ITエンジニアの世界でも、中途採用を積極的に行う企業が増え、以前に比べて転職が容易になっている。その一方で転職した後に、「転職に失敗した」といって人材紹介会社に駆け込むITエンジニアが急増中だ。失敗しないためにできることは何か。パソナキャリアの人材コンサルタントがそんな疑問に答えよう。
皆さんが転職を考えたきっかけは何でしたでしょうか。「現在の職場では新たな技術にチャレンジできないから」「自分の力を十分に発揮できると思うプロジェクトにアサインされないから」といった技術寄りの理由の場合もあれば、「上司とけんか(議論)して決裂したから」といった人間関係が理由となる場合もあるでしょう。
弊社にご登録いただいた方に行っているエンジニア向けのアンケート結果によると、「転職を考えた理由(≒転職理由)」の上位に連ねたのは、次のような回答でした。
1位 スキルアップが図れないため
2位 現在の仕事内容が自分に合っていないため
3位 収入アップが図れないため
一方、「転職に際して重視するポイントは?」の回答で上位を占めたのは、次のとおりです。
1位 職種・仕事内容
2位 やりがい・面白さ
3位 給与・賃金
この2つを見比べた限りでは、転職理由と転職に際して重視するポイント(優先順位)は、うまく整合性が取れているように思えます。
しかし、実際にはスキルアップが図れないために転職活動を始めた方が、転職する際に最も重視するポイントとして、3位の給与・賃金を挙げる場合もあります。このように個別に見ていくと、転職理由と転職する際に重視するポイントの優先順位とが、必ずしも対応しているとは限らないのです。
このように両者の回答が異なるのは、なぜでしょうか。
多くの人は、最初に転職する理由を考えたうえで転職活動を起こすものでしょう。そして転職活動をしていく中で、「転職に際して重視することは何ですか」と聞かれたら、転職理由がそのまま重視すること、ということも多いでしょう。
でも、そうとはいえない人もいるでしょう。転職に際して重視することに、家族の反対などが影響を与えることもあるでしょう。またはいまの年収よりも良くなるのであれば、という条件を、転職の前提として重視する人もいるでしょう。
つまり、転職理由と転職で重視するポイントとがずれるのは、どちらを優先するか、その優先順位の問題に還元されるのではないでしょうか。
そこで今回は、上で述べたような、現職ではスキルアップが図れないと判断して転職を考えたが、転職するに際して重視するポイント(給与)とがずれてしまった事例を紹介しましょう。現職で新たな技術を身に付けることが困難だと判断し、転職して新たな技術を身に付けようとしたインフラ系のサーバエンジニアの高橋さん(仮名、28歳)です。
先日お会いした高橋さんは、某有名私立大学の経済学部の在学中に、自宅でWebサーバを構築し、さらにサーバ上で、さまざまなサービスを実装したりするなど、ITの技術に慣れ親しみ、精通していました。
卒業後もその技術を生かして、Web系のシステムインテグレーションに強みを持つ独立系のシステムインテグレータ(SIer)に就職しました。
入社後は、Windowsのサーバエンジニアとして5年間ほど活躍。しかしあるとき、同社ではこれ以上テクニカルスキルをアップさせることは難しいと判断するようになりました。こうなると転職したいと考えるようなるまでに、そんなに時間はかかりません。弊社に相談に来られたのは、そんなときでした。
高橋さんの職務経歴書には、Windows Serverを用いた基幹系システムのインフラ構築プロジェクトが多数記載されていました。
プロジェクトの内容は、運用保守から設計構築までさまざまあり、最近の案件では要件定義フェイズからプロジェクトに参画することが多くなっているようです。マイクロソフトの認定資格であるMCP(Microsoft Certified Program)のうち、MCSEを取得されており、経験とともに知識もしっかりお持ちの方とお見受けしました。
そんな高橋さんから伺った転職理由が、上でも触れたように、「テクニカルスキルをアップさせたい」とのこと。特に、「Linuxの経験が積みたい」というのです。
テクニカルスキルのアップには、「これまではWindows Serverの設計を行ってきたので、次はLinux Serverの設計を行いたい」というスキルの幅を広げるパターンと、「Windows Serverの構築を3年経験したので、次は設計に携わりたい」「Windows 2000 Serverの設計構築を経験したので、今後はWindows Server 2003の経験を積みたい」というような、特定スキルを深めるパターンとに分かれます。
