ITエンジニアの世界でも、中途採用を積極的に行う企業が増え、以前に比べて転職が容易になっている。その一方で転職した後に、「転職に失敗した」といって人材紹介会社に駆け込むITエンジニアが急増中だ。失敗しないためにできることは何か。パソナキャリアの人材コンサルタントがそんな疑問に答えよう。
転職活動は、経験された方は分かると思いますが、意外と時間がかかるものです。自分のキャリアの方向性などの決定、応募する企業の選定、応募書類の作成、面接準備など、実にこまごまと決めること、すべきことがあります。
もちろん、時間がないというITエンジニアのために、キャリアアドバイザーも精いっぱい支援しますが、転職するのは本人です。その本人が前向きに、時間をかけようと努力しないと、転職活動もなかなか進まなくなることもあるのです。
時間をかけるべきときに時間をかけずにいると、時にひどいしっぺ返しが待っていることがあるのです。今回は、そんな事例を紹介したいと思います。
山口さん(仮名、33歳)は私立大学の経済学部を卒業後、準大手の独立系システムインテグレータ(SIer)のC社に入社しました。学生時代はITとまったく無縁でしたが、インターネットが普及していくのを目の当たりにして、今後IT業界が伸びると判断して、IT業界への就職に狙いを定めたそうです。
IT業界をあまり知らない山口さんがC社に入社を決めた最大の理由は、社内の雰囲気でした。選考中、何度か社員の方とお話をすることがありました。その際に、陽気な自分の性格と合っていると感じたのです。
実際に入社した後のC社について、「アットホームという感じではないが風通しは良く、若い人にもチャンスがあり、やる気がある人には最高の環境」と感じたとのことでした。
配属先は、金融系のシステム開発を担当する事業部でした。初めての仕事で、大手証券会社のシステム保守にアサインされたとのことです。
その後、社内公募などを利用し、積極的に新しいことにチャレンジしてきました。現在ではインターネット証券会社のシステムの再構築プロジェクトのリーダーを担当するまでになりました。
仕事、会社、収入に問題はなく、順風満帆に思える山口さんです。唯一の問題は勤務時間でした。
山口さんが弊社にお越しになったのは、何と平日の夜22時過ぎ。山口さんは相当疲れている様子です。「こんなに遅い時間でなくても、土曜日でもカウンセリングは可能ですよ」というと、「土曜日は休めません。休めてもいつ呼び出しがあるか分からないため、空けておきたい」とのことでした。この言葉だけからも、現在の忙しさの一端をうかがい知ることができました。
時刻はそろそろ23時を回っていましたが、せっかく来られたのだからと、山口さんの現状を把握すべくカウンセリングを開始しました。
その結果、忙しい理由として山口さんが挙げたのは、(1)「C社はOJT中心で人材育成をしてきたため、体系的なプロジェクトマネジメントを習得してきておらず、現状では大規模な案件を推進することが難しい」、(2)「会社が抱える大規模プロジェクトが増えているが、ほとんどのプロジェクトが遅延している。そのため、1〜2年前からは、ほとんどの中堅社員がその対応に追われている」、(3)「これらの影響で、自分のプロジェクトは若手メンバーばかりになってしまっている」とのことでした。
さらにこうした問題が、山口さんの勤務時間にも影響を与えていたのです。山口さんの毎月の勤務時間は、平均300時間弱。
そんな状況でも、山口さんは1年前にPMP(Project Management Professional)の資格を取得していました。しかしこのような状況では、どれだけうまくプロジェクトのマネジメントをしたとしても、プロジェクトの課題すべてを解決することは難しく、環境を変えるためにも転職したいとのことでした。
山口さんの希望する条件は、「勤務時間を200時間前後に抑えたい」だけでした。それだけでは、いまの会社からの脱出だけが転職の唯一の目的になってしまうため、山口さんと話し合い、最終的に「収入は現状を維持」ということと、「これまでの豊富な経験を生かせる金融系のシステムに携わりたい」という2条件を加えました。
この結果、金融系のシステム子会社F社、インターネット証券M社の社内SE、金融系パッケージベンダI社、プロジェクトマネジメント力に定評のある独立系SIerのT社、計4つの求人をご紹介しました。山口さんはすべてに興味を持たれ、すべての企業に応募することになりました。
これまでの経験や保有しているPMP資格が評価され、書類選考はすべて通過し、面接へと進むことになりました。
実は山口さん、すべての企業で書類が通過するとは思っていなかったため、限りのある日程ですべての面接に挑むのは無理だと判断し、最も転職したいF社の面接の日程だけ優先して調整しました。
F社の面接日は、書類通過の連絡から3週間後のこと。しかし山口さんの業務で、突発的な問題が発生するなどして、F社のすべての選考が終わったのは、書類通過の連絡から優に2カ月以上たったころでした。
これでは当然、ほかの企業での選考は一切進みません。しかし、結局それが山口さんには幸運でした。第一志望のF社が山口さんを高く評価してくれたため、内定を得ることができたからです。年収も150万円ほどのアップで、待遇面、職務内容にも問題はありません。
山口さんも当然、すぐにでも内定承諾の連絡をしたいとのことでした。
ここで私は、山口さんに2点提案させていただきました。
(1)後学のためにも、ほかの企業の面接にも行ってみること
(2)入社を決める前に、F社の社員の方と話す機会を設けること
こうした提案を私がした理由を説明しましょう。転職先を決めた後、ほかの企業も応募しておけば、ほかの企業の様子も見た方がよかったというのは、よく聞くことです。そういう思いをする可能性を減らすためにも、ほかの企業の面接も受けてみた方がいいのではないかと提案したのです。
内定後でもいいのですが、実際の職場の先輩や同僚となる人とお会いすることで、本当のその企業の雰囲気や仕事の進め方などを把握することができます。こうすることで、入社後にこんな企業とは思わなかった、といったイメージを持つ可能性を減らすことができます。そこで「F社の社員の方と話す機会を設けます」と提案したのです。
しかし山口さん、忙しくて時間がないので、どちらの提案も却下されたのです。特に(2)については、本人も面接を担当された方がお堅い雰囲気で心配だったそうですが、これ以上自分のプロジェクトに影響を与えたくないという配慮が先にきてしまったのです。そして、山口さんはF社への入社を決められました。
F社に入社して一番喜んだのは、山口さんの家族でした。以前ほど残業もなく、子どもと遊ぶ時間もできました。
しかし問題は、仕事の方です。確かに残業は大幅に減ったのですが、仕事の面白みも大幅に減ってしまったのです。
仕事はすべて上からの指示に従うだけで、以前のように自分から意見を出したり、さまざまな提案して工夫して仕事を進めようとすると、「余計なことはするな」といわれるのです。そんなこんなで、仕事への張り合いがなくなって困るとのことです。山口さん、今回の転職は失敗だと感じているようですが、家族などのため、もう少し様子を見られるとのことです。
忙しいのは重々承知しているのですが、転職の主人公はあなたです。そのあなたが「忙しいので、もうしばらく待ってください」といってばかりでは、転職の運に見放されてしまうこともあるのです。やはり転職は人生のターニングポイント。1つのプロジェクトのプロジェクトマネージャとして、この転職活動をやり遂げてください。その先にこそ、明るい将来があなたを待っているはずです。
佐田浩一
銀行系のシステムエンジニアを経験(主に上流工程における設計業務を担当)後、パソナ(現パソナキャリア)の人材紹介事業部門に入社。以来、企業担当とキャリアアドバイザーとして登録者担当との両方の立場を経験し、IT業界から消費財・製造業界など幅広い業界の転職サポートを行っている。
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