スペインで開催されたGSMA Mobile World Congress。前年から40%広い会場となり、世界最大の携帯電話見本市として大盛況のうちに終わった
去る2月25日から4日間、スペインのバルセロナで開催されたGSMA Mobile World Congress(以下、MWC)は、前回よりも40%広い会場となり、世界最大の携帯電話見本市として大盛況のうちに終わった。
今回非常に目立ったのは、NTTドコモのブースを始めとする日本勢の台頭。
これまでもNTTドコモはMWCにブース展示を続けて来たが、その多くは要素技術の展示に留まっていた。しかし、今回は内容を大きく変え、dマーケットを始めとするキャリア主導のコンテンツマーケットを前面に押し出す展示で、大きく存在感をアピールしていた。
実はもともと、キャリアはコンテンツに関してあまり積極的に関与しないというのが従来のやり方だった。1999年にiモードが出現し、NTTドコモが初めてキャリア主導のコンテンツマーケットを成功させると、数年後には世界中のキャリアが類似のビジネスモデルを構築しようとしたが、いずれも失敗に終わった。
その原因の1つとして、根強くいわれているのが、海外ではキャリアよりもむしろメーカーの方が立場が上であるという構図だ。
そしてメーカー主導のコンテンツプラットフォームとして現在、世界最大の成功を修めているのが他ならぬiPhone、iPadを擁するアップルである。
良く知られているように、アップルの上にキャリア独自のコンテンツマーケットを開くことはできず、すべてのコンテンツの審査や課金回収はアップルが行っている。それがアップルが急激に躍進した1つの理由でもある。
このモデルを踏襲しようとしたのがグーグルで、グーグルはアップルとは違い、ハードウェアをコンシューマに直接届ける機能を持っていなかったため、各国のキャリア、およびメーカーと協力体制を築き、Androidをスタートした。
当初はメーカー、キャリアとの協力関係がうまく行っていたグーグルだが、しばらくして風向きが大きく変わる。キャリア独自のアプリ配信マーケットを認めず、すべてGoogle Play経由にするという、アップル型の支配戦略を推進し始めたのだ。
これには当初は協力的な態度だったキャリア、メーカー側も戸惑いを隠せず、日本でもKDDI独自のアプリマーケットは尻すぼみになり、ドコモはスマートフォン向けポータルサイト「dメニュー(dmenu)」など、アプリではないコンテンツ配信マーケットの立ち上げを余儀なくされた。
かつては1兆円産業とまでいわれたケータイコンテンツ産業は、急激な環境変化を前に失速を余儀なくされ、慌ててスマートフォン向けコンテンツに舵を切るも、乗り換えに苦戦を強いられることになった。ビジネスモデルがあまりに違い過ぎるApp StoreやGoogle Playでは、ゲームなどの例外を除き、ケータイ時代のコンテンツプロバイダは生き残りが難しい状況だ。
この状況に風穴を開けるべく、新たにIntel、SAMSUNG、そしてNTTドコモらが立ち上げたのがHTML5をベースとしたオープンプラットフォームOS、TIZENである。
また時を同じくして生まれたMozillaが提唱するモバイル向けのFirefox OSも、TIZENと同様に、HTML5をベースとしたアプリケーション流通環境の構築を実現しようとしている。
今年のモバイル業界の話題の中心は、この2つのHTML5ネイティブOSといって過言ではないだろう。
ただし、去年に比べて大幅に規模を拡大したFirefox OSブースに比べ、TIZEN陣営はMWCでは目立った動きはないようだ。
Firefox OSブースは常に大勢の人だかりができており、ZTE社の端末を試すにもかなり並ぶ必要があった。Firefox OSは新興国に向けたローエンド端末でも動作するのが特徴で、なんでもかんでもできるフルセットのOSであるAndroidとは一線を画している格好だ。
