あおぞら銀行、抵抗感の少ないBYODとスマホ内線でテレワーク環境を刷新羽ばたけ!ネットワークエンジニア(57)

あおぞら銀行はコロナ禍以前から、社外にいても携帯電話で社内の固定電話機と内線電話が使えるFMC(Fixed Mobile Convergence)を利用していた。しかし、テレワークを本格化し、より進化したコミュニケーションを実現するには課題があるため、FMCからBYODによるスマホ内線に切り替えた。その狙いと特徴を明らかにする。

» 2022年10月24日 05時00分 公開
[松田次博@IT]

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 あおぞら銀行(本店 東京都千代田区麹町6-1-1、従業員数《連結》2382人)は旧日本債券信用銀行が源流で、事業再編など専門的な金融を得意とし、本・支店20店舗を有している。2017年に本店を九段下から現在地に移転した。

 電話基盤は2005年からシスコシステムズ合同会社の「Cisco Unified Communications Manager」(以下、CUCM)を使ったオンプレミスのIP電話を運用している。本社移転を契機に外出の多い営業部門を中心に約800台のスマートフォン(スマホ)を会社から貸与し、FMC(Fixed Mobile Convergence)によるスマホ内線を実現していた。

 しかし、社給スマホによるFMCでは新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策で拡大したテレワークへの対応やコストの面で課題があった。そこで、FMCから社員のスマホを使うクラウドPBXに移行して課題の解決を図るとともに、利便性の高いコミュニケーション基盤を構築した。

2つの電話基盤を併用、パーソナライズでBYODの抵抗感を少なく

 クラウドPBXの導入を担当したインフラストラクチャーマネジメント部システムインテグレーション第三グループ課長の木村俊介氏によると、FMCはスマホ購入や維持コストが高いだけでなく、スマホの特徴を生かしたテレワークに有用な機能が使えないという欠点があった。

 FMCはスマホが普及していない2010年以前にガラケー(フィーチャーフォン)での利用を前提に作られたサービスだ。ダイヤル操作のみで、スマホであってもガラケーとしての使い方しかできない。あおぞら銀行がFMCに満足できなかったのも無理はない。

 FMCを代替する基盤としては、シスコシステムズの「Webex Calling」を採用した。FMCからWebex Callingへの移行は2021年5月から始まり、2021年中に完了した。完成した電話基盤は約1400台の固定IP電話機での利用を中心とするCUCMと、約1000台の社員所有のスマホでの活用を主体とするWebex Callingを組み合わせた構成となっている(図1)。Webex Callingがオフィスワーク、テレワークを問わないハイブリッドな働き方を実現した。

図1 あおぞら銀行 電話基盤の構成

 外部の電話との通話は全てデータセンターに引き込まれたKDDIの電話回線を使っている。本・支店には回線が引かれてONU(Optical Network Unit:回線終端装置)を設置しているが、この回線にはゲートウェイや電話機を接続しておらず通話には使えない。後述する0AB-J番号(固定電話用の03、06などで始まる電話番号)の利用に関する総務省の規制に対応するための回線だ。

 社員のスマホを業務に使用するいわゆるBYOD(Bring Your Own Device)は、自分のスマホを社用に使うことへの抵抗感が強い。Webex Callingはパーソナライズで抵抗感を軽減できる。スマホで電話を受電する時間帯を指定でき、その時間帯以外はボイスメールに着信させられる。社内でも自宅でもインターネット+Wi-Fiでの利用を可能にしている。通話は会社が提供する050番号を使うため、通話料は会社負担だ。Wi-Fiがある場所で使う限り、パケット料も社員の負担にはならない。

 スマホから外部への電話は、図1の「1」のようにスマホ→インターネット→Webex Calling→インターネット→データセンター内VG→電話網→相手の電話のようにつながる。相手には各個人に付与された050番号が通知される。

 スマホから社内のWebex Calling用固定電話機(台数は少ない)への通話は、図1の「2」のようにスマホ→インターネット→Webex Calling→インターネット→イントラネット→固定電話機とつながる。社内通話はダイヤル操作ではなく、オンライン電話帳から相手を検索しタップする使い方が多い。その際に使用される電話番号は各端末に割り当てられているWebex Callingの内線番号だが、ユーザーは内線番号を意識することはない。

 図1の「3」は、スマホからCUCM配下の固定電話への通話の流れだ。同じシスコシステムズのサービス、製品だが、Webex CallingとCUCMの間では内線通話ができない。そのため、KDDI電話網を介して外線として通話する。発信側着信側ともKDDIの050番号を使うので通話料はかからない。

