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あらためて、放送でインターネット。中村伊知哉のもういっぺんイってみな!(32)

放送と通信の融合。「セカンドスクリーン」が有望だが、まだ普及の道が見えてこない。あらゆる可能性を見てみよう

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日本的なダブルスクリーンモデルを模索

 IPDC。アイピー、データキャスト。放送の電波を使って、IPプロトコルという通信技術でデータ配信することだ。放送と通信の融合。その普及を目指して、「IPDCフォーラム」を立ち上げたのが2009年。1.規格化の検討、2.使い方の検討、3.制度化への要望に取り組んできた。私が代表を務め、放送、通信、メーカー、ソフトウェア、広告など会員は40社を超える。

 当時、放送の電波に通信技術を乗せ、ハード・ソフト分離、通信・放送サービス混合、有料・無料コンテンツ混合、なんてことを実現することは、技術的制度的には夢のまた夢。このため、ユビキタス特区を作れだの、法体系を抜本改正して融合法制を作れだの、そんなことを叫んでいたので、鬼っ子扱いだった。

 しかし、地デジの全国整備が見えてきて、ブロードバンドの全国化も見えてきて、GoogleやらAppleやらも攻めてきて、事態は急変、特区も法改正(!)もどんどん実現し、3年たってみたら、IPDCにやおら脚光が当たるようになっていた。民放と通信会社とが連携したNTTドコモグループ「mmbi」による「NOTTV」がこの方式を採用している。

 放送展InterBEE2012には、IPDCフォーラムとしてブースを出展した。放送局主導でマルチスクリーンをコントロールする技術の具体像を示そうとした。特に大阪の放送局を軸に発足した「マルチスクリーン型放送研究会」(マル研)の成果を展示。12テレビ局、15番組が参加した。

 放送番組とTwitterとを混在させたMBS「災害ニュース」、テレビとタブレットにアニメとマンガを表示させるよみうりテレビ「宇宙兄弟」、自分のタブレット端末でテレビ回答者に成り代わって遊ぶABC「アタック25」、番組に登場する現在地の地下鉄ルートをタブレット表示する関西テレビ「キャラぱら! ちん電くん」、番組で案内される商品情報をタブレットからネット販売につなげるテレビ大阪「やすとものどこいこ!」など、多様なジャンルのコンテンツが日本的なダブルスクリーンモデルを模索していた。

 IPDCは放送の電波1本でテレビもタブレットやスマホなどのダブルスクリーンもカバーする仕組み。放送局がすべてをコントロールする方式だ。InterBEEでは、1台でマルチスクリーンを扱えるようIPDC受信機と室内送信機を内蔵したテレビ端末を試作し、在阪5局が合同で作った「サワリや」というコンテンツを表示していた。

 IPDCのメリットは、通信では難しい一斉同報性だ。数多くの人に一度にデータや制御コマンドを送れ、耐災害性にも優れ、コンテンツの伝送回路としても有望。既存の地デジ設備にそのまま乗っかることができるのが強み。

 できることはいろいろある。mmbiで実用化されているファイル配信(音楽、電子書籍など)、その応用としてサイネージへの動画配信。M2M(マシン・トゥ・マシン)と呼ばれる機器への制御情報の配信、一斉同報性を生かした防災への活用など。

通信と放送の間をつなぐ「セカンドスクリーン」「セカンドデバイス」

 もちろん「セカンドスクリーン」も有望だ。セカンドスクリーンは世界的にも注目されている。でも、地デジ化は完了したが、何が変わったか? 映像がきれいになった、周波数の利用効率が高まった、それだけでは新しいビジネスにはならない。通信と放送の間を「つなぐ」ものがなかったから。画面を汚すことなく、つまり既存の広告モデルを壊すことなく、通信と放送をつなぐことが放送側から求められていたわけだ。そのためには、放送のタイムラインに合わせて、セカンドデバイス上でコンテンツを制御することが重要となる。

まだ「スマート」なるものの姿が確定しない

 映像コンテンツの過半をテレビ業界が押さえている日本では、放送主導でのサービススタイルとビジネスモデルを設計できるかどうかがスマートテレビの行方を左右する。現在、音声ウォータマーク、フィンガープリントなどさまざまな技術が使われている。でも、遅延のない精緻で本格的な同期制御のためにはIPDCが有望。

 この日本型のスマートテレビのカギはIPDCを受信できる受像機の普及にある。もちろん、地デジ化したばかりで、テレビ本体の買い替え需要を期待するのは無理がある。この打開策として私たちは、地デジのテレビの横に数千円程度のIPDC受信ルータを試作する試みを行っている。

 マーケット形成のために、日本の地デジ方式、ISDB-Tを採用する国々が連携することがポイントとなる。むろんこれは、日本だけで実現できることではない。ISDB-Tを採用するブラジルをはじめとする南米といかに連携できるか。いきなり国際対応が重要課題になっている。実は、ブラジルのサンパウロ大学と国際連携策を進めているところだ。

 これに少し先立つCEATECの展示は、「スマート」一色だった。スマートテレビだけでなく、スマート家電、スマートハウス、スマートシティなど、通信、メーカーをはじめとする情報関連産業がスマートの名の下に戦略を模索する様子が明らかとなった。

 家電メーカーはネット対応のテレビを展示する一方、SAMSUNGのスマートTVやGoogleTVとは異なり、マルチスクリーン連動モデルを前面に掲げていた。また、テレビやスマホ、タブレットだけでなく、冷蔵庫や洗濯機など白物家電も皆つないでスマートハウスを提案してみたり、電力供給と結び付けたスマートシティーを唱えてみたりしていた。

スマートな自動車とメディアの結合

 これは苦境にあえぎつつ新市場を拓く涙ぐましい努力である一方、「スマート」なるものの姿が確定しない現時点において、未来の可能性を示すものでもあろう。今回は自動車メーカーも参加し、自動車とメディアの結合も数多く提案されていた。スマートテレビの可能性は、従来のテレビの延長線上ではなく、まったく新しい姿を伴って提示されることになるのかもしれない。

 テレビを軸にしながら、あれこれがつながっていく近未来。その実像がぼんやり形になってきて、何やら楽しい。今年のCEATECやInterBEEではどんな姿となって現れるだろう。

中村伊知哉(なかむら・いちや)

慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。

京都大学経済学部卒業。慶應義塾大学博士(政策・メディア)。

デジタル教科書教材協議会副会長、 デジタルサイネージコンソーシアム理事長、NPO法人CANVAS副理事長、融合研究所代表理事などを兼務。内閣官房知的財産戦略本部、総務省、文部科学省、経済産業省などの委員を務める。1984年、ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。通信・放送融合政策、インターネット政策などを担当。1988年MITメディアラボ客員教授。2002年スタンフォード日本センター研究所長を経て現職。

著書に『デジタル教科書革命』(ソフトバンククリエイティブ、共著)、『デジタルサイネージ戦略』(アスキー・メディアワークス、共著)、『デジタルサイネージ革命』(朝日新聞出版、共著)、『通信と放送の融合のこれから』(翔泳社)、『デジタルのおもちゃ箱』(NTT出版)など。

twitter @ichiyanakamura http://www.ichiya.org/jpn/


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