アジャイルやスクラムでも遅い? TeslaやSpaceXがイノベーションを生み出せる理由マネジメントはソフトウェアが代替

イノベーションで世界の注目を集めるTeslaやSpaceXは、ソフトウェア開発の現場で広まっているアジャイルやスクラムの考え方を製造現場に適用し、現在はその先を目指そうとしているという。2022年7月に開催された「Agile Tech EXPO 2022」でアジャイル導入支援の経験を持つJoe Justice(ジョー・ジャスティス)氏が、その「凄さ」を紹介した。

» 2022年08月30日 05時00分 公開
[高橋睦美@IT]

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 「アジャイルやスクラムはソフトウェア開発に適用するもの」というイメージが強いかもしれない。しかし、イーロン・マスク氏が率いるTeslaやSpaceXでは、電気自動車やロケットというハードウェアにもアジャイルやスクラムの考え方を取り入れ、これまでのモノ作りでは考えられないような短期間で新しいバージョンの製品をリリースするサイクルを確立している。そして今、その先を目指そうとしているという。

 認定スクラムトレーナーとして活躍し、MicrosoftやAmazon、TeslaやSpaceXでアジャイル導入支援の経験を持つAgile Business InstituteのCEO、Joe Justice(ジョー・ジャスティス)氏が2022年7月に開催された「Agile Tech EXPO 2022」の基調講演に登場し、その「凄さ」を紹介した。

 「アジャイルは何もソフトウェアだけのものではありません。もちろん、ハードウェアだけのものでもありません。製造、調達、財務、金融などさまざまな部門で、企業全体でアジャイルは活用できます」(ジャスティス氏)

1日に60種類以上の部品をアップデート スクラムよりも早いTesla

Agile Business Institute CEO ジョー・ジャスティス氏 Agile Business Institute CEO ジョー・ジャスティス氏

 一般的な自動車メーカーは、数年に一度のペースでモデルチェンジを行ってきた。これに対し、Teslaのリリースサイクルは全く異なる。「Teslaの製品は、毎日1回以上マイナーモデルチェンジを行っています。自動車に搭載するヘッドライトやテールライト、充電ポートといった部品の設計から製造、テスト、関連する組み込みソフトウェアのデプロイ、リリースを2日間で行っています」(ジャスティス氏)

 「Tesla Model 3」や「Tesla Model Y」の充電ポートは、わずか3時間でアップデートされているという。そして、車を構成する各部品も迅速にアップデートされ、その数は1日当たり60種類に上る。「おそらく、地球上で最も速く変化するプロダクトでしょう」とジャスティス氏は述べた。

 ロケット開発に取り組むSpaceXは、Teslaほどの速いサイクルではない。それでも、2006年の設立当初には、新たなロケットを設計し、ビルドし、ローンチするというスプリントに2年間かけていたのを、10年後には1年間に短縮させた。

 「砂漠に設置したテントの中で、新しいロケットエンジンを設計し、ビルドし、テストし、インストールするスプリントを現在は2日間で回しています」(ジャスティス氏)

 ジャスティス氏は、年単位で進めていくウオーターフォール方式のプロジェクトにも利点はあるとする。より多くの予算を割り振り、変更が難しいような計画を立てて動いている政府との共同作業が容易になったり、より安心して仕事ができたりする点だ。だが「ウオーターフォールの弱点はイノベーションが非常に遅いことにある」と指摘した。

 TeslaやSpaceXがモノ作りにアジャイルフレームワークを採用している理由は、イノベーションをより早く起こしていくためだ。「毎日、コンスタントに製品を変化させていく『最速の企業』という文化を創ることができました。これにより、より早くイノベーションを起こすことができます」(ジャスティス氏)

 ジャスティス氏によると、今やTeslaは、スクラムを超えた速度で動き始めているという。「もはやTeslaにスクラムはありません。スクラムは、1週間に一度以上、あるいは1日に一度以上の頻度でリリースするプロジェクトには適しています。しかしリアルタイムに予算を変更、コントロールしながら1日に複数回コミットしていく、Teslaがやろうとしていることに比べるとあまりに遅過ぎるのです」(ジャスティス氏)

モブワークによって全ての従業員がプロダクトに直接関わる体制を実現

 スクラムを超えた速度をどのように実現しているのだろうか。ジャスティス氏は、過去ともに仕事をしてきた業界の巨人たちの名前を挙げながら、ポイントを紹介した。

 1つは、複数のプロジェクトやモジュールを同時並行的に進めることだ。各チームがそれぞれ独立して作業を進めることで、誰かが別のチームの作業終了を待つことなく開発を進められる。これはビル・ゲイツ氏がこだわっていたことで、スクラムマスターとして支援をした際、会議の場では必ず「どの作業が並行的に進められるのか」のレビューを受けていたという。

