WebSocketでスマートテレビをリアル接続するぷらら:UXClip(27)
ひかりTV独自のスマートテレビリモコンの接続方法はWebSocketを用いた常時接続だ。その仕組みと開発意図を聞いた。
次世代のテレビを表すキーワードとして話題の「スマートテレビ」。いろいろなポジションの人が、それぞれに我田引水な解釈を披露する中、本を読んだり講演を聞いても、ふわふわとした印象だけが残り、「スゴそうだけど良く分からない」という感覚だけが通奏低音のように脳内再生される状態が続いていた。
だが、2012年9月に登場したひかりTVの「りもこんプラス」を、遅ればせながら実際に触る機会を得た今、「スマートテレビってこういことかも!」とユウレカ(古典ギリシャ語で「私は見つけた」「分かったぞ」といった意味)した自分がいる。
「りもこんプラス」というのは、セカンドスクリーンとして、iPadやAndroidタブレットをテレビのリモコン代わりに使うことのできる仕組みなのだが、スマートテレビのあり方を先取りすると同時に、テレビの見方を大きく変える可能性を秘めた「使える」サービスだ。1990年代後半に登場した「Web TV」、2002年の「ep」、2007年の「アクトビラ」と、ネットに関係したテレビ周りのサービスを実際に経験してきた筆者だが「使える」と感じたのは、これが初めてだ。
それは、単に便利だからというだけではない。その仕組みや技術的な背景を知れば知るほど「スマートテレビってこういうことか」という思いを強くする。「りもこんプラス」は、「WebSocket」と呼ばれるリアルタイムな双方向通信を実現するプロトコル上で提供されており、世界的に見ても極めて先進的な取り組みなのだ。WebSocketなどの、技術的な背景やタブレットをテレビのリモコン代わりに使うと何ができるのか、という説明は後段に回し、筆者が「気付いた」スマートテレビの本質について先に説明しておきたい。その方が、「りもこんプラス」の先進性が伝わりやすいと思う。
テレビは各機能がクラウドに移り「Ethernet端子付きディスプレイ」になる
結論からいうと、スマートテレビというのは、「テレビに内包されている各種機能をクラウド上にアンバンドルすること」である。図1を見てほしい。「リモコン」「チューナー(選局)」「録画機能≒見逃し視聴」といった機能はすべてクラウドから提供され、リビングに置かれるのは、ブラウザを搭載したEthernet端子付きディスプレイだけ。そこには、セット・トップ・ボックス(STB) すらない。クラウドから、ネットワーク経由で送信されてくるコンテンツを映すためのディスプレイがあれば、それ以上何も必要はない、それがスマートテレビなのだ。
図1 テレビが内包する機能はすべてクラウドから提供され、リビングに置かれるのは、ブラウザを搭載したEthernet端子付きディスプレイだけになる。操作は、すべて手元のタブレット端末やスマートフォンから行う
選局、録画予約、番組表の閲覧、VODによる視聴といったディスプレイにコンテンツを映すための操作は、すべてタブレットやスマートフォンの側で行う。その操作情報は、クラウドに送信され、サーバからネットワーク経由でディスプレイに向けてコンテンツが送り込まれる。そして、スマートテレビの名の通り、従来型の映像コンテンツのほかに、「アプリ」や「ソーシャルメディア」といった機能が加わる。もちろん、アプリもネイティブではなく、HTML5によるものがサーバから提供されるイメージだ。
とまあ、「そういうオマエが我田引水解釈じゃん」「局所しか見てない偏向的考え」と突っ込まれることを覚悟で「テレビのアンバンドル論」を展開してしまったわけだが、このような考えに至ったのは、2012年の6月に総務省が公開した「スマートテレビの推進に向けた基本戦略」が頭の片隅に残っていたから。この提言は、日本発のスマートテレビの世界標準策定を目指そうという内容だが、あまりにも矛盾を内包した中途半端で煮え切らないスマートテレビ論に終始しており、ある霞が関系幹部に「こんなものを世界に向けて発信したかと思うと恥ずかしい」(実際、国際シンポジウムにおいて、当時の森田総務大臣政務官が発表し、資料は英訳されている)と言わしめたシロモノだ。
どこが「中途半端で煮え切らない」のか。