 Webex Callingでは代表グループの設定もできる。図1の03-Bという固定電話番号を代表電話とし、外部から03-Bに着信したときに鳴動する固定電話機やスマホを指定する。ただ、あおぞら銀行ではテレワーク中に代表電話を受電する機能は、受けた電話を担当者に転送するといった運用に難があるため、あまり使っていないそうだ。代表電話は固定電話を主体とするCUCMで対応している。

OAB-J番号の規制がテレワーク対応やクラウドPBX対応で緩やかに

 0AB-J番号の利用は、かつて端末の位置の固定やクラスAといわれる高い通話品質の確保など、総務省による厳しい規制があった。しかし、社会環境の変化や技術の進歩を生かす観点から、規制緩和が進んでいる。

 図1では外部から03-Cに電話がかかってくると支店の電話回線に着信するのだが、データセンターに転送されてイントラネットの回線から固定電話機に着信する。こんな迂回(うかい)をして何のメリットがあるかというと、拠点側に回線と電話機を接続するためのゲートウェイが不要になるのだ。

 あおぞら銀行がこの構成を採用してからさらに規制緩和が進み、拠点に電話回線を引かない構成も可能になった。図2は、2021年12月8日に公表された「デジタル社会における多様なサービスの創出に向けた電気通信番号制度の在り方」答申からの引用だ。

図2 固定電話番号を使用した電話転送役務の1パターン 「デジタル社会における多様なサービスの創出に向けた電気通信番号制度の在り方」答申(2021年12月8日情報通信審議会 電気通信事業政策部会)23ページより

 「利用者の居所など」とあるのは、図1の本・支店だ。データセンターにある赤い丸が「固定端末系伝送路設備の一端」で、要は電話回線の一端だ。かつてはこの一端が拠点になければならなかったのだが、一定の条件を満たせばデータセンター(あるいはクラウド内)にあればいいことになった。データセンターやクラウドに着信した0AB-J番号向けの着信をオフィスの固定電話機やインターネットで接続されているスマホに転送できるようになったのだ。図2にある通り、スマホに03-Aという固定電話番号を付与し、スマホから外部の電話に発信する場合には03-Aを発信者番号として通知することもできる。

 ただし、図2のような使い方をするには、「緊急通報の取り扱い」「本人確認および拠点確認」「拠点への設備設置確認」「品質確認」に関わる総務省の規定を順守する必要がある。企業がこのような0AB-J番号の効率的、効果的な利用をしたい場合は総務省の規制に関する知見を持ったクラウドPBXのベンダーや通信事業者に相談するといい。

BYODの採用とFMCからの脱却

 あおぞら銀行の電話基盤の特徴は、BYODの採用とFMCから脱却してクラウドPBXによるスマホ内線に移行したところにある。BYODという言葉自体は新しいものではないが、筆者がBYODを実際に行っている企業を知ったのはあおぞら銀行が初めてだ。

 氏名や電話番号などの個人情報をスマホに残さない仕組みと、パーソナライズで社員が自分のスマホを業務に使う抵抗感を減らせたことが導入の成功要因だろう。

 FMCは現在も利用する企業が多い。スマホの特徴を生かした利便性の高い使い方はできないが、1つ取りえがある。インターネットを使わないので音質が良いのだ。しかし、本連載第50回で述べた通り、スマホによるIP電話の音質は3つの要因で大きく改善している。Web会議と連携したコミュニケーションやスケジューラと連動した発信先のプレゼンス(状態)確認など、音質だけではない総合的なメリットを勘案すると、FMCからクラウドPBX+スマホ内線に移行することが企業にとって有力な選択肢であることは間違いない。

筆者紹介

松田次博(まつだ つぐひろ)

情報化研究会(http://www2j.biglobe.ne.jp/~ClearTK/)主宰。情報化研究会は情報通信に携わる人の勉強と交流を目的に1984年4月に発足。

IP電話ブームのきっかけとなった「東京ガス・IP電話」、企業と公衆無線LAN事業者がネットワークをシェアする「ツルハ・モデル」など、最新の技術やアイデアを生かした企業ネットワークの構築に豊富な実績がある。本コラムを加筆再構成した『新視点で設計する 企業ネットワーク高度化教本』(2020年7月、技術評論社刊)、『自分主義 営業とプロマネを楽しむ30のヒント』(2015年、日経BP社刊)はじめ多数の著書がある。

東京大学経済学部卒。NTTデータ(法人システム事業本部ネットワーク企画ビジネスユニット長など歴任、2007年NTTデータ プリンシパルITスペシャリスト認定)、NEC(デジタルネットワーク事業部エグゼクティブエキスパート等)を経て、2021年4月に独立し、大手企業のネットワーク関連プロジェクトの支援、コンサルに従事。新しい企業ネットワークのモデル(事例)作りに貢献することを目標としている。連絡先メールアドレスはtuguhiro@mti.biglobe.ne.jp。


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