テレワークの拡大でスマートフォンをクラウドPBXの端末として使い、在宅勤務時でもオフィスにいるときと同様に電話を使えるようにする企業が増えている。そこで気になるのが音質だ。今回はスマートフォンを使ったIP電話の音質を決める要因について述べる。
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スマートフォンで090あるいは080から始まる電話番号で電話をするときには、元々スマートフォンに組み込まれている通話ソフトウェアを使う。しかし、クラウドPBX(構内電話交換機)のIP電話端末としてスマートフォンを使って内線通話や外線発着信をするには、クラウドPBXと通話するための通話アプリケーション(ソフトフォンともいう)をスマートフォンにインストールする必要がある。通話アプリケーションはクラウドPBXのベンダーやサードパーティーから提供され、音質を左右する一因となる。
スマートフォンがPBXのIP電話端末として使われるようになったのは約10年前だ。当時の音質は良くなかった。現在は大きく改善されている。
音質が改善された主な要因は3つある。モバイルネットワークが3Gから4G(一部は5G)となり遅延が少なく広帯域になったこと、スマートフォンの性能が向上したこと、コーデック(codec)が進歩したことだ。ここでいうコーデックとは送話側ではアナログ音声をデジタル化し、受話側ではデジタル音声をアナログに復号するソフトウェアのことだ。
スマートフォンを用いたIP電話の音質はかつてより良くなったが、それでも注意すべき点がある。
スマートフォンを用いたIP電話の仕組みは図1の通りだ。この図はスマートフォン同士の内線通話を表しており、左のスマートフォンが送話、右が受話だ。実はコーデックや通話アプリケーションだけでなく、スマートフォン自体のハードウェアのスペックも音質に影響がある。
例えばマイクだ。「iPhone」には3カ所にマイクがあることをご存じだろうか? 底面の本マイク(音声を入力する)の他に、表面上部と裏面上部にある。表面上部と裏面上部のマイクはノイズキャンセリングに使われる。ノイズキャンセリングとは送話者の周辺の雑音を感知して、メインマイクから入った音からその雑音の成分を除去することでノイズを軽減する機能だ。
iPhone向けの通話アプリケーションの開発者は、Appleから提供されるAPIを使えば意識しなくてもノイズキャンセリング機能を利用できる。スマートフォンを用いたIP電話の音質を高めるにはスマートフォンの機種を選ぶことが重要で、機種の統一が必要だということが分かる。
コーデックもこの10年間で進化した。図2はソフトフォン専業企業ageetの資料から引用したものだ。「AGEphone Cloud」はageetの通話アプリケーションで企業において数十万本の利用実績がある。PSTN(公衆電話交換網)は電話網のことだ。図2中の表にある「サンプル数/秒」とはコーデックが1秒間に何回音声サンプルを取るのかを意味する。「量子化ビット数」は1サンプルの波の高さを表現するビット数だ。音声の符号化と復号については「サンプリング定理」という原理があり、音声周波数の2倍のサンプル数を取れば元の音声を再生できる。
PSTNで使われる「G711」は古いものの一般的なコーデックで「毎秒8000サンプル×サンプル当たり16bit=毎秒128Kbit」のビットレートになる。伝送時には半分に圧縮されるため毎秒64Kbitだ。毎秒8000サンプルなので、その半分の周波数4kHzまでの音声を扱える。「Microsoft Teams」で使われている新しいコーデック「G722」は毎秒1万6000サンプルなので8kHzまでの音声が対象となり、音質が格段に良い。
さらにAGEphoneがサポートしている「Opus」や、「LINE」のコーデックは4万8000サンプルまで可能だ。性能の高い通話アプリケーションはネットワークの品質を常に測定しており、遅延の少ない高品質なネットワークでは自動的にサンプル数を多くして音質を上げる。LINEの音質が通常の電話より良く聞こえることがあるのは、ネットワーク環境が良い場合に高いサンプル数を使うからだ。
