転職する際に重視することは何か。給料、希望職種、経営者のビジョンや方針、スキルアップ支援など。しかし、いざ転職する場合に、そんなこととは関係なく、思いもよらぬことで転職を断念しなければならないことがある。そんな例を、毎回キャリアデザインセンターのキャリアコンサルタントが紹介する。
今回は、意外と知られていない、それでいて誰もが陥りやすい「金銭面」の落とし穴を紹介しましょう。
赤嶺氏(仮名)は、有名大手システムインテグレータ(SIer)に勤務するエンジニアです。SEとしてそろそろ3年、自律して考えることができ、周囲や将来についても考え始めたころでした。彼は、自分の仕事に対して「技術を追求していきたい」という希望が明確になっていました。しかし、彼の勤める会社には、そうした技術を究めるキャリアパスが見えない、という不安や不満がありました。そこで、会社に残るべきか、それとも転職して技術を追求すべきかを悩んだそうです。
そんな赤嶺氏に対して私もアドバイスする機会が何度かありました。その結果かどうか分かりませんが、彼は転職を決意し、常に新しい技術を追求しているベンチャー企業に応募し、3度にわたる面接を乗り越え、無事オファーを勝ち取ったのです。
「1カ月後に転職するよ。アドバイスありがとう」という彼のうれしそうな報告を電話で聞き、私は本当に喜びました……。
2カ月後、そろそろ新しい職場に慣れただろうかと思い、久しぶりに赤嶺氏に会うと、何やら浮かない表情をしています。すると、いきなり彼から一言。
「いや、実はさ、できなかったんだよね、転職」
一瞬、あっけにとられてしまいました。「しなかった」ではなく、「できなかった」とは? まったく意味が分からず尋ねてみると、転職できなかった理由は、何と金銭面にあったというのです。詳しい事情は次のようなものでした。
彼の家は千葉県にあり、都内からかなり遠い場所にあります。そして赤嶺氏が転職を決めたベンチャー企業の所在地は横浜市内。通勤すれば優に片道2時間以上となるため、入社前に転居する、という話になったそうです。何と赤嶺氏は、オファーが出た後でそのことに気付きました。企業も小さな組織のため、採用に慣れておらず、面接時にその点を確認することまで気が回らなかった、とのこと。こういうことは結構よくある話なのです。
不運なことに、当時の彼には一切預貯金がなかったのです。新卒で入社してまだ3年弱、退職金もそれほど出ません。しかも親に頼ることもできないという、ちょっと個人的な事情もあったそうです。やむを得ず転職先の企業にも相談したのですが、援助するような余裕はなく、八方ふさがりとなり、結局転職をあきらめたというのです。
一般に、転居に掛かる費用は家賃のおよそ7〜8カ月分といわれます。内訳としては敷金や礼金で合計4カ月分(最近では、3カ月程度の物件も増えているようですが)、最初の家賃で1カ月分、不動産会社に1カ月分、残りは運送費用や保険料、家財道具などの購入費用でしょうか。例えば7万円の部屋に住む場合、50万〜60万円程度は用意する必要があります。
しかし、赤嶺氏のように預貯金がゼロでは、当然そうした金額を突然用立てることには無理があります。日ごろから少しずつ貯蓄をし、ある程度の金額であればすぐに用意できるようにしておくべきだったのでしょうが、彼はそれまで貯蓄が重要だとは考えていなかったのです。もちろん、この件ですっかり懲り、少しずつ貯蓄し始めたそうです。
先日、苦労の末に転職先が決まった33歳の馬場氏(仮名)は、大手ベンダを退職後、職を探していましたが、3カ月たっても転職先が決まらず、困り果てて(弊社に)登録されました。大手ベンダでCRMに関するプロジェクトマネジメントを行っていた馬場さんは、早期退職制度を利用して退職し、今後は、小回りの利く小規模なパッケージ会社で自分を試したいという希望を持っていました。
退職時は、周囲の誰もが馬場氏の転職先はすぐに決まるだろうと考えていました。というのも、馬場氏は優秀な方で、元いた企業でも非常に評価が高かったためです。馬場氏本人も、まさか何カ月も求職活動が続き、失業生活が長引くとは思っていなかったようです。そのため、会社を退社するに当たっても、何も準備せずに退職に踏み切ってしまったのです。
転職活動のネックになったのは、馬場氏の希望年収でした。前職の大手ベンダでは1000万円を超える年収だったため、「最低でも年収1000万円」という希望を3カ月間主張し続けました。しかし、大手はいざ知らず、彼が希望するベンチャー企業では、いくら優秀な人であっても、そう簡単に年収1000万円と書いたオファーレターを提示する企業は現れません。そうこうしているうちに、離職期間がとうとう3カ月を超えたのです。
