ITエンジニアの世界でも、中途採用を積極的に行う企業が増え、以前に比べて転職が容易になっている。その一方で転職した後に、「転職に失敗した」といって人材紹介会社に駆け込むITエンジニアが急増中だ。失敗しないためにできることは何か。パソナキャリアの人材コンサルタントがそんな疑問に答えよう。
転職は、人生においてかなりのインパクトを与える重要な出来事です。転職によって、収入やライフスタイルなど、仕事内容以外に影響を受ける事柄はたくさんあります。転職活動の中で考えること、悩むこともいろいろあります。転職すべきか、いつ転職すべきか、どの職種に進むべきか、どの会社を選ぶべきか……。
転職に関する情報は十分すぎるほど流通しているため、最終的にどの情報を選択すればいいのか、迷ってしまう人がほとんどでしょう。そんなとき、自分の状況や性格を知っている人に、意見を求めたいと思う人も多いのではないのでしょうか。今回は、知人に相談したために、転職に失敗したKさんとHさんの例をご紹介しましょう。
Kさん(29歳)は、大学院で情報システムなどを学び、卒業後、大手システムインテグレータ(SIer)に就職しました。大学院での専門知識だったこと、大学時代からアルバイトとしてシステム構築にかかわった経験もあり、会社からは新卒とはいえ即戦力として期待され、実際配属直後から活躍していました。
大学院の研究室時代の仲間や、アルバイト時代の知り合いの多くもIT業界に進んだこともあり、Kさんには新卒時代から多くのITエンジニアの知り合いがいます。
入社から5年ほどたったとき、Kさんはそろそろ転職をしようかと考えるようになりました。そこで、友人に転職の相談をすることにしました。
その相談で、さまざまな会社のうわさを聞くことができました。「A社と仕事を一緒にしたんだけど、エンジニアはイマイチだった」「B社に中途入社した知り合いがいるけど、面接は露骨な圧迫面接だったらしい」「C社は、辞める人が多いらしい」などなど。
そんな話を聞いた後、以前から優秀なITエンジニアだと尊敬していた先輩に会う機会がありました。先輩にも転職のことを相談しました。すると先輩から、思ってもいなかった次のような誘いを受けたのです。
「実は、自分が働いている会社はベンチャーなんだけど、いいエンジニアを探しているんだよ。Kさん、興味ない?」
Kさんは、優秀だった先輩の誘いにかなり心を動かされました。興味があると話すと、さっそく会社との面接の手はずを整えてくれました。とはいっても、先輩はすぐに面接しようなんてことはいいません。Kさんには、「都合が良いときに連絡してくれればいいよ」といってくれたのです。
そんな配慮に感謝し、Kさんは後日先輩に連絡し、先輩の働く会社の社長も含めた役員との面接を行うことになりました。面接当日も先輩が出迎えてくれ、面接もアットホームな雰囲気で進みました。役員も優秀なITエンジニアという感じで、その点もKさんはかなり気に入りました。
「年収については、いまの会社の50万円プラスくらい出すよ」と社長のひと言。そんなこともあり、先輩の会社に入社することにしました。
そしてそのベンチャー企業に入社したのですが、想像以上に仕事が忙しいことが分かりました。年収が50万円アップするなら、多少の残業も仕方ないと思っていましたが、残業は増え続けるのに対して、年収はまったく上がる気配はありません。先輩の紹介だっただけに、遠慮もあって待遇面の要望を話すことはありませんでしたし、会社の待遇の実態がどうかもあまり聞いていませんでした。
これでは体がもたないと、Kさんは転職を考えるようになり、ある人材紹介会社に相談に行きました。もちろん、先輩には話していません。転職するとなれば、先輩との仲がどうなるか分かりません。最終的には業務が忙しすぎて、転職活動を中止することになりました。結局いまもKさんは何となく納得できないまま仕事を続けています。
Hさん(26歳)は、システムハウスに勤務しています。その会社が扱うプロジェクトは、すでに仕様が決まっていて、コーディングがメインというものが多いのです。もちろんHさんが担当するプロジェクトもコーディング作業が中心で、ユーザーと打ち合わせることはありません。
もともとHさんは、ユーザーの喜ぶことがしたいという動機でIT業界に就職したので、ユーザーとの接点がないことに不満でした。そこで、もっと上流工程を担当でき、ユーザーと折衝できるような会社に転職したいと思うようになったのです。
転職について考えていると、同僚などとの飲み会で、こんなことが自然と口に出てきます。
「うちの会社は○○だから駄目なんだよ」
「この会社にずっといると、ITエンジニアとしてスキルを磨けないよな」
この言葉を聞いたHさんの同僚は、何となくモチベーションが下がり、嫌な気分になりました。また、Hさんの愚痴を聞いて「Hさんのようにはなりたくない」と思った同僚もいるようです。