図1にあるようにデジタル化された音声データは20ミリ秒分を1個のIPパケット(音声パケット)に格納するのが一般的だ。1秒分だと50個の音声パケットが送信されることになる。ネットワークの状態によって、音声パケットが相手に到着するまでの遅延時間には「ゆらぎ」(Jitter、ジッター)が生じる。つまり早く着いたり遅く着いたりするのだ。また、ネットワークの輻輳(ふくそう)でパケット落ちが発生することもある。ジッターやパケット落ちは音声の途切れの原因になる。
そこで、受話側の通話アプリケーションは受信した音声パケットをジッターバッファーにいったん格納し、そこから一定速度で音声を再生する。これにより、ジッターの影響を除き、パケット落ちした音声パケットを前後のデータから再現したりする。高品質でジッターが少ないネットワークではジッターバッファーは浅くされ、低品質だと深くされる。
このように通話アプリケーションはネットワークの状態を監視して最適なコーデックとサンプル周期を選択したり、ジッターバッファーの調整やパケット落ちを対処したりする。「通話アプリケーションの機能が優れていること」は、スマートフォンを用いたIP電話の音質を高める上で重要だ。
次にスマートフォンがクラウドPBX経由で外部の電話機と通話する場合を見てみよう。図3のように電話網との接続にはSBC(Session Border Controller)が使われる。電話網のコーデックはG711だ。スマートフォンとSBCの間はOpusのような高品質なコーデックを使うこともでき、G711を使うこともある。SBCの機能次第だ。
G711ではネットワークの状況に合わせてビットレートを調整することはできないが、Opusでは帯域が広く使えるときは高いビットレートを、狭いときは低いビットレートを選択できる。G711しか使えないSBCよりも複数のコーデックから適切なものを選択できるSBCの方が音質の向上を期待できる。また、ジッターバッファーの調整機能やパケット落ちの対応機能もSBCによって差異がある。
企業にとって大切な顧客との通話はSBC経由なので、その音質を良くするためにSBCの機能は重要だ。
ここまでスマートフォンを用いたIP電話の音質を左右する要因について述べてきた。採用する上でのまとめとして考慮点を書いておく。
クラウドPBXベンダーに通話アプリケーションやSBCの仕様についてヒアリングするとともに、内線通話、外線通話の品質を実際に試して確認するのがよい。
BYOD(Bring Your Own Device)でばらばらな機種のスマートフォンを使うことはお勧めできない。
インターネットはベストエフォートなので絶対の品質はないが、一部のMVNO(仮想移動体通信事業者)のサービスのように、ある時間帯になると極端に速度が落ちるようなものは使わない方がよい。
松田次博(まつだ つぐひろ)
情報化研究会(http://www2j.biglobe.ne.jp/~ClearTK/)主宰。情報化研究会は情報通信に携わる人の勉強と交流を目的に1984年4月に発足。
IP電話ブームのきっかけとなった「東京ガス・IP電話」、企業と公衆無線LAN事業者がネットワークをシェアする「ツルハ・モデル」など、最新の技術やアイデアを生かした企業ネットワークの構築に豊富な実績がある。本コラムを加筆再構成した『新視点で設計する 企業ネットワーク高度化教本』(2020年7月、技術評論社刊)、『自分主義 営業とプロマネを楽しむ30のヒント』(2015年、日経BP社刊)はじめ多数の著書がある。
東京大学経済学部卒。NTTデータ(法人システム事業本部ネットワーク企画ビジネスユニット長など歴任、2007年NTTデータ プリンシパルITスペシャリスト認定)、NEC(デジタルネットワーク事業部エグゼクティブエキスパート等)を経て、2021年4月に独立し、大手企業のネットワーク関連プロジェクトの支援、コンサルに従事。新しい企業ネットワークのモデル(事例)作りに貢献することを目標としている。連絡先メールアドレスはtuguhiro@mti.biglobe.ne.jp。
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