すところからスタートした。
知財計画骨子の冒頭に盛り込んだ次の文章に表れている。
「技術力と並んで日本が強みを持つ文化力(表現力)は『クールジャパン』として世界から評価されているが、産業面でその潜在力を発揮しておらず、ソフトパワーを生かし切れていない。デジタル化・ネットワーク化の進展に伴うデジタルコンテンツの重要性の高まりも踏まえ、成長産業として国際展開を推進するととも に、他産業とも連携して波及効果を発揮していく。……これらを通じ、技術力(ものづくり力)と文化力(表現力)の総合力を活かす知財戦略を構成する」
「コンテンツ=文化力」+「ものづくり=技術力」の「総合力」が日本の強みであるとするスタンスだ。これを政治主導で展開するよう促した。
ポイントは3つある。
「海外」「デジタル・ネット」「人材」の3本柱だ。
海外戦略としては、海外から利益が入る仕組みを構築する。海外展開ファンドの創設、国際共同製作の促進のための支援、アジア諸国における規制緩和を進める。
デジタル化・ネットワーク化策としては、「コンテンツ特区」の創設、デジタルサイネージはじめ新たなメディアの整備などを盛り込んだ。
人材育成策としては、海外からも優秀な人材が集まる魅力的な「本場」を形成するため、「コンテンツ版COE(中核的大学)」の形成や小中学生に対するコンテンツ教育の実施を強調した。
それまでのコンテンツ政策からどう転換したというのか。具体的には以下の項目が挙げられるだろう。
方向として正しいと思う。当初、政治パワーもあり、知財本部事務局の努力もあり、政府は骨の折れる取りまとめ作業をこなしてくれた。韓国の攻勢も認識され、クールジャパン政策も盛り上がりつつある。
しかし。転換が目的ではない。新しい政策を「構築」することが大事だ。その点はまだまだ道半ば。施策が積み上がったとはいえないし、実績や成果を上げるのもこれからだ。福祉や農業、道路整備など政府全体の政策の中で、知財政策の占める位置付けをうんと高めたいのだが、それも十全ではない。
さらに、この1年は、「国がアテにならない」という出来事が3件重なった。国会や政府の話ではなく、著作権に関する司法の判決だ。
2010年末には、「私的録画補償金訴訟、東芝の協力義務に法的強制力なし」という判決が東京地裁から下された。
2011年1月には、「まねきTV」は著作権侵害と最高裁が判断(1対1通信のロケフリは「自動公衆送信装置」になりうるか 「まねきTV」最高裁判決の内容)。
同じく1月、「ロクラク」訴訟でも最高裁が審理を差し戻した(最高裁、「ロクラク」訴訟でも審理差し戻し)。
最初の「録音録画補償金」問題は、5年以上も権利者対メーカーという、業界同士の対決が続いている。以前なら、こんな話は政府部内で調整され決着していたのだが、今や政府が産業の調整力を失っている。そして今回の判決は、メーカーが協力する義務はないから制度が動かない、そもそも制度に欠陥があるということを露呈させた。立法も機能不全だということだ。
この問題は、著作権制度で解決しようとしているところに無理がある。両業界が共同のプロジェクトを作ったり、政府が研究開発の予算を付けたりするなど、別のアプローチで産業政策的に解決を図る方が効率的だ。携帯電話などから取られている電波利用料を活用するとか、設計中の電波オークションの収入をコンテンツにも回すといった知恵だってわいてくる。
まねきTVとロクラクの件は、いずれも知財高裁での判決を最高裁が破棄したものだ。内容の是非の前に、こうもたやすく専門の裁判所の意思が覆されるというのではシステムが不安定で民間は動けなくなる。
内容も疑問だ。判決の通りだとすると不特定多数の加入できるクラウドのサービスはすべて公衆送信となりかねない。私が他人のコンテンツ(記事など)を自分向けにクラウド上に蓄積・保存することはできなくなる。新しいサービスを開発する機運もそがれる。
この判決ではユーザーもキー局も権利者も利益を得るわけではなく、ローカル放送局のビジネスが守られるだけだ。であれば、これも著作権制度で解決を図るより、地方局に対する不況対策などの産業政策を発動すればよい。
問題は民間の姿勢だ。
いまだ政権はフラついているし、司法も不安定という状況。こうした膠着状態を打破するには、国を頼るのではなく、民間で問題を解決していくしかない。ユーザーの望む利用を止めることに司法コストや行政ロビイングのコストを掛けていても元気は出ない。それより、ユーザーが喜ぶサービスを生むことにコストを掛けよう。ハードとソフトを組み合わせた新しいサービスをつくり出し、ユーザーを豊かにする方向に進みたい。
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。
京都大学経済学部卒業。慶應義塾大学博士(政策・メディア)。
デジタル教科書教材協議会副会長、 デジタルサイネージコンソーシアム理事長、NPO法人CANVAS副理事長、融合研究所代表理事などを兼務。内閣官房知的財産戦略本部、総務省、文部科学省、経済産業省などの委員を務める。1984年、ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。通信・放送融合政策、インターネット政策などを担当。1988年MITメディアラボ客員教授。2002年スタンフォード日本センター研究所長を経て現職。
著書に『デジタル教科書革命』(ソフトバンククリエイティブ、共著)、『デジタルサイネージ戦略』(アスキー・メディアワークス、共著)、『デジタルサイネージ革命』(朝日新聞出版、共著)、『通信と放送の融合のこれから』(翔泳社)、『デジタルのおもちゃ箱』(NTT出版)など。
twitter @ichiyanakamura http://www.ichiya.org/jpn/
記事中写真:著者撮影
アイコンイラスト:土井ラブ平
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