エンジニアがゾンビになる日意思なき生き物の末路

知ってるかい。長くエンジニアの仕事を続けていくと、意思(Will)がなくなっていくんだよ。

» 2022年11月07日 05時00分 公開

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エンジニアがゾンビになる日

 エンジニアは、実に楽しく刺激的な仕事だ。

 ソフトウェアエンジニアの仕事は、他人の問題を解決する方法(How)を提供することだ。クライアントが持つ課題を解決したい意思(Will)を、エンジニアはエレガントに解決し、その方法を極めていく。

 だがそれは、エンジニアにとって落とし穴でもある。

 知り合いの社長からこんな話を聞いた。コロナ禍で受託開発の案件が少なくなった。しかし資金には余裕があったので、「好きなプロダクトを開発していい」と社員のエンジニアたちに言った。しかしエンジニアたちからは「何を作ったらいいのか指示してください」という答えが返ってきたというのだ。

 これは、トップの指示が曖昧であったともいえる。しかし見方を変えると、エンジニアたちには自分が解決したい課題がなかったことを示している。エンジニアを長く続けると、意思を失う。エンジニアと営業や企画との分業化が進むと、言われた通りに動くエンジニアはゾンビになる。

エンジニアとして誠実であるが故に

 エンジニアがゾンビになっていってしまう背景は実に簡単だ。エンジニアたちは、「何(WHAT)」を「どう(HOW)」解決するかを考えている。そこには「なぜ(WHY)」それを行うのかという視点が抜け落ちている。

 エンジニアはHowに特化した職種だ。ウオーターフォール開発にせよアジャイル開発にせよ、コーディングを行うエンジニアはあらかじめある程度決まった仕様を実現するように開発を行う。アジャイル開発では機能を実現する方法に若干の自由度があるが、大差はない。

 しかし、デジタルトランスフォーメーション(DX)の流れから、ソフトウェアは内製化が進んでいく。ソフトウェアはますます経営課題と切り離せなくなり、エンジニアの仕事は御用聞きから仮説検証や提案型へとシフトしていく。DXでは、目標達成のための方法が曖昧であり、そもそも方向性そのものが手探りとなるからだ。エンジニアの仕事にはますます意思が重要になるのだ。

 エンジニアにとってもWHYを見つめ直すことは重要だ。

 WHYを見つけること。これはひと言でいうほど簡単ではない。私も起業して数年間、この呪いを断ち切れなかった。私には、情熱を持って解決したい課題が特になかった。エンジニアを続けるうちに、いつの間にか、意思を失っていた。エンジニアゾンビになっていたのだ。

 WHYを取り戻すまで、さまざまな模索をした。いろいろなアイデアを考えた。私と同じ疾患を持っている人を助けたいと思ったり、結核菌を容易に見つけられる装置を開発しようとしたりしたこともあった。それら自体はうそではない、やりたくないわけではなかった。しかし、情熱を傾けられるほどには自分を奮い立たせられなかったのだ。

 本当に長い時間がかかったが、いまは「人が介在するAIで社会を良くしたい」という意思を取り戻した。ずいぶんアバウトな目標であるが、これが一番しっくりきた。思い返せば、私は学生のころからこれを目指していたのだ。

 WHYの種は過去に眠っているものだと思う。印象に残っているエピソードを紙に書き出してみるといいだろう。協力者がいる場合は話を聞いてもらうのもいいと思う。そのエピソードの何が印象に残っていて、何が楽しかったり悔しかったりしたのかを思い出してみる。WHYは、そういったエピソードの傾向からおぼろげながら見えてくるものだと思う。

 あまり、根を詰め過ぎると悩みに陥ってしまう。「そのうち見つかるさ」ぐらいの気楽さも必要だろう。過程そのものを楽しめるといい。

蝶を追っていたら山に登っていた

 WHYを見つけたなら今度は、目標管理をしていこう。きちんと意識していないと、容易に忘れてしまう。私たちは忘れっぽいのだ。忘れたらゾンビに逆戻りだ。

 よくある目標管理法に「SMART」がある。「Specific(具体的に)」「Measurable(測定可能な)」「Achievable(達成可能な)」「Related(経営目標に関連した)」「Time-bound(時間制約がある)」な目標が良いという指標だ。

 だが、私はあまりおすすめしない。「Related(経営目標に関連した)」とあることからも分かるように、SMARTは組織の目標管理の手法だ。個人の目標はもっと、自分がそれを目指すことで鼓舞されるようなワクワクするものが良い。心からそれを目指したいと思える、情熱が呼び起こされるものがふさわしい。目的の達成にフォーカスせず、「蝶(ちょう)を追っていたら山に登っていた」と思えれば最高だ。一人「OKR(Objectives and Key Result)」のような方法もいいと思う。

 目標管理と日々のタスク管理を融合させることをおすすめしたい。私は「バレットジャーナル」という手帳を付けている。長期的な目標「Future Log」と、月間の目標「Monthly Log」、日々の目標「Daily Log」を組み合わせた手帳の書き方だ。具体的な書き方については、記事の主題と逸(そ)れることから割愛する。書籍やWebサイトを参考にしてほしい。別にバレットジャーナルでなくてもいいが、目標管理とタスク管理を合わせていくことは重要だ。日記を書くのもいいだろう。後から見返すと、自分が何に悩み、何をうれしく思っているのか見返すことができる。

 繰り返す日々に「意味」を見いだすことができれば、もっと熱意を持って働ける。WHYは人生を楽しむために必要だ。ヴィクトール・フランクルに言わせれば、人間には「意味への意思」があるという。人間は意味を見いだせない状況では腐っていってしまう。

 エンジニアよ、意思を取り戻そう。

木村優志(きむらまさし)

Convergence Lab. 代表取締役CEO

豊橋技術科学大学大学院博士後期課程単位取得後退学。博士(工学)。AIスタートアップや大手ITベンダーを経て、2020年5月より現職。大手ITベンダーのAI導入支援や、AIスタートアップのプロダクト開発支援に携わる。

AI、ディープラーニングに関する国内、国際学術会議の論文多数掲載(Google Scholar)。博士(工学)。ATR-trek、富士通を経て、現在はConvergence Lab.の代表として多数のAI案件を手掛ける。著書:『現場で使える!Python深層学習入門』(翔泳社)


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