あるとき、Hさんは会社の先輩に転職を考えていることを打ち明け、相談に乗ってもらったのです。
そんなことがあった数カ月後、会社が新しいプロジェクトを受注しました。何と上流工程からかかわれるチャンスのある魅力的なものです。この案件ならばHさんも希望がかなうとやる気満々でしたが、プロジェクトにアサインされなかったのです。
もしかしたら先輩に相談したことが、会社の経営層に伝わり、プロジェクトのアサインに影響を与えたのかもしれませんが、本当のところは分かりません。
実はHさん、先輩に相談した後に転職サイトに登録していたのです。しかもその事実を、会社の同僚などにも何気なく吹聴していたのです。そんなことまで話していたHさんですが、せいぜい転職サイトで案件を見ながらこっちがいいか、あっちがいいかと見ているだけで、実際に転職のための行動はしていませんでした。もちろん職務経歴書や履歴書を準備することなどもまったくしていませんでした。
しかし、Hさんがためらっている間に、同僚が1人、2人と、転職していったのです。どうやら同僚も、会社の方向性、プロジェクトの進め方などに不満や不安があったようなのです。しかし同僚は転職について何もいっていなかったので、彼らが転職するとはHさんは考えていませんでした。
その後も何人か転職したため、会社側もこのままではまずいと気付き、退職の引き留めを厳しくしたようです。Hさんはその事実を、転職した元同僚から教えてもらったのです。「会社が転職を警戒しているらしいよ」と。
そうこうしているうちに、Hさんと同期のメンバーは2、3人だけとなっていたのです。そんな状況になっても(そういう状況だからこそでしょうか)、Hさんの仕事内容は転職を考え始めたころと変わりません。コーディング中心の作業ばかりです。上流工程からかかわれて、ユーザーとの接点ができそうな案件も、その後の受注は皆無で、まったく縁がありません。Hさんは「いつかは転職しないと」と、いまも考えています。まだ行動に移していませんが……。
Kさんの例のように、知人(今回の場合は先輩)に転職相談をしたところ、その相談相手から「一緒に働こう」と誘われるケースは多いと思います。積極的に中途採用を行うIT業界では、紹介した知人が入社したら奨励金を社員に与える会社もあるそうです。
もちろん、知人がいると仕事がしやすい、イメージしやすいなどのメリットがありますが、福利厚生や条件についてあまり確認せずに入社を決めると、失敗するケースも少なくありません。
会社を判断するに当たって、知人からの情報やイメージが先行してしまうため、客観的なデータなどによる比較ができないこともあるようです。知人から紹介された会社だからこそ、条件や会社の判断を冷静に行う必要があるのです。
また、Hさんのように会社の同僚・先輩に、転職に関する相談をしてしまうのは考え物です。転職の相談をされた相手は、結果として、いまいる環境のネガティブな意見を聞かなくてはなりません。改善するために問題を話すのではなく、転職するつもりで愚痴をいうだけでは、周囲に悪影響を与えているのは間違いありません。
いつのまにか情報がもれてしまい、退職を考えている社員として人事に影響を与えてしまうケースもあります。
価値観が似ていて身近な相談相手は、職場の仲間くらいだという人は多いかもしれませんが、転職に限っては、職場の仲間に安易に相談するのではなく、慎重に相手を選ぶべきです。
ただし、転職に関する相談相手のイメージが思い浮かばなければ、まずは気軽にコンサルタントに相談してみてはいかがでしょうか。
転職カウンセリング、転職支援を行う中で、よくITエンジニアからいわれるのが、「良い相談相手ができてよかった」という言葉です。
それにIT業界では、応募要件をはじめ、転職に関する情報はかなりの速さで変化していきます。多くのITエンジニアの転職をサポートする中で、「半年くらい前であれば、T社は○○な人は採用していなかったのに、いまは採用している」といった情報が乱れ飛びます。ですから知人から情報を得たとしても、もしかしたらそれはもう古い情報かもしれません。転職コンサルタントなら、常に最新の情報を持っているのです。
古井玲名
大学でWebデザインを専攻。在学中にインターンシップでデザインの実務を経験する。大学卒業後、SIerにて約3年間Web系のシステムエンジニア(SE)として開発業務に従事。主にJ2EEアプリケーションの開発とITエンジニアへの教育・育成業務を経て、人材紹介業界へ転職。現在ITエンジニアやデザイナー、営業などを中心に、IT業界出身者への転職サポートを行っている。
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