デジタルキッズに活躍の場を中村伊知哉のもういっぺんイってみな!(10)

日本の子どもにアニメを作らせると、大抵ギャグと戦いの応酬となるが、うまい。さらに、創造力、表現力を伸ばすには?

» 2012年04月12日 10時00分 公開
[中村伊知哉@IT]

デジタルキッズに活躍の場を

 色鮮やかなまったく正体不明のキャラクターたちがスクリーンに登場した。「バートールー、ピヨピヨパーンチ!、カミナリ落としー!、ガーッ!、ハッハッハー、ボカーン、ドワー、ドワー、ドワドワドワー!完。」戦って、戦って、怒濤のように、どうにかなって、終わってしまった。

 子どもたちが作ったデジタルアニメだ。NPO「CANVAS」、慶應義塾大学、フジテレビが共同で実施したフラッシュアニメ作りワークショップの1コマだ。プロのトップ・クリエイターたちが子どもたちと格闘した涙と汗の作品は、いつもこんな感じになる。これぞニッポン。

 日本の子どもにアニメを作らせると、大抵ギャグと戦いの応酬となり、しばしばウンコも登場し、大学キャンパスで開かれるワークショップに送り出した親はその結果に眉をひそめたりするのだが、しかし、日本の子どもたちは、うまい。

 ぼくのグループはこういう活動を世界各地で、先進国から途上国まで、実施してきているが、キャラクター設定、絵コンテ、ストーリー、構図、せりふ、編集など、日本はどれもぴかイチ。普段親にしかられながらゲームやアニメに没頭している力が発揮される。

 今から10年前、2002年に設立したNPO「CANVAS」は、慶應義塾大学とも連携し、デジタル時代の子どもに創造の場、表現の場を提供し続けている。これまで1750件のワークショップを20万人の子どもたちに与えてきた。

写真

 例えば、「ガキネマ」。ネット上で映像を編集できるシステムを利用し、子どもたちがオリジナルの映像作品を作る。パソコンの音楽編集ソフトを使って、パブリックドメインになっている楽曲をリミックスした音楽作品を制作する「おとラボ」もある。ネット上の素材を編集し、新しいコンテンツを制作する。デジタル時代の情報リテラシーを取得すると同時に、知的財産・著作権についても経験的に学ぶ。

 「おとコトひろば」は、作詞した作品、作曲した楽曲をネット上で共有し、互いにマッチングしたり、その曲を演奏したりするバーチャルなコミュニティだ。CANVASが数年前に場を提供したところ、小中高生の音楽創作コミュニティとして自律的に成長している。

otokoto 旧「おとコトひろば」からリニューアルされた

 「キッズ地域情報発信基地局」。自分たちの住む地域の情報をブログや新聞などのメディアを駆使して発信していく。街に出る子どもたちは、デジカメやケータイを持ったり、紙とペンだったりする。街のおじいさんやお姉さんに直接インタビューしたり、ネットで調べ物をしたりする。デジタルとアナログ、リアルとバーチャルの組み合わせ。どれも大切。

 CANVASは吉本興業「PaPaPARK!(パパパーク)」とも連携し、子ども向けワークショップ「面白かし子大作戦」を展開中だ。毎回プロの芸人たちが、特別講師として登場する。

 「お父さんと一緒に、お母さんに送るムービー作品を作ろう!」の巻にガレッジセール、ペナルティが講師を務めた際には、大好きな「2700」八十島さんも親子連れで参加、僕も客として楽しんだのだが、その次にレイザーラモンHG・RGが講師となった「かんじをかんじてつくる」の巻では、「フォー!」と登場したHGに子どもがドン引きで、後部席の親たちが一斉に写メという、なるほど世代は移るのね、などと、NPOと吉本が組む化学反応も感じた次第。慶應の教室に「フォー!」が響くのも、大学当局にバレないかなと少々スリリングでいい。

 こうして開発されたワークショップは、いよいよ普及期に入った。場を広げたい。CANVASは「キッズクリエイティブ研究所」と称し、東大本郷キャンパス、慶應義塾大学三田・日吉キャンパス、早稲田大学西早稲田などのスペースで活動を展開している。

