VDI導入、コロナ禍におけるビデオ会議の課題と改善、そして中長期のPC環境の構想へリクルート5万人のテレワーク/VDI環境大解剖(4)

リクルートにおけるVDIの導入、運用、コロナ対応、そして今後のICT環境を紹介する連載。今回は、VDI導入を振り返り、中長期のPC環境の構想をお伝えする。

» 2021年05月24日 05時00分 公開
[石光直樹リクルート]

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 リクルートにおけるVDI(Virtual Desktop Infrastructure、仮想デスクトップインフラ)の導入、運用、コロナ対応、そして今後のICT環境を紹介する本連載「リクルート5万人のテレワーク/VDI環境大解剖」。

 連載第1回では、“3つの課題”、すなわち「セキュリティの向上」「PC管理コストの削減」「働き方変革への貢献」の対応策として取り組んだVDI導入、第2回では大規模VDIインフラの日々の運用と心掛けて実践している「己を知る」「敵を知る」「それに備える」こと、第3回ではコロナ禍の対応として放った4本の矢についてお話ししてきました。

 VDI基盤のEOSL(End Of Service Life:サポートやサービスの終了)が迫ってきたことを受け、次期PC環境を検討するプロジェクトを立ち上げて1年近くにわたり検討してきました。「中長期視点で考え、いま行動する」という基本的な考え方を大事にし、今後は「クラウド&マルチデバイス環境」の到来を想定し、次期PC環境として「VDIとFAT PCのマルチ環境」を選択することにしました。そのいきさつをお伝えします。

VDI導入の振り返り――現在地点における3つの成果

 VDI導入の検討が始まったのは2015年度。そこから5年近くが経過した2019年度から、次期PC環境に関する本格的な検討を開始しました。VDI基盤を構成するサーバやストレージのバージョンアップ対応を行いながら運用してきた中で、いよいよ各ハードウェア/ソフトウェアのEOSLが迫り、次期PC環境をどうするかを検討する必要がありました。

 検討するに当たって、まず現在のVDI環境を評価しました。当初の狙いであった“3つの課題”、すなわち「セキュリティの向上」「PC管理コストの削減」「働き方変革への貢献」については、連載第1回でも触れた通り、いずれも成果が出せたと考えています。特にVDIのOSを「Windows 7」から「Windows 10」にアップグレードする際に、ユーザーから見れば「朝になったらWindows 10になっている」というような“朝テン”方式を実現し、OSのバージョンアップコストを抑制できたのは、VDIならではといえるでしょう。

 他方では、課題も見えてきました。毎年社内でユーザーアンケートを実施し、その回答内容を分析して社内ICT施策に反映させる取り組みをしています。そのアンケートでは、VDIの課題として“ネットワーク状況によっては使えないシーンがある点”と“ビデオ会議実施時の不具合”の2点が浮き彫りになりました。

 “ネットワーク状況によっては使えないシーンがある点”は、VDIなら避けられない問題です。特に外出中は、スマートフォンによるテザリングでVDIに接続する際に、エリアや移動状況によっては通信環境が安定せず、通信が切断されたり、通信速度が遅くなったりするなど、VDIがスムーズに動作しないシーンがありました。この課題に対しては、スマートフォンのテザリング容量の観点なども含めて検討し、対処してきましたが、完全には解決できませんでした。そこで、VDIでは業務遂行がどうしても困難なユーザーに限定し、さらに高セキュリティ業務以外での利用において通常のPC(FAT PC)を配布するようにしました。

 もう一つの課題“ビデオ会議実施時の不具合”については、もともとVDIとビデオ会議の親和性は良くない点が前提にあります。ビデオ会議の場合、クラウドサービスを使うことが多いと思いますが、通常のPCなら、クラウドサービスとPC上のビデオ会議ソフトウェアが直接つながり、ユーザーは快適にビデオ会議ができます。一方、VDIの場合、クラウドサービスとVDI上のビデオ会議ソフトウェアがまず接続され、その後VDIからVDI専用端末(シンクライアント端末)に音声と動画が転送される形になります。音声も動画もいわば二重でデータ転送される仕組みなので、劣化してしまうのは避けられません。具体的には、音声が途切れ途切れになったり、動画がカクカクしてスムーズに動作しなかったりすることになります。

