ネギを振り回していたあの娘が、米国の大舞台で歌う日が来るなんて!
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2024年4月13日、米国最大級の音楽フェス「コーチェラ」(Coachella Valley Music and Arts Festival 2024)に「初音ミク」が初出演して話題になりました。YouTubeでライブ配信された様子を、筆者は日本でほぼリアルタイムで見ることができました。
日本語とつたない英語で話す初音ミクのバックには、タトゥーを入れた米国人ミュージシャンたち。生のバンド演奏に初音ミクの合成音声が重なり、熱狂する米国のファンたち。
生音を使い、ファンが舞台を囲んで盛り上がっている様子は間違いなく音楽ライブなのですが、真ん中にいるのは、3Dのキャラクター映像であり、音声は合成です。筆者がよく見る人間のライブとは明らかに違いました。
初音ミクという技術が実現した、新しい未来でした。
初音ミクは、テキストで歌詞を入力すると、女の子(声優の藤田咲さん)の合成音声で歌ってくれるバーチャルシンガーソフトウェアです。名前の“ミク”の由来は「未来が来る」。ヤマハの「VOCALOID」(ボーカロイド、ボカロ)という技術を使っており、「ボカロソフト」とも呼ばれます。
発売直後から、初音ミクを使った多くの楽曲が「ニコニコ動画」(ニコ動)ではやりました。ただ、当時のニコ動はアングラなイメージがあり、初音ミクは“イロモノ”という見られ方も強くありました。
合成音声なので、どう調整しても多少の不自然さは消えません。にもかかわらず、初音ミクがあれば“人間の歌手いらず”なのでプロ歌手の職を奪う可能性もあり、ミュージシャンからの反発も強かったと聞きます。
ブーム最初期から取材していた筆者も、「17年後に“ミク本人”が海外で歌っている様子を日本で見る」という未来はまったく想像していませんでした。そもそも、キャラクターが3Dモデルで演奏するライブが当時は珍しく、これもミクが中心となって切り開いてきた世界です。
今となっては、人間のミュージシャンが登竜門として、初音ミクやボカロを使って楽曲を発表することが普通になっています。例えば、米津玄師さんがデビュー前、ボカロP(ボーカロイド・プロデューサー)だったことは周知の事実です。
初音ミクをはじめとしたボカロソフトは、人間離れした速いテンポで歌ったり、超高音の声を出したりできます。そうしたボカロ曲がヒットを連発したことで、人間のミュージシャンの音楽も変化。テンポが速く歌詞の文字数が多いJ-POPがここ最近とても増えていると感じます。
VOCALOIDという技術が、人間の音楽も変えた。「音楽でこんなこともできる」と、進化の余白を見せてくれ、そこに向かって人間がさらに進化したように感じています。
いまネット上では、生成AI(人工知能)で楽曲が作られるようになっています。SNSなどを通じて発表されているAIを使った楽曲を幾つか聞いてみると、そのクオリティーの高さに驚かされます。
筆者も、歌詞を入れるだけで歌入り楽曲ができる「Suno AI」を使い、確定申告への決意を歌った「2月に決める」という曲を作ってみました。いい感じの曲が何パターンも自動で生成されてびっくりしました。
AIへの人間のミュージシャンの反応を見ていると、興味を持っていろいろ試す方もいる一方で、反発も大きいようです。実際、モラルに反するAI利用――例えば、人間のミュージシャンの歌声を無断で追加学習させ、別のミュージシャンの楽曲を歌わせて公開する、といった作品もよく見ますから、その気持ちも分かります。
先日、ビリー・アイリッシュやノラ・ジョーンズといった名だたるミュージシャンが、AI開発者やIT企業などに対して「人間のアーティストの権利を侵害し、価値を下げるようなAIの使用を停止」するよう呼び掛ける公開書簡を公表するなど、表立って反対を表明する動きも出てきています。
ただ、他の分野と同様に、音楽へのAI活用も、止めることは難しいかもしれません。
AI音楽が今後より普及すると想定した場合、人間の音楽はどうなるでしょうか。
初音ミクの例をベースに考えると、AIが人間の可能性を拡張し、新しい音楽表現が生まれるのかもしれないと思います。AI音楽が進化したとき、人間はそれだけで満足するのではなく、それを超えたものを作ろうとするのではないか、と。
筆者は新人記者だったころ、上司から「人間が興味があるのは人間だ」と聞きました。人間が一番好きなのはAIの作品ではなく、人間が作った、顔が見える作品なのかもしれません。
ボカロ作品はずっと人気がありますが、音楽チャートの最上位に上がることはほぼありませんし、そもそも、ボカロ作品の作詞作曲は人間です。米津玄師さんは、ボカロP「ハチ」としての楽曲も人気でしたが、本人が自ら歌った楽曲はそれ以上にヒットしています。
AI作品が普及した未来においても、人間は、楽曲の背景やストーリー、作り手の人生を含めて愛するのではないか。“推し”は人間であり続けるのではないか、と考えています。
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