――クレイトン・クリステンセンは著書『イノベーションのジレンマ』で、組織の能力は3つの要因によって決まると書いています。
「ソフトウェアで世界をつなぐ」「世界で通用する」という目標を担う最大の資源である“人=エンジニア”について、平野さんはどうお考えでしょうか。
平野氏:インフォテリアはソフトウェア開発オンリー、仕入れがまったくありませんから、人こそが価値の源泉です。外部のエンジニアについても、会社とではなく、個人のエンジニアと契約しています。これは会社の信用と契約するのではなく、個人の能力を見極めて仕事をしたいと考えているためです。
日本人エンジニアで多いのは「言われたことはしっかりやる人」です。このような「受託企業体質」では、良いものを作り出すことはできません。
エンジニアを雇う際は、技術力や言語はもちろんのこと、「自分で考える力」を重視します。
これからは、エンジニアはどんどん「個人の時代」になっていくと考えています。人月計算だけでは、エンジニアとしての腕はまったく分かりません。ですから、「この人は腕のあるエンジニアだ」という人を見極めて、その個人と契約します。
日本では「会社の方が信用度が高い」という風潮があります。実際、インフォテリアの上場時に「なぜ会社との契約ではなく、個人のエンジニアとの契約なのか」と不審がられました。しかし、私は経営者として、「腕のあるエンジニアと会社がきちんと契約する」ということを実行していかなければならないと考えています。
―――個人エンジニアは、どのようにして探しているのですか。
平野氏:私個人が持つネットワークに加えて、Web上で探すことが多いです。具体的に言えば、OSSコミュニティで実績がある人や、個人プロダクトを出している人ですね。
特に、海外でエンジニアを探す際には、Webを大いに活用します。海外で通用する製品を開発するポイントは、「開発段階からエンジニアに日本人以外を入れる」ことです。先ほども言ったように、“翻訳”では駄目なのです。考え方そのものからプロダクトに取り込むことが大切です。
―――なるほど。エンジニアのアウトプットを見るわけですね。ところで外国籍エンジニアのお話が出てきましたが、日本企業が国内外で外国人社員を雇用するに当たって、ダイバシティの観点からすると3つの考え方があります。
1つ目は法律に違反しないように同等に扱うという「同化」。2つ目は出身国に応じ、言語やその市場をよく知っている点を活用するという「分離」。3つ目は、コア業務やプロセスの中に外国人を取り入れる「統合」。インフォテリアの場合は、コア(中核)業務とそのプロセスに海外のエンジニアを取り込むことによってプロダクトを強化する「統合」を行っているということですね。大変、興味深いです。
―――最後に、日本人エンジニアにもっと必要なスキルなどがあれば、教えてください。
平野氏:「世界に通用する」という観点でいえば、やはり最たるものは「英語を話す度胸」ではないでしょうか。英語は、多くのエンジニアにとって壁になっていると思います。といっても、ビジネスレベルで使えるものを指しているわけではありません。下手な英語でも全然いいのです。実際、中国やインドのエンジニアは、日本人よりずっと下手でもがんがんしゃべります。間違うことを恐れ、恥ずかしいからといってしゃべらないのではなく、度胸をもって、コミュニティやカンファレンスでもどんどん発言すればいいのではないでしょうか。
次に、エンジニアは「お金」に対する意識をもっと持ってもいいと思います。私自身がエンジニア時代「いいものを作ればいい、お金はどうでもいい」と思っていたので分かるのですが、エンジニアの中には「お金を意識するのは格好悪い」と思っている人がいます。しかし、自分が作ったものに対してリターンが来ることは当たり前なのです。もっと「お金が入ってくるのは認められている根拠」という姿勢で、積極的に稼ぐことを意識してもいいのではないでしょうか。
最後は、「“〜べき”ではなく、“〜たい”を増やせ」ということです。先ほども言いましたが、多くの日本人エンジニアは言われたことをきっちりこなすことには長けています。しかし、私はこう聞きたいのです――「やりたいことはないの?」と。
「○○すべき」は皆と同じです。しかし「○○したい」は人と違うことで、それぞれの個性を出せます。
「パソコンの父」と言われるアラン・ケイは、次のような言葉を残しています。
The Best Way to Predict the Future is to Invent it.
未来を予測する最も良い方法は、それをつくることである。
これは私の座右の銘でもあります。「世界を変える」というと大げさに聞こえますが、ITの世界では幸せなことに、本当に世界を変えることが可能です。しかも、エンジニアは実際にすぐにものをつくることができる“最先端”にいるのです。
これを私なりに超訳すると「エンジニアなら読むな、つくれ!」――これがエンジニアに伝えたい言葉です。「このアプリケーションが流行る」とか「いずれこの技術が伸びる」とか、時勢を読んでいる場合じゃないと思います。まずは手を動かして世に出してみる。
今の時代は、昔に比べてプロダクトを作ることも、人々に配布することもずっとハードルが低くなりました。エンジニアにはもっと挑戦してほしいと考えています。
平野さんは「自分は今でも、これからもずっとエンジニアだ」とおっしゃっていました。創業時から目指している「ソフトウェアで世界をつなぐ」の実現のために、「ソフトウェアとビジネスモデルを共に世界レベルで通用させる」という目標に向かって着実に進んでいる姿が印象的でした。 あくまでもエンジニア個人の能力を信じてこだわりをもっており、エンジニアに対しても「自分のしたいことは何なのかを明らかにすること」の大切さを強調していました。
また、OSSコミュニティについて触れていたことも印象的でした。あるテーマに関する関心や問題、熱意などを共有し、持続的な相互交流を通じて深めていく人々の集団を実践コミュニティ(コミュニティ・オブ・プラクティス)と呼びます。OSSコミュニティなどはエンジニアにとってまさに、自らの立ち位置を把握し、能力を表現し、可能性のネットワークを広げる場ではないでしょうか。
※小平達也が監修を務めたコミックエッセイ『異文化クライシス〜新入社員は外国人〜』(PHP研究所)が出版されます。本書のテーマは「日本企業のグローバル化」。
外国人社員とのカルチャーギャップに翻弄される姿をユーモラスに描きながら、「日本企業で働く人々にとってのグローバル化とは何か?」「企業文化とは?」といった「会社での働き方」を見つめ考え直すきっかけにもなります。グローバル化対策に、仕事の合間の一服に、お手に取っていただければ幸いです。
Webサイト:http://ad.ja-sol.jp/
小平達也(こだいらたつや)
ジェイエーエス(Japan Active Solutions)代表取締役社長
日本企業のグローバル化を支援する?ジェイエーエス(Japan Active Solutions)代表取締役社長。厚生労働省、文部科学省他政府有識者会議座長・委員、大学講師などを務め幅広く活動。豊富な経験に基づく独自ノウハウと事例を収録した「グローバル採用の教科書 外国人社員採用・活用ハンドブック」 は人事部における定番アイテムとなっている。
(公務など)
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