 また、システム管理の観点でもデメリットがあります。通常のPCでは、ビデオ会議ソフトウェアの機能でクラウドサービスとのネットワーク接続状況をチェックしてくれて、最適に通信する仕組みなのに対し、VDIではそのような機能は使えません。ビデオ会議ソフトウェアにその機能が搭載されていても、VDIからVDI専用端末に通信する段階でそれらの機能が無効化されてしまうのです。その結果、VDI上でのビデオ会議は通常よりも多くの通信量が発生してしまい、外出時などテザリングの容量を圧迫することになっていました。

 しかし、最近ではビデオ会議のこうした課題の回避策として、クラウドサービス各社がVDI用のソフトウェアをリリースしてくれるようになってきました。VDI用のビデオ会議ソフトウェアをVDIにインストールして、一部のソフトウェアコンポーネントをVDI専用端末にもインストールします。そうすることで、VDIとVDI専用端末が協調してビデオ会議端末として動作し、クラウドサービスとVDI専用端末とが直接つながる構成になり、従来に比べると音声や動画の劣化が大幅に避けられるようになってきています。

中長期のPC環境を構想する――“中長期”という新たな観点の導入

 以上をまとめると、いまのVDI環境では当初想定したメリットは得られたものの、ネットワークとビデオ会議においてそれぞれの課題があります。ネットワークの課題は、一部ユーザーにFAT PCを配布することで、ビデオ会議の課題についてはVDI用のビデオ会議ソフトウェアをインストールすることで解決できます。いまのVDI環境を評価するマトリクスを作って検討してみると、VDI用のビデオ会議ソフトウェアがうまく動作すれば、VDI環境をそのまま継続するのが妥当なように見えました。とはいえ、そのような“カイゼン策”を施しながら、VDIをいまの形のまま続けるべきなのでしょうか。そして、そのような思考プロセスに本当に問題はないのでしょうか――。

 われわれは検討時に、新たな視点を導入することにしました。それは“中長期”視点です。2015年においては、3つの課題という、“いま、ここ”における課題に対する解決策としてVDIを採用したものの、今後長きにわたって会社を支えていくPC環境を構想するに当たり、それだけでは不十分ではないかと考えました。リクルートは創業から60年以上がたちました。今後も長きにわたり、カスタマーやクライアントの皆さんのためにより良いサービスを提供し続けることになるでしょう。それには短期的な視点だけではなく、中長期でのあるべきPC環境を描いて、それに向かっていまどうすべきかを考えなければならないと思ったのです。

 そのためには、まず働き方が将来的にどうなるかを想定しなければなりません。次期PC環境を検討していたのはコロナ禍前でしたが、ゆくゆくは「完全に場所を選ばない働き方」になるだろうと予想していました。キーワードで示すならば、「Anytime/Anywhere/Securely/Work Digitally」という表現になるでしょうか。そのような働き方を実現するPC環境については、既にいわれて久しいですが、クラウド中心の方向性は変わらないでしょう。加えて、今後は多種多様なデバイスが出現すると想定しました。いまはPCやVDIが中心であり、補助的にスマートフォンが使われているというのがビジネスにおけるPC環境の実情だと考えます。では、今後はどうなるのか――。

 スマートフォン中心になるという見方もありますが、学校では情報教育が進みノート型の端末が支給されており、家庭においてはスマートスピーカーが広まり、AR/VR(拡張現実/仮想現実)もゲームなどを中心に広がってきています。また、企業では製造業などでAR/VRが使われる事例も出てきており、IoTデバイスもいろいろなユースケースが生まれてきました。

 そう考えると、ユーザーが使う端末は、どれかの端末に収束していくのではなく、2in1あるいはクラムシェル型などのPC、スマートフォン/タブレット、AR/VRデバイス、スマートスピーカー、IoTなどいろいろなデバイスを使いこなしていく世界になるのではないかと考えます。業務のさまざまな場面で、いろいろなデバイスの中から最適なものを選び、さまざまなクラウドサービスを使いこなし業務をしているイメージです。それらを使うことで、場所を選ばず、どこにいても対面同様のコラボレーションができるでしょう。さらには、AI(人工知能)技術などを活用しながらユーザーの業務を支援するなどして、高い生産性を生み出すことができる環境になっていくのではないか、と予測します。

中長期視点で考え、いま行動する――「クラウド&マルチデバイス環境」へ

 われわれは、このような環境を「クラウド&マルチデバイス環境」と呼ぶことにしました。中長期的には「クラウド&マルチデバイス環境」になるとして、VDIのEOSL契機に対応しなければならないわれわれの次のPC環境はどのように整えたらいいのでしょうか。