4ページ目の「スマートテレビ推進の3原則」に注目してほしい。「ユーザー本位」「民間主導による協業」「オープンな事業環境の構築」の3つを挙げている。これ、つまり、インターネットの本質的な部分でもある。ここだけ読むと「おお! あれだけネットを嫌っている放送業界も、スマートテレビの時代は、ついにインターネットに目覚めるか!」と期待するのだが、その前のページの「スマートテレビが有すべき基本機能」のページに描かれたポンチ絵には、「放送事業者」がしっかりと現状のビジネススキームを維持したままの形で、スカイツリーらしき絵とともに描かれている。
つまり、これは、スマートテレビの本質として「テレビがインターネットに飲み込まれる」ということを示唆する(その部分を本当に理解しているかどうか分からないが……)一方で、アンタッチャブルな放送業界の既得権に切り込めていない、両方の顔色を伺った中途半端で「恥ずかしい」戦略提言というわけだ。
仮に筆者が思い描いた「テレビのアンバンドル化」が進行すると、オープンなインターネットの世界の中で、現状の放送業界のスキームは完全に崩壊し、放送既得権が雲散霧消する。いや放送業界だけではない。テレビが「Ethernet端子付きディスプレイ」と化した瞬間に、4K、8Kテレビといった「技術」にこだわる、ものづくりニッポンの呪縛から逃れることのできない家電メーカーの復権ロードマップは根底から覆る。Ethernet付きディスプレイは、今のテレビよりさらにコモディティ化が進行し、「もうからない家電」になることは火を見るより明らかだ。
「フリックしてシャーッと動く」気持ち良いリモコン操作
総務省の戦略提言を読み返していたら、そのふがいなさに思わず肩に力が入ってしまったわけだが、この辺りで話を「りもこんプラス」に戻そう。テレビの機能がクラウドにアンバンドル化され、インターネットの世界に飲み込まれたものが「スマートテレビ」というのであれば、ひかりTVが提供している「りもこんプラス」は、そのような近未来のテレビ生活の扉を開いて垣間見ることができるサービスだ。
まず、ユーザー目線で論じると、多チャンネル化された放送やVODコンテンツのブラウズ、予約、視聴といった操作をiPadから行えるだけで、テレビがこんなに便利で楽しいものになりハッピーな気分になれるのかと驚く。普段、自宅では、ケーブルテレビを利用しあまたある海外ドラマに親しむ筆者だが、事業者からレンタルで支給されたSTBのリモコン(赤外線の普通のやつ)を操作して、お世辞にもサクサク動くとはいえないEPG(電子番組表)から選局と予約を行う際のストレスたるや、毎回毎回、双肩に鉛の重しを載せられた気分になる。56kbpsのアナログ回線でフラッシュ動画を読み込んでいるような感覚だ。
その一方で、「りもこんプラス」のリモコン役となるiPadには、App Storeから無料でダウンロードできるネイティブアプリがインストールされており、タップ! フリック! スワイプ! と、氷上を舞う真央ちゃんのごとき軽やかな指さばきで選局や予約が行える。さすがにネイティブアプリは、レスポンスも良く使いやすい。次は、トリプル・トウループに挑戦してみよう。
ただ、ネイティブアプリとなると、iOS向けとAndroid向けを準備しなければならず、制作や管理などコスト面で不利になる。「クラウドだ〜! HTML5だ〜!」と騒ぐなら「ネイティブはないでしょう」とも思えるのだが、「Webビューでの提供も検討したが、フリックしてシャーッと動く気持ちよさを提供したくてネイティブを選んだ」(NTTぷらら技術本部技術開発部長・宮里系一郎氏)と自信に満ちた表情で答えてくれた。
筆者のように1〜2分触っただけで、その快適さに心奪われてしまった人間もいるくらいだから、その目論見は功を奏したわけだ。市井のユーザーにとっては、クラウドやHTML5はどうでも良くて、まさに「フリックしてシャーッ」の方が重要なのだ。余談だが、Facebookのモバイル用アプリもネイティブ化されたことで、劇的に使いやすく快適になったことを思い出してほしい。
ただ、iPad上でいくら快適でも、操作がテレビの画面に反映されるのに時間がかかっていたのでは本末転倒な話。ユーザーが行った操作の情報は、図2にもあるようにぷららのサーバを経由してSTBに命令が降りていくわけだから、そのレイテンシーが気になる。しかし、その点でも赤外線リモコンと比較して特に劣っているように感じなかった。実際、赤外線リモコンの遅延が150ms程度なのに対し「りもこんプラスは、100〜300msでの伝達を実現している」(NTTぷらら技術開発部・山口英夫氏)という。サーバを経由していても、それを感じさせないほどのリアルタイム感の構築に成功している。