 ただ、複数のプロジェクトを同時並行で進めていくには条件がある。各モジュールにはそれぞれインプット(入力)とアウトプット(出力)があるが、それらの互換性を保つことだ。Webサービスを構成するソフトウェアモジュールはもちろん、ハードウェアの場合も同様で、Teslaならば車のラジエーター、SpaceXならばロケットブースターの互換性を保つことで、1日に何度も変更、更新を加えながら、きちんと統合できるようになっている。

 「モジュールアーキテクチャによって、何百ものチームが互いに待つことなく、並行して、独立して動くことができます」(ジャスティス氏)。結果、SpaceXでは互換性を保ちながら、より早く、軽量で安価な試作機を作成できるようになっているとした。

 もう1つのポイントは、モブワークを取り入れ、製品に直接携わるメンバーを最大化することだ。

 「ジェフ・ベゾス氏は、5人以下のチームならば、リーダーがいなくても素早くイノベーションを起こせることを認識していました。またイーロン・マスク氏は、まず50人以上のチームから始めましたが、5人以下のチームに自己組織化され、最終的にはリーダーやマネジャーを置かず、スタッフが全員、プロダクトに直接携わる組織を目指しました」(ジャスティス氏)

 メンバーごとに役割分担を決め、リーダーがタスクを割り振っていくやり方とは異なり、モブワークは、あるタスクを集団で進めていく手法だ。一人が「ドライバー」となってアウトプットを出していき、チームの他のメンバーはアドバイスを送ったりして支援することで、チーム全体で情報や知見を共有し、より良いアウトプットをより早く実現していく。

 「Teslaではソフトウェア開発はもちろん、ハードウェア開発やその組み立て、トラックからの荷下ろしに至るまで、全ての仕事がモブワークで行われており、全ての役割がローテーションしています。リーダーやマネジャーはいません。イーロン・マスク氏も工場のフロアにいてモブに参加しています。誰もがイーロンと直接コミュニケーションを取り、一緒に仕事をしています」(ジャスティス氏)

マネジメントはソフトウェアに代替

 では、プロジェクトごとの進行状況を誰がマネジメントするのだろうか。答えはソフトウェアだ。Teslaでは「デジタル・セルフ・マネジメント」と呼んでいるが、承認作業などのマネジメントを全てソフトウェアで自動化しているため、全てのスタッフがエンジニアとして「プロダクトをよりよくすること」にコミットするようになっている。

 「効率性を最も高める方法は、企業内の全従業員がプロダクトやサービスに直接関わることです。Teslaは給与の高いリーダーやマネジャーをソフトウェアで置き換え、100%近くのスタッフが常に、プロダクトに直接関わって働けるようにしました」(ジャスティス氏)

 こうした組織を円滑に運営するために、テスラでは他にも、アジェンダや時間設定のないミーティングを行う「リーンコーヒー」、マネジャーが参加すべきプロジェクトを指示するのではなく、従業員が自らその日参加するプロジェクトを決める「ジャスティスボード」といったメソッドを取り入れてきたという。

 ジャスティスボードには、自動運転やハードウェア、ソフトウェアなどの取り組むべきプロジェクトが、それぞれの価値やコストとともに示される。従業員は、各プロジェクトの支出が効率的かどうか、バランスシートを見ながら判断し、参加するプロジェクトを決めたり、時には新たにジャスティスボードに追加すべきプロジェクトを提案したりできる。

ジャスティスボードのイメージ ジャスティスボードのイメージ

 ポイントは、各プロジェクトにおける「価値」は動的なものであり、将来的には変化することだ。自動運転の場合、初めの価値は「工場内で10メートル自動走行し、安全に止まること」だった。時間の経過に伴いその価値は高度化し、自分自身をテストしたり、法律の問題をクリアしたりしているかどうかが問われるようになり、最終的には「人間の運転手よりもどれくらい安全に運転できるか」が問われるようになっている。

 従業員はこれらの価値実現に向け、自身が貢献できるプロジェクトを自ら選択している。ちなみに、必要な工数や生み出される価値の計算といった作業も動的に変化するものであり、AI(人工知能)で自動化されているという。

「エクストリームマニュファクチャリング」によって日々新たなイノベーションを

 Teslaでは自社内でのハードウェア開発、製造にアジャイルを適用するだけでなく、幾つかのサプライヤーとの間にもこのやり方を適用し始めている。

 一般にメーカーへの部品供給は、固定された予算の枠内で、決まった日数で決められた部品を納入するもの、とされてきた。だが、1日に何度も新しいリリースをするTeslaの場合、そのやり方では到底間に合わない。従って、サプライヤーとの契約関係や供給形態についても改善を加え、最速で45分という短納期で新たな製品を提供してもらうやり方を模索し始めているという。

 こうしたエクストリームプログラミングならぬ「エクストリームマニュファクチャリング」によって日々新たな部品が設計、製造され、イノベーションにつながっている。

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