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初音ミクと日本のクリエイティビティ中村伊知哉のもういっぺんイってみな!(22)

世界が日本を最もクリエイティブな国と評価しているのに、日本はそう思っていない。まずはそれが問題だ

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世界一クリエイティブな国、日本

 「世界一クリエイティブな国は日本、クリエイティブな都市は東京。(参照記事:「最もクリエイティブな国・都市」は日本・東京 でも日本人は自信がない──Adobe調査」2012年4月にAdobe社が米英独仏日の各1000人、計5000人の成人に聞いた国際アンケート調査結果だ。

 36%が日本を最もクリエイティブな国と評価し、2位のアメリカ26%に大差を付けた! うなずける。ポップカルチャー、ファッション、食べ物、ケータイ文化、どれも日本は抜きんでている。アメリカは金融、IT、ハリウッドなど多くの分野で世界を引き離し、ビジネスの創造力を見せ付けているが、表現文化を一部のクリエイターだけでなく国民全体で創出する点では日本が勝る。

 最もクリエイティブな都市では、東京が他の都市を抑えて1位の30%! ニューヨークが21%、パリが15%。これもうれしい。東京は銀座、渋谷、アキハバラ、いくつもの極が異彩を放つ。どの国の料理も本格的なものが味わえ、どこに出かけても地上最高規格の便所が用意されている。

 こうした日本のクリエイティビティを最高に発揮しているのが「初音ミク」だ。

 5年前に誕生した音声合成DTMソフトが3万6000曲の作品を生み出し、11万作品の動画がアップされ、再生回数が数百万回にのぼるという、世界最大の持ち歌を誇る歌手に育った。

 2012年1月、ロンドン五輪のオープニングを歌ってほしいアーティスト投票で、並みいるアーティストを抑えて1位を獲得! それも日本ではなく海外のサイトからの投票が多かったという。

 初音ミクのパワー源は「技術、ポップ、みんな」の3点だ。

 まず、ボーカロイドという「技術」。誰もが専属歌手を持つことができるようにした技術。楽器を演奏するという壁を取り除き、一流のプロも使う歌唱クオリティを開放した。

 そして、カワイイ「ポップ」なキャラクターという身体性を与えた映像表現。16歳、158cm、42kg、これぞ萌え、という要素を盛り込んだコンテンツだ。ものづくり力=技術と、表現力=コンテンツという日本の2大強みをドッキングしたところにミクは実像を結んだ。

 より重要なのは、「みんな」が作る産業文化の形成。ニコ動やYouTubeといったソーシャルメディアで二次創作、n次創作と曲や映像の連鎖が広がり、新しいコンテンツが派生していった。

 作詞・作曲する人もいれば、映像を作る、歌う、演奏する、コスプレ、踊る、さまざまな様式での参加が許され、奨励される。ユーザーによる創作、共有、拡散の文化だ。公式ソング、公式アニメ的な囲い込みではなく、外へ外へと増殖していく。

 オープンソースだ。ソフトウェアのオープンソースは、技術の増殖だった。初音ミクはコンテンツのオープンソース。文化の増殖だ。誰もがマンガを落書きし、誰もがタテ笛を吹くことができる「みんなの表現力」がクールジャパンの源。初音ミクの産業文化が日本から生まれたのは必然といえよう。

 いまやミクは世界的アイドル。コンテンツビジネスとしてユーザーがCDやゲームを売るというチャンスも広がる。これまでミクはPC+ネットベースだったが、これから世界的にスマホやタブレットが普及する。ソーシャルサービスの利用も本格化するのはこれから。世界市場でのコンテンツビジネスはこれからとみてよい。

 課題は、第2、第3の初音ミクをどう生んでいくのか、長期的な環境を整備することだ。たまたま生まれ、みんなで育てた初音ミク。こんなイノベーティブなよい子を、最も生み続けたい。そのメカニズムを国内に確立したい。

 日本のクリエイティビティが育つことに期待がかかる。ところが、冒頭のアンケート結果は2つの問題も明らかにしている。

 まずは日本の自己評価が低いこと。他国が日本を評価しているのに比べ、日本のみが自分をクリエイティブだと思っていない。自らがクリエイティブだと考えている比率もダントツの最下位。アメリカ人は52%が自分をクリエイティブと思っているのに、日本人は19%!

 ずっとそうなんだな。ジャーナリストのダグラス・マッグレイ氏が2002年、フォーリン・ポリシー誌に「Japan’s Gross National Cool」を掲載、日本のポップカルチャーを高く持ち上げた。いわゆる「クールジャパン」の嚆矢(こうし)となったレポートだ。当時僕らも盛んにこうした自己評価を発信していたが、海外からの1レポートによる評価の方が浸透力が高かった。ハーバード大学のジョセフ・ナイ教授がソフトパワー論で後付けしたのも効いた。

 だからこれを自らのエネルギーに転化するのにてこずっている。ポップカルチャーのパワーを発揮する自家発電力がなかなか湧いてこない。今回の調査でも、自分の持ち物を正当に評価できないさまが見て取れる。

 それ以上にマズいのは、「創造力が経済成長のカギになると答えたのも日本が最下位」という結果だ。じゃ、みんなは何で食っていこうと思ってるのだろう。資源も、低廉な労働力もないというのに。資源はアラブやロシアや中国で、労働力は中国やインドで、じゃあ僕らはどうするというんだろう。知恵しかないんじゃないだろうか。

 アメリカは80年代、クルマや家電のクリエイティビティで日本に負けたけど、90年代以降、ITのクリエイティビティで巻き返した。日本はどのクリエイティビティを発揮していけばいいんだろう。

中村伊知哉(なかむら・いちや)

慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。

京都大学経済学部卒業。慶應義塾大学博士(政策・メディア)。

デジタル教科書教材協議会副会長、 デジタルサイネージコンソーシアム理事長、NPO法人CANVAS副理事長、融合研究所代表理事などを兼務。内閣官房知的財産戦略本部、総務省、文部科学省、経済産業省などの委員を務める。1984年、ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。通信・放送融合政策、インターネット政策などを担当。1988年MITメディアラボ客員教授。2002年スタンフォード日本センター研究所長を経て現職。

著書に『デジタル教科書革命』(ソフトバンククリエイティブ、共著)、『デジタルサイネージ戦略』(アスキー・メディアワークス、共著)、『デジタルサイネージ革命』(朝日新聞出版、共著)、『通信と放送の融合のこれから』(翔泳社)、『デジタルのおもちゃ箱』(NTT出版)など。

twitter @ichiyanakamura http://www.ichiya.org/jpn/


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