いや、むしろ、ビデオ(VOD)の早送りや巻き戻しなどは、iPad上のシークバーをドラッグして行うことから、指先でダイレクトにビデオの再生位置を動かしている感覚が、幾分感じるタイムラグのストレスを相殺している。また、iPad上で選んだコンテンツをタップして選局する際も、心憎い演出で「待ち」のストレスを和らげてくれる。番組画像のサムネイルをタップするとiPad画面の上にスライドして消えてゆき、それとタイミングを合わせるかのように、テレビ画面の下からサムネイルが上にスライドして登場した後、放送などの画面に切り替わる。
実際、この選局プロセスにおける一連の画面シーケンスでは、HTMLで記述されたアニメーションがブラウザ上で表示されているそうだ。サーバからURLで記述された選局情報を受け取ったSTBは、指定された放送チャンネルを呼び出す間に、ブラウザを起動して、前述のサムネイルのアニメーションを再生している。選局を待つ間、黒い画面を見せられているとイライラのもとにもなるが、このような演出を加えることで、タイムラグをタイムラグとして感じさせないGUIの作り込みの巧さなのだろう。
そういえば、昔、AppleのMacintoshが登場した際、処理の待ち時間の間、時計のアイコン上で針が回るアニメーションを表示することで、ユーザーのストレス軽減を狙ったという話を思い出した。
WebSocketとJettyの組み合わせで大規模接続をさばく
聞けば、現在、ひかりTVを利用している世帯は約245万上るという。そのすべてが「りもこんプラス」を利用しているわけではないが(数字は非公開)、電源が投入されたSTBは、漏れなくサーバとセッションを張る仕組みなので、多くの家庭でテレビを付けるゴールデンタイムともなると、そのセッション数はかなりの数に上るはず。
また、iPadから操作する「りもこんプラス」にしてもその時間帯には、利用が集中するだろう。その際、アクセスが集中して処理が滞ることはないのだろうか、また、前述のリモコン操作におけるリアルタイム性はどのような仕組みで確保されるのだろうか。もしかして、Googleのようにデータセンターにン万台、ン十万台のサーバを設置して力業でアクセスをさばいているのだろうか。
だが、その答えは別のところにあった。新しいプロトコル「WebSocket」だ。WebSocketについては、「双方向通信を実現! WebSocketを使いこなそう」をご覧いただくとして、「このような大規模なリアルタイム通信を実現できたのは、通信プロトコルにWebSocket、ミドルウェアにJettyを採用したから」(山口氏)という。
WebSocketは、都度ハンドシェイクが発生するHTTPと異なり、セッションを保持したままなので、STBに対し最小限の遅延でデータを送信することができるわけだ。加えて、オーバーヘッドが小さく200バイト程度のデータを送信するだけ、という点も100msという好結果に貢献しているようだ。
ただ、約230万ユーザーの大規模サービスに、このようなNon-legacy(枯れてない)な新しい技術を導入することへの不安はなかったのだろうか。「NTTサービスエボリューション研究所の協力を得て実際に多数のセッションを張って検証を積み重ねた結果、いけると判断した。ミドルウェアの選定がポイントだった。Node.jsとJettyを比較したが、Node.jsは、2〜3万接続程度なら100msを実現できるが、10万接続になると、300ms程度まで落ち込む。その点、Jettyは、10万接続でも100msをキープしていた」(宮里氏)と明かす。
リアルタイム接続を実現するという意味では、従来より、チャットシステムなどでおなじみの「Comet」があるが、Cometは、HTTPのスキームの中でトリッキーな仕組みでプッシュ配信を実現する技術なので、「HTTPのハンドシェイクがその都度発生し、オーバーヘッドも大きいのでサーバの台数を増やして対応しなければならない。設備コストの点で不利になる。HTTPの技術を使うと200万台以上のSTBの接続をさばくには、サーバが100台以上必要になるが、今回は、十数台規模で実現できた」(宮里氏)という。
「りもこんプラス」は、追加料金なしで利用できる。いくらタブレットがリモコン代わりになり便利に選局できるからといって、ユーザーにオプション料金を提示するわけにはいかない。通常の料金の範囲内で提供しなければ、誰も利用しないだろう。そういう意味では、WebSocket+Jettyで設備コストを抑えることの意味も大きかったという。従来では、テレビというシステムとは相容れなかった、インターネットのクライアント/サーバの仕組みも、このような形での実用化が進んでいることに驚くばかりだ。
「0円テレビ端末」の時代がやってくる!?