 大事なのは、「中長期視点で考え、いま行動する」ことです。中長期視点だけを考えれば、一気に「クラウド&マルチデバイス環境」にすべきでしょう。ところが、われわれの環境内にはまだレガシーシステムが残っており、一気にクラウドだけを利用する業務形態に変えるのは困難でした。また、検討した結果、現時点ではVDIに勝るようなセキュリティ確保の仕組みは見当たりませんでした。そのため、情報資産の囲い込みができるという点で、高セキュリティ環境に対しては継続してVDIを活用することにしました。

 セキュアな環境以外の用途においては、“いま”のことだけを考えれば、ビデオ会議の部分のみを改善してVDI環境のまま、次期PC環境を作る方向もあり得ました。しかし、それでは今後のPC環境がVDIに固定化されてしまうことになります。VDI環境をいままでと同様にオンプレミスで作るには、初期に大きな設備投資が必要となり、また一度構築してしまうと使い捨てるわけにもいかず、それをしばらく運用し続ける必要があります。今後いろいろなクラウドサービスやデバイスが出現すると、活用したいと思う方も多いでしょうが、既にVDIを使っている場合、VDIの代わりに別のものをすぐに使うということはなかなかできません。そういう意味で、PC環境が固定化されてしまうことになるのです。

 中長期の環境に一気に切り替える方針でもなければ、現在のことだけ考える方針でもなく、「中長期視点で考え、いま行動する」方針で検討した結果、次期PC環境は「クラウド&マルチデバイス環境」を目指すための第一歩と位置付け、「VDIとFAT PCのマルチ環境」を構築することに決定しました。先述した通り、レガシーシステムが存在しVDI以上に情報の囲い込みができるソリューションがない中で、VDIから離れ、一気に中長期的な将来像を目指すのは困難です。とはいえ「将来像に向けた環境をいま作るべき」と考え、VDIとFATを業務特性に応じてユーザーに配布するマルチ環境に刷新することにしました。つまり、高セキュリティ業務ユーザー向けにはセキュリティを確保した「セキュアVDI」、それ以外の一般ユーザー向けにはFAT PCを配布することにしたのです。将来的にはマルチデバイスといっても、いまだPCがメインなので、まずはPCを配布し、その上で今後AR/VRデバイスといった他のデバイスも検討していきたいと考えています。

 なお、VDI環境としてはもう一つ、機能更新がない固定的なOSを必要とするレガシーアプリ向けの環境もVDIで用意することにしました。用途が限定されていることから、社内では「特定用途VDI」と呼んでいます。

VDI用のビデオ会議ソフトウェア導入による2つの課題

 以上をまとめますと、働き方は中長期的に「完全に場所を選ばない働き方」へと変わり、それに応じてPC環境は「クラウド&マルチデバイス環境」になっていくでしょう。われわれもVDIのEOSLのタイミングで変わっていかなければならず、将来に向けた第一歩として、次期PC環境は「VDIとFAT PCのマルチ環境」を実現することにした、ということになります。

 なお、コロナ禍において、われわれは現在のVDI環境下でビデオ会議の改善を試みました。先述したVDI用のビデオ会議ソフトウェアの導入を検討し、一部導入したのです。その結果、ビデオ会議の音声と動画の品質が極めて改善されることになったものの、2つの課題が新たに見つかったのです。

 1つ目は、普通のビデオ会議ソフトウェアとVDI用のソフトウェアとの間に機能差があった点です。この課題は今後解消されるかもしれませんが、われわれが導入した段階ではVDI用のソフトウェアが機能面で劣っていました。

 2つ目は、導入/管理コストです。1つのビデオ会議システムしか使っていない場合は問題ないかもしれませんが、複数使っていたり、今後新しいシステムの導入を考えようとしたりすると、ソフトウェアの導入、管理に都度工数がかかってしまうという難点が明らかになりました。

 以上2点については、いま検討されている方のご参考になれば幸いです。次回は、リクルートがいままさに取り組んでいる「VDIとFAT PCのマルチ環境」についてお話しします。

筆者紹介

石光直樹(イシミツナオキ)

株式会社リクルート ICT統括室 インフラソリューションユニット インフラソリューション部 部長

 

SIerで提案、構築、保守運用を経験した後、2015年リクルートテクノロジーズに入社。リクルートグループ全社VDI導入の企画、構築、推進をリードする。現在は、社内ICTのインフラ部隊をマネジメントしながら、次世代のPC環境を検討、推進中。


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