とはいえ、馬場氏は早期退職で上乗せされた退職金を支給され、それまでの貯蓄もあったでしょう。しかし、馬場氏には家族がいて、子どもの教育費、住宅や自動車のローンなど、いや応なしに毎月多額の支出があったようです。さらに馬場氏は、転職先もすぐに決まるだろうと楽観視していたため、年収1000万円を優に超えていた賃金を前提とした生活を続け、切り詰めなかったため、3カ月も過ぎると生活費に当てるための貯蓄もほとんどなくなっていたのです。馬場氏はそれで切羽詰まり、当社に登録しにきたのです。そのときの馬場氏は、不安とプレッシャーに押しつぶされそうになっていました……。
馬場氏のようなケースはめったにありませんが、「思いもよらず離職する」のは珍しいことではありません。例えば、転職後すぐに転職先企業で人間関係などでトラブルが生じ、退職を余儀なくされるケースなどは十分にあり得ることなのです。
つまり、転職は、先行きを軽視して、準備もなく退職することは絶対に避けるべきだということです。退職をするのであれば、きちんとした金銭的準備ができた段階で踏み切らないと、後々に最低限の生活をも脅かし、焦って転職先を見つけなければならない、という状況に追い込まれ、今後のキャリアのためにならない、また満足できない転職結果になりかねません。
一般的に、離職期間を見据えた際に必要となる貯蓄額は月額給与の6カ月分といわれます。これは転職活動にかかる期間が、長くて6カ月くらいという想定からです。
しかし、「失業(雇用)保険があるから大丈夫でしょう?」という人もいますが、それはそれで注意が必要です。ご存じのとおり、自己都合による退職では、「失業してから3カ月と7日」経過しないと失業認定されません。さらに失業が認定され、その後の手続きなどを経て実際に失業給付金が支給される日までを考えると、最低でも4カ月分ほどの貯蓄がないと危険です。月収20万円の方でも80万円程度の貯蓄が必要です。
転職活動はこの一言に尽きます。転職はリスクを伴うことを十分理解し、先読みをして貯蓄など事前にできる準備はしておきましょう。
ちなみに馬場氏が弊社にご登録いただいた際、希望年収を下げることを何とか受諾していただき、登録した翌月には希望どおりの企業への転職が決まり、現在は新天地で大変な活躍をされているそうです。
転職活動にかかる細かな費用・転職後の金銭的リスクも考慮に入れておきましょう。
勤続年数や退職前の月次給与額などによって、失業給付金額には個人差が生じるので、ご自分の状況に合わせて計算してください。
(1)失業給付金がもらえる期間(所定給付日数)を調べましょう。これは、退職が会社都合か自己都合かによって大きく分かれます(表1-1、表1−2)。
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表1-1 特定受給資格者の場合における失業給付金が支給される所定給付日数。特定受給資格者とは、倒産、解雇などにより再就職の準備をする時間的余裕がなく離職を余儀なくされた人をいう |
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表2-2 特定受給者以外の場合における失業給付金が支給される所定給付日数。特定受給者以外とは、定年退職者や自分の意思で離職した人をいう |
(2)「退職前の1日当たりの賃金(賃金日額)」を調べましょう。これは、退職前までの生活水準を測る基準となります。こちらの算出方法は退職による違いはなく、全員同じです。
賃金日額=離職した日からさかのぼって6カ月間の賃金÷180日
※奨励金(インセンティブ)やお祝い金などのイレギュラーな給付金は対象になりません。
※賃金日額は、支払い額の上限・下限が決まっています。次の表を参考にしてください。
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表2 表は賃金日額の上限。下限は、計算した額が4210円以下の場合、4210円が賃金日額とされる。なお、上限額と下限額は毎年8月1日に更新される |
(3)離職時点における年齢に応じて、雇用保険で1日当たりいくらもらえるのか(基本手当日額)を計算します。次の表を参照のうえ、計算してみてください。
(4)最後に合計でいくら支給されるかを次の算出方法で計算しましょう。
算出方法=(3)で出した基本手当日額×(1)で出した所定給付日数
鈴木敦子
青山学院大学教育学科を卒業後、キャリアデザインセンターへ入社。転職誌『type』の広告営業、人材紹介営業を経てマーケティング課へ異動、現在に至る。中途採用人材による企業の活性化を願い、転職希望者の心理を考え続ける日々を送っている。
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