対してTIZEN端末に関してはSAMSUNGが試作機を発表し、NTTドコモおよびフランスのOrangeからは年内にTIZEN搭載端末が発売されることが報じられた。
世界の動きが大きくHTML5に傾いている中、NTTドコモのようにキャリアが独自のコンテンツマーケットを構築しているという点は海外のキャリアから特に注目を集めたという。
実は地域性の高いコンテンツがきちんと分類され、購入・管理できるコンテンツマーケットは世界的にも珍しい。
例えば、最近は人気のあるケータイコミックを着色して付加価値を付けて配信したりしているが、こういう発想そのものが海外のキャリアにはなく、海外でも人気の高いONE PIECE(集英社)などのマンガコンテンツのカラー版を海外にも配信してほしい、という要望が会場では寄せられたという。
また、例年MWCには日本の端末メーカーはほとんど出展していないが、NTTドコモブースに展示された日本製のスマートフォン端末のデザイン的な評価が高い。
また、今回、NTTドコモが開発した「はなして翻訳」は、MWC Awardを受賞したことでも注目を集めていた。
「はなして翻訳」は、その名の通り、音声認識と機械翻訳を組み合わせたサービスだが、ヨーロッパ圏では従来のGoogle Translateに不満が強く、現地語を正しく認識・翻訳する「はなして翻訳」はその認識精度の高さと出力される翻訳のレベルの高さが、高く評価されたようだ。
英語を母国語としない日本人だからこそ、英語を母国語としない人たちの気持ちになって日本人ならではのサービスを構築したことが評価されたというのは、実に興味深い現象だ。
また、日本企業の台頭という点ではJETROブースも見逃せない。
例年JETRO関連のブースは、非常に地味だったが、今回は場所を入り口近くに移して規模も大きくなり、派手なブースとなって来場者や現地のマスコミの注目を集めていた。
大阪を拠点とするブリリアントサービス社が開発したヘッドマウントディスプレイ用OS、Viking(バイキング)などが展示され、多いに盛り上がりを見せていた。
また、ブース以外の事情でいうと、今回、ブース出展こそしていないものの、日本の大手IT企業で実際に現場責任者を務める若手社員が数多く来場していた。実際、NTTドコモブースで説明員を勤めている日本人スタッフの多くは、現場の一線で活躍する若手の精鋭ばかりだ。国内の業務で多忙を極める中、あえて選抜されて総勢30人もの社員で随行してきているのだという。
MWC自体の知名度が日本でかなり認知され、国内大手IT企業は国際競争力を意識して若手を多数視察に送り込んだということは、実は大きな意味がある。
これまで、大手企業が海外の展示会に派遣する説明員といえば、新人の研修目的や管理職級の社員の視察目的が多く、主に組織内での重要性よりは単に英語が得意な人物が送り込まれるなどしていたという。
それが今回、かなり名の知れた大企業が大勢の日本人社員をあえて視察目的でMWCに送り込んできたということは、最初からグローバル市場を意識して製品・サービスの開発を行っていこうとしており、そのために中堅・若手社員を積極的に展示会に送り出して彼らを啓蒙・教育していこうという強い意志を感じる。
筆者もMWCはこれで足掛け5年目の参加となるが、今回のMWCでは、驚くほど数多くの日本人を見かける。今回のイベントが、ケータイ王国日本の、復活の狼煙になるか。期待して見守りたい。
著者プロフィール
清水 亮(ユビキタスエンターテインメント 代表取締役社長)
新潟県長岡市生まれ。大学在学中に米マイクロソフト社の家庭用ゲーム機戦略に関わった後、5年間のサラリーマン生活を経て独立。現在ユビキタスエンターテインメント代表取締役社長兼CEO。秋葉原リサーチセンター(ARC)を設立し、大学生を中心としたオープンソースゲームエンジン、enchant.jsプロジェクトを立ち上げる。enchant.Moonについては記事「なぜ「enchantMOON」を、どうやって作ったのか?」を参照。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.