「浅く広く」と「深く狭く」、どちらの方向も間違ってはいません。ただしテクニカルスキルのアップのために転職する際は、どちらの方向に向かうかにより、提示される収入は変わる可能性があります。
採用する側(=企業)は、前者(先ほどの例でいうと、WindowsからLinux)では、これまでの経験を考慮しつつも、新たなことにチャレンジする意欲を評価して採用することが多いと思います。
そのため、スキルによっては、今後のパフォーマンスが予測しにくいことがあります。そんな場合、どうしても現在の年収に近い提示をしますが、実績が出たらアップしましょうと約束するケースが多いようです。
後者の場合は、これまでの経験から今後のパフォーマンスを予測しやすく、現在の年収よりも高めの提示を行いやすくなるようです。
これまで一貫してWindowsのスキルを身に付けてきた高橋さんが、Linuxのスキルを身に付けたいと考えた理由は何でしょうか。
その点を伺ったところ、将来大規模なWebシステムのインフラ構築を手掛けたいと考えており、そのためにはLinuxの経験が必須と考えているとのことでした。
そこへ至るまでの道の第一歩として、Linux関連のメーリングリストに参加したり、LPIC(LPI認定試験)の勉強をするなど、自己研さんも行っているそうです。
そこで私は高橋さんの考えを受けて、Linuxのサーバエンジニアとして従事できる企業をいくつか紹介しました。高橋さんも各社の事業内容や職務内容から興味を持たれ、そのすべてに応募することにしました。
選考では、高橋さんにLinuxの実務経験はないものの、サーバ設計などの上流フェイズの経験、またLinuxに対しての思いや自己研さんを行っている姿勢が高く評価されました。その結果、各社から内定の連絡が届きました。
内定が届いた会社のうち、特に高橋さんが転職を希望したいと考えた2社に絞って、最終面接に挑むことにしました。
1社はIT業界でも非常に有名なインフラ系SIerのL社で、Linuxエンジニアです。もう1社は、最近上場を果たした自社サービスを提供するインターネット企業M社で、自社サービスの基盤構築エンジニアです。
現在の年収480万円の高橋さんに対して、L社が500万円、M社が550万円を提示しました。どちらも現在の年収を上回る提示です。特にM社は、自社サービスのすべてをLinux環境で構築しているうえ、システムも大規模であるため、高橋さんの志向にぴったりです。しかもオファーされた金額も申し分がありません。高橋さんも、M社にほぼ決めようとしていました。
その状況をL社に伝えたところ、最後にもう一度高橋さんにお会いしたいということだったので、高橋さんに了承してもらい、再度話をする機会を設けました。
その場でL社から次のような提案がありました。「大規模なWindowsのインフラ構築プロジェクトがスタートする予定であるが、メンバーが不足している。申し訳ないが、入社当初はそのプロジェクトでWindowsエンジニアとして頑張ってもらいたい。その代わりに年収600万円のオファーを出す。またそのプロジェクト終了後は、希望どおりLinuxのプロジェクトにアサインする」というものでした。
私は当然、最初からLinuxに携われない仕事では、転職理由を満たすことができないため、高橋さんが断ると思っていたのですが、高橋さんはそこまでいってくれて、かつ提示された600万円というオファー額に満足して、その場でL社の内定を承諾してしまったのです。
結局、L社は約束を違え、その後も高橋さんをWindows系のプロジェクトにアサインしたのです。高橋さんのLinuxへの思いはL社には通じなかったようです。やっぱりLinuxに携わりたい、その気持ちを抑えきれなかった高橋さんから、再度転職活動を開始したいという連絡を受けたのは、それからまもなくのことでした。
転職理由と転職に際して重視するポイントがずれたと感じたとき、優先順位がぐらついたなと感じたときは、そこで冷静になってほしいのです。
転職を考えるようになった経緯から、再度冷静に考えてみることをお勧めします。なぜなら、最初にきちんとした自分のスキルとキャリアの棚卸しができていなかったことがぐらつきの原因、ということもよくあるからです。転職理由と転職するに際して優先するもの、簡単なようで奥深いものですね。
焦らず、再度自己分析をきっちりと!
田中大介
某SIerにて営業、プリセールス、システムエンジニアと幅広い業務を経験。その後、人材紹介会社でIT業界を中心とした中途採用のコンサルティング営業を行った後、パソナキャリアでITエンジニアの方を中心に転職サポートを行っている。
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