日本は「炎上先進国」。そのノウハウを海外に教えてあげる、くらいの対応が求められている。「炎上データベース」を基に問題点を分析し、リスクマネジメントの指針となるような手引書の開発が必要だ。
有名人の来店を店員がツイートし、その店のサイトが炎上。内定学生がツイートで暴言を吐き、その企業のサイトが炎上。テレビ局への批判がそのスポンサー批判にまで引火。職員のやらせメールがソーシャルサービスで発覚し問題化。
インターネット上で特定の企業や従業員が一斉に批判を浴びる「炎上」が相次いでいる。パターンもさまざまだ。会社がアナウンスしたことが批判されるだけでなく、職員が個人でつぶやいたことが会社に被害を与えたり、関係者は何にもしてないのにとばっちりで炎上してしまったり。
ソーシャルメディアが浸透し、スマートフォンなどデバイスも普及したこの1〜2年でネットのリスクも飛躍的に高まった。ネット炎上は、2011年には前年度の倍以上に増加したという。ソーシャルにより一瞬でメッセージが拡散するようになる。スマホで誰もが写真で簡単にソーシャル参加できるようになる。この傾向はこれから拍車が掛かるだろう。
根拠のないネット上のつぶやきが一瞬で拡散して、大問題に発展することもある。企業にとっては、その存在すら脅かされる死活問題となり得る。だからといって、新たな法制度を持ち込むのは、表現の自由を脅かす。ネット上の発言を自動監視するなど、技術的に対応することも考えられるが、それだけでは頼りにならない。結局、企業や個人が自ら、こうした問題に対応できる体力を養う必要がある。
女子高生が10年前にはもう親指でケータイメールを打っていたように、日本は老いも若きも情報を発信する「ネットユーザー力」の高い国。世界一といってもよい。世界のブログで使われている言語は日本語が最も多い、という調査結果もある。
だから、こうした問題も発生しがち。日本は「炎上先進国」。日本のネットユーザーがマイナス面でも世界をリードしている。急激なメディアの変化と普及に社会が追い付いていないのだ。スマホやソーシャルの普及により、これまで以上に多くの国民がネット社会に参加するようになり、それで新たなリスクが生じてきている。
他国に対処法や事例を求めても答えはない。日本は、私たち自身が方法を探り答えを見つけなければならない。そのノウハウを海外に教えてあげる、くらいの対応が求められている。
ソーシャルサービスは社会経済に大きな恩恵をもたらす。震災後も瞬時にさまざまなソーシャルサービスが立ち上がり、被災地と全国の情報共有に活躍した。人々のきずなを強め、コミュニケーションを活性化させている。企業のビジネスにも不可欠なツールに成長している。
しかし、デジタル技術を不安視する見方にも根強いものがある。4年前、青少年のケータイ所持をめぐる問題では、ケータイを規制せよという政治的動きが高まった。結局、法律まで策定されてしまった。当時、私は規制でフタをするのは逆効果であり、使わせるべきだという論陣を張り、さまざまな運動を束ねるコンソーシアムとして「安心ネットづくり促進協議会」を立ち上げた。これでようやく事態は収まってきたが、民間が努力を怠ると、また政治が入ってくる可能性も残る。
本件も同様だろう。炎上などの新しいリスクに、民間が情報を共有して、対策を練っていくことが大切。民間がきちんと対策を講じておかないと、政治や規制が入ってくるという危機意識を持っておく必要がある。そして、そのためにも政治や関係省庁とも連絡を取りながら、努力していくことが求められる。
そこで2012年2月、一般社団法人「ニューメディアリスク協会」(NRA)が設立された。炎上の防止策を研究し、ソーシャルメディアを企業が活用する際のリスクを低減するための手法を考えるためのものだ。私が理事長を務める。
企業、自治体、学校などのリスクマネジメントや広報の担当者などを中心に活動し、国会議員や総務省、経済産業省の方々にもオブザーバとして参加してもらっている。定期的な勉強会などを通じて、ソーシャルメディアを利用する上での注意点の啓蒙や伝達、風評被害の防止と事後対策についての意見交換などを行っている。
さらに、小グループに分かれた3つの分科会の活動を通して、Webメディアリスクを低減させるための情報などを提供している。「被害事例調査研究部会」では世の中で起こっている炎上を収集した「炎上データベース」を基に新しいメディアの特性を調査研究し、問題点分析を行っている。「未然防止啓蒙教育部会」ではWebメディアリスクを低減させるためのマネジメント手法について研修などを行っている。「対策ソリューション開発部会」では「Webメディアリスクマネジメントハンドブック」というリスクマネジメントの指針となるような手引書の開発を行っている。
最近、協会でも注目しているトピックは、海外で発生した炎上による日本企業への影響。尖閣諸島や竹島の問題により、中国、韓国でのナショナリズムが高まっており、ソーシャルメディアを通じて、デモ、不買運動、労働争議に発展するケースも発生してきている。こういった被害事例を調査、分析し、海外での日本企業のリスクマネジメントにも寄与したいと考えている。
安全で活発な情報社会を築く。運動は始まったばかりだ。遠く険しい道だが、行き止まりではあるまい。ただ、これはIT業界や政府が頑張るだけでは不可能。ネットのユーザーとともに切り開いていくことが前提となる。情報共有を広げていきたい。
中村伊知哉(なかむら・いちや)
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。
京都大学経済学部卒業。慶應義塾大学博士(政策・メディア)。
デジタル教科書教材協議会副会長、 デジタルサイネージコンソーシアム理事長、NPO法人CANVAS副理事長、融合研究所代表理事などを兼務。内閣官房知的財産戦略本部、総務省、文部科学省、経済産業省などの委員を務める。1984年、ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。通信・放送融合政策、インターネット政策などを担当。1988年MITメディアラボ客員教授。2002年スタンフォード日本センター研究所長を経て現職。
著書に『デジタル教科書革命』(ソフトバンククリエイティブ、共著)、『デジタルサイネージ戦略』(アスキー・メディアワークス、共著)、『デジタルサイネージ革命』(朝日新聞出版、共著)、『通信と放送の融合のこれから』(翔泳社)、『デジタルのおもちゃ箱』(NTT出版)など。
twitter @ichiyanakamura http://www.ichiya.org/jpn/
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