 さらに、こういう活動がどこでも誰でも実施できるように、アーティストや専門家の方々と協力し、ノウハウや素材をまとめたパッケージを開発中だ。小中学校、幼稚園、保育園、学童保育所、アミューズメント施設など、さまざまな場で活用できるようになってきている。

 1995年にジュニアサミットが東京で開催された。情報社会を切り開くための子どものイベントで、同年のジュネーブで開催された情報通信G7で日本が提案したものだ。その第2回を98年、MITで開催することとなり、ぼくはG7からこの件にかかわって、結局、役所を飛び出してMITに参加したという経緯がある。

 MITでワークショップや技術の開発を行っていたのだが、それを広げるためには、アメリカではなく日本で実施するのがよいと考えて設立したのがCANVASだ。技術はアメリカにあるのだが、それを使うユーザー、つまり子どもたちの創造力、表現力は日本の方が面白くてムチャクチャだと思ったからだ。「ドワー、ドワー、ドワドワドワー!完。」を見れば分かる。

イメージ

 日本のワークショップは国際的にみて高水準だ。国内で開催されているデジタル系の活動を凌駕するものは世界にも例が少ない。胸を張る。この分野の産学連携が充実し、点だった活動が面的に広がってきた。これは10年間の成果であったと自負している。

 しかし、10年経って、なお道半ば。欧米には至るところに体験学習型の子ども博物館がある。これらは小学校との連携が強く、多くのプログラムが小学校のカリキュラムに組み込まれている。日本ではまだ一般的ではない。

 学校に広げていくには、情報環境の整備も重要。このため、ぼくは「デジタル教科書」の活動も併せて推進している。目標は「すべての子どもがアニメを作れて作曲できるようにすること」だ。いよいよ民間の自主活動、課外活動から、学校教育に進める場面だ。

 設立来10年間、理事長を務めてくださった川原正人元NHK会長が2012年1月に逝去された。新理事長には、設立来、事務局を引っ張ってきた石戸奈々子副理事長が就任した。約60歳の若返りだ。ぼくは引き続き副理事長として若き理事長を支え、新しいステージを開いていきたい。

Profile

中村伊知哉

中村伊知哉
(なかむら・いちや)

慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。
京都大学経済学部卒業。慶應義塾大学博士(政策・メディア)。

デジタル教科書教材協議会副会長、 デジタルサイネージコンソーシアム理事長、NPO法人CANVAS副理事長、融合研究所代表理事などを兼務。内閣官房知的財産戦略本部、総務省、文部科学省、経済産業省などの委員を務める。1984年、ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。通信・放送融合政策、インターネット政策などを担当。1988年MITメディアラボ客員教授。2002年スタンフォード日本センター研究所長を経て現職。

著書に『デジタル教科書革命』(ソフトバンククリエイティブ、共著)、『デジタルサイネージ戦略』(アスキー・メディアワークス、共著)、『デジタルサイネージ革命』(朝日新聞出版、共著)、『通信と放送の融合のこれから』(翔泳社)、『デジタルのおもちゃ箱』(NTT出版)など。

twitter @ichiyanakamura http://www.ichiya.org/jpn/


記事中写真:著者撮影

記事中イラスト:ピョコタン

アイコンイラスト:土井ラブ平


「中村伊知哉のもういっぺんイってみな!」バックナンバー

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

スポンサーからのお知らせPR

注目のテーマ

Microsoft & Windows最前線2025
AI for エンジニアリング
ローコード/ノーコード セントラル by @IT - ITエンジニアがビジネスの中心で活躍する組織へ
Cloud Native Central by @IT - スケーラブルな能力を組織に
システム開発ノウハウ 【発注ナビ】PR
あなたにおすすめの記事PR

RSSについて

アイティメディアIDについて

メールマガジン登録

@ITのメールマガジンは、 もちろん、すべて無料です。ぜひメールマガジンをご購読ください。