エンジニアの皆さんの中には、開発手法やプログラミング言語などのスキルに強いこだわりを持っていらっしゃる方が多いと思います。筆者も、かつてそうでした。
もちろん、スキルにこだわることはとても大切なことです。しかし、こだわるあまり、顧客が望んでいないものを提供してはいないでしょうか。良かれと思って発揮したスキルが、評価を落とす原因になっていないでしょうか。
ここで、筆者が失敗した事例を紹介しましょう。
筆者はエンジニアだったころ、設計の開発手法からプログラミングに至るまで、スキルにこだわっていたタイプでした。オブジェクト指向の設計思想やプログラミング言語が好きで、「設計はUMLで行うべきだ」「プログラミング言語はJavaじゃなきゃね」と考え、それ以外は受け入れないようなこだわりを持っていたのです。プログラムの作り方もそうでした。「この方がシンプルで美しい」など、自分が正しいと思うことを中心に、システム開発をしていました。
そんな折、顧客からいわれたことがありました。
「わたしたちが求めているのは、高度な開発手法やプログラミングスキルではありません。安定して稼働するシステムなのです」
もちろん、安定して稼働するシステムには、高度なスキルが必要です。とはいえ、スキルにこだわっていたかつての自分を振り返ってみると、「必要以上にスキルにこだわっていたな」と思います。
こだわりによって高いスキルが身に付き、上司や顧客から評価されたのは確かです。しかし、必要以上にこだわることで、それ以外は受け入れない、かたくななエンジニアだったような気がします。
「こだわり」とは、良い意味で使えば「物事に真剣である」ということですが、悪い意味で使えば「執着している」ということです。「こだわる」という意味を辞書で調べてみると、「ちょっとしたことを必要以上に気にする」「気持ちがとらわれる」というような意味がありました。
「顧客が求めているのは、高度な開発思想でもなければ、プログラミング言語でもない。顧客が困っていることが解決できて、本当に望んでいることが実現できること。それが実現できるのなら、手段は何でもいい」
当時の自分を振り返りながら、いまはそんなふうに考えています。
もし、工務店のWebサイトを作った人も、デザインの「美しさ」へのこだわりではなく、社長がホームページに求めていた「温かさ」「売り上げにつながること」に意識を傾けることができたなら、きっと評価につながっていたことでしょう。
以前はスキルにこだわり過ぎていた筆者ですが、こだわりを少しずつ別の方向へ変えることで、仕事がうまくいくようになりました。象徴的な体験をご紹介します。
筆者は現在、人材育成のコンサルティングやビジネスコーチングを中心に活動していますが、最初はエンジニアとして起業しました。すぐに仕事があるわけではなかったので、サラリーマン時代にお世話になっていた会社の仕事を継続しながら、いつかは、自分の力で顧客と出会えるようになりたいと思っていました。
起業した当初は、「いかに自分が高いスキルを持っているのか」ということをアピールすることに必死でした。これまで経験してきた職務経歴やスキルをWebサイトに書いたり、ITコンサルタント系の資格を取って名刺を作り、異業種交流会に参加して配ったりしました。けれども悲しいことに、自力で顧客とのつながりを持つことがまったくできませんでした。
同時期、プロジェクトをまとめる仕事を任されました。エンジニアとしてのスキルから、スタッフのマネジメントへと意識を傾けなければならなくなり、コーチングや心理学の勉強を始めました。併せて、成果を出している経営者やコンサルタントの本から情報を得るようにしました。
筆者はそれまで、「いかに自分が高いスキルを持っているのか」ということをアピールすることに必死でした。それが成果を生むのだと信じていました。けれども、成果を出している経営者やコンサルタントの視点は、わたしのそれまでの視点とは異なっていました。
「顧客がどんなことに困り、何を求めているのか。どんなものを手にしたら、顧客がハッピーになるか。それらを考え、顧客の欲求を満たすこと」
このように書いてしまうと当たり前のことと思われるかもしれませんが、成果を出している方々は自分の欲求を満たすことではなく、顧客の欲求を満たすことに目を向けていたのです。
以前は、自分のスキルを高めることがこだわりでした。しかし最近はそれが薄らぎ、顧客の欲求を満たすには何が必要なのかを考えるようになりました。そこでスキルが足りなければ、新たなスキルを身に付けることに喜びを感じます。
まだまだ勉強中で、自分でいうのはおこがましいですが、こうして視点が「自分」から「顧客」へと変わっていくにつれて、少しずつ顧客と出会えるようになり、評価をいただけるようになってきました。
今回は、「こだわり」と「評価」についてのお話でした。
大工や料理人など、自分の仕事にこだわりを持った職人かたぎの人はたくさんいます。エンジニアの中にも「職人のように」や「いぶし銀のように」という表現を使う人がいらっしゃいますね。
大工がいくらこだわりを持って作った家具でも、デザインがいまひとつで、顧客が欲しいと思うものでなければ趣味と同じです。料理人がいくら素材にこだわり、「この料理は最高だ」と思っても、顧客が食べて「おいしい」といってくれなければ、三流の料理人です。
今回のお話を読んで、
と思われる人もいるかもしれませんね。
もちろん、「顧客の要求に何が何でも従え」ということをいいたいわけではありません。けれども、顧客から信頼を得るためには、自分のスキルをアピールする前に、
という方が近道です。
「この人は、わたしたちが困っていることを理解し、解決してくれる」――このような信頼が得られれば、エンジニア側から主導していくことも可能になるでしょう。
皆さんには、以前の筆者のように、こだわりが仇(あだ)となって評価を落とすような失敗をしないでほしいと思います。そして、仕事へのこだわりを通じて、顧客が望んでいることに応え、評価につながることを願っています。
竹内義晴
テイクウェーブ代表。ビジネスコーチ、人財育成コンサルタント。自動車メーカー勤務、ソフトウェア開発エンジニア、同管理職を経て、現職。エンジニア時代に仕事の過大なプレッシャーを受け、仕事や自分の在り方を模索し始める。管理職となり、自分がつらかった経験から「どうしたら、ワクワク働ける職場がつくれるのか?」と悩んだ末、コーチングや心理学を学ぶ。ちょっとした会話の工夫によって、周りの仲間が明るくなり、自分自身も変わっていくことを実感。その体験を基に、Webや新聞などで幅広い執筆活動を行っている。ITmedia オルタナティブ・ブログの「竹内義晴の、しごとのみらい」で、組織づくりやコミュニケーション、個人のライフワークについて執筆中。著書に『「職場がツライ」を変える会話のチカラ』がある。Twitterのアカウントは「@takewave」。
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