冒頭の「スマートテレビとは何ぞや」という部分に話を戻そう。「りもこんプラス」は、リモコン機能全般をクラウドに預けてしまったようなものだ。ならば、「選局」や「録画機能≒見逃し視聴」といった一連のテレビ機能もテレビ本体やSTBに搭載する必要はない。ユーザーにとってもクラウドに預けた方がはるかに幸せではないだろうか。サーバ側でアップグレードすれば、常に最新の機能やサービスを利用でき、HDDの容量が満杯になって予約していた番組を録り逃がすこともなく、TSUTAYAに出掛ける手間も省け、録画済みDVD-RやBlu-rayの保管場所に困ることもなく、検索イッパツで見たいコンテンツを呼び出し、好みをキーワードを登録しておけばお勧めコンテンツを勝手に録画(といういい方は正しくないかも……)してくれる。何にもまして、Ethernet端子付きディスプレイは、現状のテレビよりさらに安価になることが予想される。それこそ、一昔前の「0円ケータイ」」よろしく、ひかりTVのような有料放送を契約すると、ディスプレイがもれなく配布される「0円テレビ端末」の時代だって来るかもしれない。
考えようによっては、Wi-Fi Allianceによって策定された、Miracast(ミラキャスト)も同床異夢な技術であろう。Miracastは、「りもこんプラス」とは異なり、スマートフォンやタブレットとテレビがWi-Fi経由で直に命令やコンテンツの送受信を行うものだが、テレビを「ディスプレイ化」するという意味では、似たもの同士といえる。
加えていうなら、ウワサばかりが先行して一向に登場しないAppleのスマートテレビ製品だが、もし出るとしたら、こちらも、AirPlayに対応した単なるディスプレイ製品になる気がする。iPhoneやiPadを操作、あるいは経由して、クラウド(iTunesやApp Store)からのコンテンツを映し出すための「大きな窓」としての存在があれば十分であり、いわゆるテレビ的な機能は不要だ。まあ、Appleが出すわけだから、デザインコンシャスなことは確かだろうが、名称は、「iDisplay」だったりして……。
スマートテレビ時代のプラットフォーマーたらんとする野望を抱くぷらら!?
「クラウドによるテレビのアンバンドル化」が極端な意見であることは百も承知だ。テレビの仕組みが筆者が提唱するようなものになってしまったら、テレビ本来の使命である、無料であまねく情報を提供するユニバーサルサービス性を確保できるのか、災害時にもちゃんとコンテンツを届けることができるのか、といった難問にぶち当たる。
だが、ここでいいたいのは、「スマートテレビ」という新潮流が、技術やハードウェアの新機軸が登場し、ものづくり大好き家電王国ニッポン復権の新ジャンルでも、放送・家電業界や総務省が期待するような日本発の世界標準といった話ではないということだ。インターネットにテレビが飲み込まれる時代にあって、テレビ向けクラウドを支配するプラットフォーマーとして君臨できるかどうか、という話なのだ。
NTTぷららは、4月17日に発表した新しいSTBにAndroidを採用し、アプリが動作するようにした。同時に、ソーシャル連携のサービスを強化するという。また、ひかりTVの認証・メタデータプラットフォームのAPIをサードパーティに公開し、外部の“血”を呼び込んでより魅力的なコンテンツやアプリケーションを提供しようともくろんでいる。NTTぷららの経営陣がどのように思っているのかは知らないが、このような一連の動きを見ていると、この企業が、スマートテレビ時代のプラットフォーマーたらんとする野望を抱いていることは一目瞭然だ。そして、そこに一番近い位置にいるのも彼らなのだろう。
著者プロフィール
山崎潤一郎
音楽制作業に従事しインディレーベルを主宰する傍ら、IT系のライターもこなす。大手出版社とのコラボ作品で街歩き用iPhoneアプリ「東京今昔散歩」「スカイツリー今昔散歩」のプロデューサー。また、ヴィンテージ鍵盤楽器アプリ「Super Manetron」「Pocket Organ C3B3」の開発者でもある。音楽趣味はプログレ。OneTopi「ヴィンテージ鍵盤楽器」担当。近著に、『AmazonのKindleで自分の本を出す方法』(ソフトバンククリエイティブ刊)がある。TwitterID: yamasaki9999
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