「土壇場の力」を科学する - NBAとデータ分析三国大洋の箸休め(2)

昨年のアメリカ大統領選で50州全部の予想を的中させた、NYTimesのコラムニストのネイト・シルバーが、ファイナルの試合結果を予想している。

» 2013年06月24日 13時23分 公開
[三国大洋オンラインニュース編集者]

 NBA(を含むバスケットボールの世界)では「クラッチシューター」という言葉を良く見聞きする。簡単にいうと「土壇場に強いシューター」「ここぞというときに得点を決めてくれる頼りがいのある選手」ということになろうが、米国時間18日夜にあったプレイオフ・ファイナル(決勝シリーズ)第六戦でも、そんなクラッチシューターの1人として知られるレイ・アレン(Ray Allen)というベテラン選手が本領発揮、という場面があった。

Ray Allen's AMAZING game-tying 3-pointer in Game 6!

 シリーズ対戦成績を2勝3敗と負け越して本拠地マイアミに戻ったヒート(MIA)は、負ければ後がないというこの試合でもホームコート・アドバンテージをうまく活かせず、第3クォーターの終わりには一時12点差を付けられるなど試合全体を通じて苦戦を強いられ、第四クォーター前半にようやく追い付いた後も(両チームの)一進一退の攻防が続いた。そして、残り1分半で対戦相手のサンアントニオ・スパーズ(SAS)に追い付かれると、その後はSASにリードを奪われ、残り28秒の時点では5点差(SAS 94 vs MIA 89)を付けられていた。

 さらにこの後、MIA側ではチームのエースでMVP選手のレブロン・ジェームス(LeBron James)が3点シュートを決めると、SAS側はNBA1年目ながらこのところスターターに起用され続けているカウヒー・エナード(Kawhi Leonard)という選手がフリースローを1本決めて、両チームの得点差は3点に。そうして最後のワンプレイ(多くて2プレイ)という状況で飛び出したのが、上掲のビデオにあるレイ・アレンのビッグプレイである(冷静に判断して、スリー・ポイント・ラインの外側までいったん下がってからシュートしているところなど、さすがに歴戦の強者である)。この残り6秒弱でアレンが決めた同点シュートの余勢をかって、MIAは延長(OT)の末にこの試合を制し、シリーズの勝敗は最終戦(第7戦、米国時間20日夜)までもつれ込むことになった(編集部注:最終戦は95vs88でMIAが勝利し、ファイナル二連覇を達成)

 ちなみに、こうした試合の流れを記録したものが、ESPNなどそれなりのスポーツニュース系のWebサイトではだいたい公開されている。

 ところで。このアレンという選手がNBA史上最も多くの3ポイントを決めた選手というのは、ファンの間では割と良く知られた話(また16シーズン目で、キャリア通算の3点シュート成功確率が40.1%というのも相当なもの)。一方、この「スリーポイントの名手」という話に比べるとそれほど良くは知られていないはずだが、アレンがクラッチシューターとしても相当な選手、というデータもある。

 少し古い情報になるが、SBNationブログで2012年2月末に公開されていた記事には、アレンのクラッチシューターぶりを示すデータが含まれている。その時点で現役だった有名選手15人のクラッチ度を比較した一番上の表(「"Clutch" since 2000」というタイトルのもの)は、「第四クォーターの残り5分以内で、両チームの得点差が5点未満」という状況でのシュート本数や成功確率を並べたもの。アレンの成功確率(「FG%」の欄)は「0.405」となっていて、トップのレブロンやティム・ダンカン(Tim Duncan、SASの大黒柱的存在の大ベテラン)の「0.460」には及ばないものの、コービー・ブライアント(レブロンと並んでNBAを代表するようなスーパースター)の「0.397」を上回るものとなっている。

 また、上から五番目の表(「Final 24 seconds since 2006」という見出しのもの)をみると、アレンの残り24秒以内で放ったシュートの成功率は上から二番目の「0.405」となっている。またその2つ横のスリーポイント成功率(「3P%」)がダントツの「0.481」となっていうのにも驚かされる(NBAではシュート成功率が50%を超えていれば、かなり上手なシューターとされる)が、下のコメント(「Observations」)には、「レイ・アレンの成功率はちょっと紛らわしい。アシストされた率(「%Ast'd」)がほかの選手に比べて遙かに高いところからすると、多分簡単なシュートをチームメートから回してもらっているのかもしれない」と記されている。

