和製GitHubの「gitBREAK」は「P/L(profit and loss)は追いかけない」らしい。彼らが目指す「遠くても大きな利益」とは?
先の「カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル」(旧・カンヌ国際広告祭)でプロジェクションマッピングによる驚愕のパフォーマンスを披露した日本が誇るガールズユニット「Perfume」。そんな彼女たちの世界デビューの舞台として活用されたのが、バージョン管理システム「GitHub」だった。2012年の3月のことだ。オフィシャルWebサイト上でオリジナル楽曲と振り付けのモーションキャプチャデータを配布すると同時に、GitHubにサンプルコードを開示。世界中のクリエイターが、デジタルデータ化されたPerfumeのダンスをベースに思い思いのオリジナル作品を作り上げたことは記憶に新しい。
プログレッシブロック好きな筆者としては、「ポリリズム」で複合拍子の心地よさを一般に広めた立役者の世界進出を誇らしい気持ちで見ていたのだが、そのときふと脳裏をかすめたのは、日本代表として世界に打って出るのだから、コードの配布が米国発のGitHubではなく、この部分もオールジャパン体制であったなら、もっともっと誇らしさ全開だったかも、という思いだ。
和製GitHubともいうべき「gitBREAK」がサービスを開始したというニュースに接し、前述のようなPerfumeのことを思い出した次第だ。で、数あるバージョン管理システムの中でも、いま最も「いけてる」Gitだけに、この日本初で日本発のGitのリポジトリが何を目指して、何を産み出そうとしているのか、大いに気になる。ましてや、エンジニア向けというニッチなマーケットを狙った無料のサービスだけに、これで収益を上げることができるのか、という疑問も膨らむ。
そのような思いを抱きつつ、このサービスを作り上げたビズリーチの取締役CTOである竹内真氏とプロダクトマーケティング部 執行役員 兼 グロースエンジニアの園田剛史氏に話を聞いた。まず、「Gitのリポジトリがこの日本でビジネスとして成立するのか?」という筆者の疑問に竹内氏の意表を突く先制パンチが飛んできた。「P/L(profit and loss)は追いかけません」と。
なんと「儲からなくてもいい」といい放たれてしまったのだ。まさか、慈善事業ですか! と、目をむく筆者に、その真意を説明してくれた。平たくいえば、運営母体(人材サービスのビズリーチ)の方で、しっかりと収益を上げており、体力があるから大丈夫、というのがその理由だ。竹内氏は「余裕のあるうちは無料で突っ走り、目先の利益より、遠くても大きな利益を目指す」といい切る。
運営母体が人材サービスを行っているだけに、「当初は、商材としてのエンジニアを集めるための手段という考え方でサービスを準備していた」という。それなら、本業の利益に直結するわけだし、ビジネスモデルとしても全うで分かりやすい。しかし、「せっかく、Gitのリポジトリというエンジニア向けの最先端サービスを日本初で開始するのに、単に転職を斡旋することが日本のエンジニアのためになるのだろうか」という疑問が膨らみはじめ、サービス発表の1週間前にそのコンセプトを破棄してしまったそうだ。まさに驚きのちゃぶ台返し。
土壇場でちゃぶ台をひっくり返してまで、事業モデルを変更したその思いの向こう側には何があるのだろうか。聞けば、竹内氏自身の経験がそうさせたという。若い頃は、薄給に喘ぎながらプライベートな時間を利用して、さまざまなアイデアを素にコードを書き溜めていったそうだ。ただ、そんな「資産」を保管したりテストするためのサーバ代を捻出するのも大変で、「毎日、牛丼で我慢しているのに、サーバ代にお金を持っていかれるのがしんどかった」と笑う。
竹内氏は、かつての自分も含め、多くのSIer企業において、能力と働き方に見合わない待遇・報酬のシステムにより、多くのエンジニアが才能を搾取されるだけの存在となっている現状に憂いを感じているという。ただ、そのような境遇においても、自分のアイデアやサービスをいつか世に出したい、という熱い思いでコードを書いているエンジニアをバックアップしたいそうだ。
