顧客や関係会社から企業の代表電話に入電した場合、対応するには社員の出社が必要になるだろう。働き方改革を進めるには、社員がどこにいてもスマートフォンで受電できる仕組みが望ましい。大胆な「企業電話モデル」を実現した大手損害保険会社の事例を紹介する。
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2022年1月21日、日本経済新聞の朝刊に「あいおいニッセイ、顧客と電話応対『在宅』で」という記事が掲載された。クラウドPBX(構内電話交換機)を使って電話の使い方を大きく変えるという内容だ。今回はあいおいニッセイ同和損保(以下、あいおいニッセイ)の新しい企業電話モデルの意味について解説する。
日本経済新聞に企業ネットワークに関する記事が掲載されるのは、年に一度もないくらい珍しいことだ。在宅勤務など柔軟な働き方や居住地にとらわれない要員配置を可能にするため、2022年10月にクラウドPBXの導入を開始し、全社員に配布したスマートフォンを使うことで、2023年度末までに本社や営業課支社の固定電話を廃止するという。
ただし、保険の支払い部門はCTI(Computer Telephony Integration)を使った別の音声基盤が既にあるため、クラウドPBXの対象ではない。
詳しい内容を把握するため、あいおいニッセイでクラウドPBX導入に関わっている土師邦義氏(総務部総務グループ担当次長)と葛西史直氏(経営企画部企画グループ課長補佐)に2022年2月8日、オンラインで話を伺った。
コロナ禍を契機に電話の使い方を見直した企業は多い。あいおいニッセイも在宅勤務など柔軟な働き方のため、全社員へのスマートフォン配布を2021年3月末までに完了した。しかし、在宅勤務している社員がスマートフォンを持っていても、オフィスの代表電話にかかってくる電話に出ることはできない。
そこで、通話アプリケーションを搭載したスマートフォンとクラウドPBXを使って、オフィスでも自宅でも代表電話番号での受発信ができる仕組みを採用したのだ。クラウドPBXサービス自体はかなり以前からあるが、あいおいニッセイのモデルが革新的なのは「0AB-J番号(東京03、大阪06など特定の場所に対応付けられた電話番号)の代表電話を止めて、050番号にすること」と「固定電話を廃止すること」だ(図1)。
0AB-J番号の代表番号約700個を050番号に変更し、全てクラウドPBXに収容する(図中の「1」)。これは050番号だから容易にできることであり、0AB-J番号では無条件にはできない。例えば、大阪06で始まる番号を東京にあるクラウドのデータセンターに移設するのは簡単ではない。
なぜなら、総務省が0AB-J番号の「位置の固定」と「通話品質」に関して厳しく規定しているからだ。06で始まる番号で電話をかける人のオフィスが東京にあってはならない。通話品質はクラスA、B、Cのうち最も高いクラスAの基準を満たさねばならない。インターネットなどを経由して遅延が大きくなったりするとクラスAは満たせなくなることが多い。
050番号に変えると位置は自由になり、通話品質はクラスCなので緩やかになるため、図1の構成を実現できる。メリットは通話料が安くなるだけではない。本社や支社に引き込んでいる電話回線が不要になる。電話回線を収容しているPBXやゲートウェイも不要になるため、設備費用や設備の保守費用を削減できる。ただし、設備については一般論であり、あいおいニッセイで実際にどこまで設備を削減するかは不明だ。
スマートフォンとして「iPhone SE(第二世代)」約1万6000台が対象になる。クラウドPBXに対応した通話アプリケーション(図中の「2」)をインストールし、050番号と6桁の内線番号を使えるようにする。図中の「3」にあるように同じ組織に属する複数のスマートフォンを代表グループとしてクラウドPBXに登録する。代表番号に着信するとオフィス、在宅にかかわらずスマートフォンが鳴動し、受電できる。
スマートフォンから外部の顧客などに電話をかける場合、発信者番号通知として社員のスマートフォンの050番号を通知するか、代表番号を通知するか、各自が選択できる。デフォルトは社員の050番号にするそうだ。その理由は代表番号だと顧客などからの折り返し電話でグループのスマートフォンが一斉に鳴動し、誰宛ての電話か分からないからだ。
自宅で使う場合、回線はモバイル回線、自宅のWi-Fiのどちらも利用可能にする。オンライン会議やチャットなどとは連携しない。
このモデルを採用するに当たり、気になることを2つ質問した。通話アプリケーションをインターネットで使う場合の音質と、0AB-J番号をやめることへの抵抗感だ。
通話アプリケーションの音質は、クラウドPBXの採用を決める前に実際に試してみて音質を確認したそうだ。0AB-J番号を050番号に変えることについては「もう0AB-J番号にこだわる時代ではなく、働き方改革を優先すべきだ」という意見に集約されたそうだ。顧客をはじめ外部の関係者には電話番号の変更について周知を徹底し、迷惑が掛からないように対応するという。
筆者が気に入っているのは、あいおいニッセイの企業電話モデルがすっきりとシンプルなことだ。シンプルさは経済性や拡張性、柔軟性に直結するからだ。保守的と思われがちな大手金融機関が大胆な企業電話モデルを実現することで、それを参考にする企業が増え、企業電話の世界が進化することを期待している。
松田次博(まつだ つぐひろ)
情報化研究会(http://www2j.biglobe.ne.jp/~ClearTK/)主宰。情報化研究会は情報通信に携わる人の勉強と交流を目的に1984年4月に発足。
IP電話ブームのきっかけとなった「東京ガス・IP電話」、企業と公衆無線LAN事業者がネットワークをシェアする「ツルハ・モデル」など、最新の技術やアイデアを生かした企業ネットワークの構築に豊富な実績がある。本コラムを加筆再構成した『新視点で設計する 企業ネットワーク高度化教本』(2020年7月、技術評論社刊)、『自分主義 営業とプロマネを楽しむ30のヒント』(2015年、日経BP社刊)はじめ多数の著書がある。
東京大学経済学部卒。NTTデータ(法人システム事業本部ネットワーク企画ビジネスユニット長など歴任、2007年NTTデータ プリンシパルITスペシャリスト認定)、NEC(デジタルネットワーク事業部エグゼクティブエキスパート等)を経て、2021年4月に独立し、大手企業のネットワーク関連プロジェクトの支援、コンサルに従事。新しい企業ネットワークのモデル(事例)作りに貢献することを目標としている。連絡先メールアドレスはtuguhiro@mti.biglobe.ne.jp。
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