 さて。実はここからが本題だったりするのだが、NYTimesサイトに「FiveThirtyEight」というコラム欄をもつネイト・シルバーという有名なブロガーがいる。2008年の米大統領選の際に「全米50州のうち、49州の投票結果を(かなり高い精度で)的中させた」ということで一気に名前を知られることになった──それでNYTimesにブログをスカウトされた──人物だそうだが、このシルバー、昨年の大統領選でも50州全部の予想を的中させ、さらに投票日の直前にはNYTimesサイトにアクセスしたユーザーの5人に1人がこの「FiveThirtyEight」を目にしていたなどいった話まで報じられて、最近では「あのシルバーが(……こう書いていた)」というような見出しの記事さえ目にするほどである。

 そんなシルバーの「FiveThirtyEight」に先頃、NBAファイナルの行方に触れたコラムが出ていた(同ブログは「Nate Silver's Political Calculus」という副題が示すように、普段はもっぱら政治関連の話題が中心)。「土壇場力のヒート対スパーズの戦略」(「Heat's Clutch Stats Meet Match in Spurs' Strategy‐‐Heat's Clutch Stats Meet Match in Spurs' Strategy」)と題するこのコラムの中でシルバーは、MIAは強豪チームが相手の試合では14勝7敗と他チームに比べてかなり勝率が高く、しかも得失点差もプラス3.3とダントツ、などと記している。

 MIAは昨年の覇者であり、今シーズンもレギュラーシーズンの成績が66勝16敗(私が知る限り、これを上回る成績を残していたのは、マイケル・ジョーダンが在籍したころのシカゴ・ブルズしかない──72勝10敗というシーズンが90年代後半にあったと記憶している)。しかも、シーズン半ばからは歴代2位となる「破竹の27連勝」というのもあったから、このシルバーの指摘にもさほど意外な点はない。

 一方、SASは、レギュラーシーズンに58勝24敗(全30チーム中3位)という戦績を残しているが、この「土壇場の力」(13勝14敗)という点では全体のちょうど中間くらい。ただし、この原因についてシルバーは、知将とされるヘッドコーチ(HC)のグレッグ・ポポビッチ(Gregg Popovich)が主力選手3人をレギュラーシーズン中に温存していたためではないか、と指摘している。また記事中にある表を見ると、実際にこの3人──いずれも30歳代で、特にダンカン(Tim Duncan)とジノビリ(Manu Ginobili)の2人は、選手として(の体力)の盛りを過ぎた30代後半──の出場時間がプレイオフに入って30%以上も増えていることが分かる。

 NBAはほかのメジャーなプロスポーツに比べると、試合数も多く、試合内容もハード(肉弾戦)なので、その点からは若い選手の方が有利。一方、「プレイオフに入ると、(選手の)経験がものをいう」というのも毎年いわれ続けていることでもある。

 ファイナル開始前の下馬評では、MIA有利と見られていた──ESPNにある「識者の予想」(Expert Picks)でも、18人の解説者・記者のうち、「MIAの勝ち」を予想しているのが14人となっている(ただし「第7戦までもつれる」とした者も11人いるので、ここまでの展開はほぼ「大方の予想通り」となるのかもしれない)が、レギュラーシーズンの「土壇場の力」で劣るSAS(13勝14敗)がもし優勝するようなことになると、ポポビッチHCの狙い(プレイオフに向けたベテラン選手の温存)が、まんまと的中、ということになるのかもしれない。

 どんなデータに着目するか、それをどう解釈するかで、表面の印象とは異なる意外な姿が見えてくるもの……このシルバーの記事を読んであらためて、そんなことを思った次第。最後の最後となる20日の第7戦で、どちらのチームがより優れた「土壇場の力」を発揮するのか。そのことがいまから楽しみである。

(この原稿は日本時間20日、第7戦前前に書かれたものです)

三国大洋 プロフィール

オンラインニュース編集者。「広く、浅く」をモットーに、シリコンバレー、ハリウッド、ニューヨーク、ワシントンなどの話題を中心に世界のニュースをチェック。「三国大洋のメモ」(ZDNet)「世界エンタメ経済学」(マイナビニュース)のコラムも連載中。


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