竹内氏が若い頃に作り溜めた「資産」は、彼がCTOというポジションにある現在の会社で共有され活用されているという。gitBREAKは、そんな向上心のある若いエンジニアに助走の「場」を提供し支援したいという思想に満ちてるというわけだ。確かに、優秀な技能を有する人を、資金力のある人が、儲けを度外視してサポートするという形態はどの世界にもある。
いうなれば、「パトロン」的な存在だ。レオナルド・ダ・ヴィンチやバッハが王侯貴族のバックアップを受けていたように、音楽家、芸術家、F1ドライバーなど、そうやって功なり名を遂げた例は、枚挙にいとまがない。まあ、本物のパトロンのように、gitBREAKが直接面倒を見てくれるという性格のものではないが、ネットワークの向こう側にいる才能豊かな若いエンジニアを広く薄く応援するという意味で、インターネット時代におけるパトロンの形態の1つといえよう。
とはいえ、営利企業が運営するサービスだ。「熱い思い」や「理念」だけ突っ走ったのでは、いつかは立ちゆかなくなる。特にgitBREAKのようなプラットフォーム系サービスにおいてサスティナビリティは、忘れてはならない事業命題だ。無料とはいえ、ユーザーの増加にともない社会的な責任も正比例して増す。そもそも、運営母体にも多くのステークホルダーが存在するわけで、儲からないサービスへの理解を得続けることは難しいだろう。「P/Lを追いかけない」事業に対し異議を唱える株主がいてもおかしくない。
ただ、話を聞いているうちに、「この人たちは、ビジネスとしても勝算があって始めたのかも」と思うようになってきた。エンジニアに特化したコミュニティの「胴元」というのは、もしかしたらとんでもなくROI(Return On Investment)の高いビジネスとなるのではないだろうか。まず、投資の面に着目すると、クラウドコンピューティングの時代だけに、インフラに対する初期投資は最小限ですむ。後は、ユーザー数の増加に合わせ適宜スケールアウトさせればよい。そのインフラについても扱う「物」がソースコードだけに、サーバやネットワークの容量も大規模なものを用意しなくてすむ。これが、動画投稿サイトであれば、ユーザーが増えれば増えるほど、インフラ投資に苦しめられる「豊作貧乏」のパラドックスから抜け出せなくなる。YouTubeは、出資マネーを食い尽くし、結局はGoogleに買収された。
Gitリポジトリのサービスは、レイバーコストを勘定しなければ、極めて少ない投資で立ち上げることができるのではないだろうか。「共同創業者に聞いた、GitHubは何が違ったのか?」のインタビュー記事を読むと、週末のサイドプロジェクトとして始めたGitHubだが、「数千人のプライベートサービス利用者がいた」状態から正式にローンチし「外部から資金を調達することなく、自分たちの資金だけを元手に黒字化し……」とある。フリーミアムのWebサービスというと、マネタイズを経て黒字化を達成するまで時間がかかるという印象があるが、Gitのリポジトリは、どうも様子が違うようだ。gitBREAKも似たようなものだろうと思う。そうやって、最小限の投資でエンジニアを集めてしまえば、お得意の人材サービスとの連携はもちろん、物販や情報の通過点として、企業とエンジニアを結び付ける「関所」のような存在になり、マネタイズの方法は、後からでも付いて来るのだろう。
今後、gitBREAKでは、先行するライバルに追い付け追い越せで、使いやすいUIや課題管理ツールはもちろん、コンパイラといった機能の導入も視野に入れているという。目指すは「エンジニアが必要とするツールがワンストップで利用できる環境の提供」(園田氏)だそうだ。そして、2014年には、英語でのサービスを提供し、世界展開を目指している。和製Gitリポジトリが、GitHubという先行する「巨人」をとらえることができる日がやって来ることを願っている。
山崎潤一郎
音楽制作業に従事しインディレーベルを主宰する傍ら、IT系のライターもこなす。大手出版社とのコラボ作品で街歩き用iPhoneアプリ「東京今昔散歩」「スカイツリー今昔散歩」のプロデューサー。また、ヴィンテージ鍵盤楽器アプリ「Super Manetron」「Pocket Organ C3B3」の開発者でもある。音楽趣味はプログレ。OneTopi「ヴィンテージ鍵盤楽器」担当。横浜在住だが、神戸在住のエンジニアとBitbucketを利用して共同開発を行っている。TwitterID: yamasaki9999
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