文量の関係上判決文を大幅に省略したが、その他の部分も踏まえて著作権が認められる基準を整理すると、下記が条件として挙げられている。
「実現方法の選択肢があり、開発者の創意工夫があり、他の開発者が行えば別の実現方法になること、そしてプログラムが有用であること」があれば著作物となり得るということになろう。
この判断は過去のプログラム著作権をめぐる裁判と基本的な考え方は同じである。本裁判はその基準を比較的明確に述べたものであり、今後の参考になると考える。
このようにプログラムも一定の条件を満たせば著作物となり得るわけだが、これを開発現場で意識することは難しい。私が書く本連載のような文章は、そのほとんどが著作物であると理解されている。音楽や絵画も同じで、何らかの証明などしなくとも周囲はそのように理解するし、制作者自身もそのように考えている。
しかしコンピュータのプログラムの場合は、ただ書いただけで著作物と認められるわけではない。
事実、プログラムのほとんどは言語の規則やアルゴリズムの妥当性、効率性などにより似通った書き方になるし、他人の作ったものを流用して書いていることも多く、開発者が著作権を主張するのは難しい。しかし、その中には確かに開発者独自の工夫が含まれているものもあり、そうした部分については著作権を認めないと開発者の権利が阻害され、日本のIT産業にも悪影響を及ぼしかねないし、そこが曖昧だと、本件のような裁判にもなってしまう。
もちろん、契約で「完成後は著作権を譲渡する」旨を合意すれば、本件のような問題は起きない。開発者は全てを諦め、その分高い対価を受け取ることで納得する。
しかし、プログラムの中には開発者が権利を留保したいものもあろう。AI(人工知能)などの技術の高度化、複雑化が進展して、プログラミングの選択肢が広まり、新たなアイデアの必要性も高まって、今後は開発者が独自性を発揮する範囲も広がるかもしれない。これを制約するようなことは開発者のモチベーションを落とすし、IT業界にとっても大きな損失になる。
ただ一方で、開発者がプログラムのある部分にだけ著作権を主張し、複製や改編などを許さないとなれば、システムの保守や更改の生産性を落とす。ある開発者に作ってもらったプログラムやシステムを他の者が一部修正したり、作り直したりするときに、著作権に関わる部分は一から作り直すというのは合理的ではない。
前述したように著作権譲渡が契約上定められていれば心配ないが、もしかしたら今後は、こうした契約が主流でなくなる可能性もある。開発者の権利と保守性の両立は今後、厄介な問題となってくる可能性が否定できないと思うところである。
ではどうすればいいのかという答えを私が持っているわけではないが、世界的にかなり広まっているGPL(GNU General Public License)のような考え方を開発に取り入れることも一つの手段ではある。
開発者は著作権を留保しながら、自ら作ったプログラムの複製や翻案などは許す。その代わりに対象プログラムの著作権は開発者にあることを明記し、これを削除することは許さない、プログラムが無償でも有償でも適用される、というオープンソースソフトウェアの考え方は、開発者のモチベーション、対価、プログラムの保守性いずれも破損しない方法に思える。クローズドな開発契約でこうした文言はあまり見たことがないが、契約の在り方も今後は検討する余地があるのではあるまいか。
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ITプロセスコンサルタント。元・政府CIO補佐官、東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員
NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。
独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまでかかわったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。
2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わった
個人サイト:CNI IT Advisory LLC
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