「文化省を作ろう」:中村伊知哉のもういっぺんイってみな!(16)
「もうオマエそれ言うな!」と霞が関からボコられるのを承知しつつ、今日も念仏のように繰り返す。「文化省を作ろう」
達成されつつある提唱した狙い
民主党情報通信議連が策定した「情報通信八策」は、第1項として「情報通信分野におけるタテ割り打破のため、強力な推進体制をつくる」とブチあげた。その通り。メディア行政の最大問題はタテ割り。機器:経済産業省、著作権:文化庁、通信放送:総務省の縄張り争いだ。
コンピュータと通信の一体化が急速に進む中で、経産省と総務省は旧・通商産業省、旧・郵政省時代から産業界の期待に反して戦争を続けてきた。そして今世紀に入り、知財・コンテンツの経済的重要性が高まってきたため、著作権政策を巻き込んだ調整案件が激増した。これらハードとソフトの行政領域はますます融合していくことが必要となっている。
この必要性は政権交代前に顕著となった。2008年、地デジ放送の家庭内録画ができる回数を1回から10回に広げた「ダビング10」の決定をめぐって、総務省、経産省、文化庁の間の調整がうまくいかず、結局、メーカーや著作権団体など民間の調整で実施された。そして今なお民間の対立は決着していない。霞ヶ関の調整能力は失われたと思われた。
そこで私は政権交代後の2009年末、行政領域を融合させる組織を設立することを提案した。「文化省」だ。
総務省の通信・放送行政、経産省の機器・ソフト・コンテンツ行政、文化庁の著作権・文化遺産行政、そして内閣官房のIT本部と知財本部を束ねる官庁を作る。その上で、国土交通省のフィルムコミッション政策、外務省のソフトパワー政策など各省庁の情報関連政策との連携を強化していく。
まずは文化庁を中心に据えて、内閣官房のIT本部と知財本部の機能、および総務省の通信・放送三局を移管する(郵政事業を監督する部局は総務省に残す)。そして、経産省の商務情報政策局のうち情報関連の五課も移す。
この組織を貫く軸は「文化」だ。21世紀の日本は知財や産業文化力で生きていくことになる。国民の創造力や表現力を高め、文化産業を育み、その基盤となるネットワークを整備していくことを担う。このため、組織名は、かつて取りざたされたこともある「情報通信省」ではなく「文化省」がふさわしい。
文化を扱う省だから、文化大臣は民間から起用する。民間からの大臣起用は、放送に対する政治からの中立を求める声にも配慮するかたちになる。オノ・ヨーコさん、宮本茂さん、村上春樹さん、世界に名をとどろかせた人がいい。候補はいくらでもいる。
この提案は当時その筋で反響を呼び、結構ボコられもした。もちろん覚悟のうえだ。私がそのリスクを取らなければならなかった事情がもう1つある。それは「日本版FCC」論議だ。当時、民主党政権は「通信・放送委員会(日本版FCC)」を設置する方針を打ち出した。FCC(米連邦通信委員会)は米国に数多くある独立行政委員会の1つ。日本にもその通信版を作るというのだ。
自民党政権でも日本版FCC構想が浮上したことはあり、実は私はそれに反対したあおりで役所を辞めることになったのだが、その時から抱いている危機感をまたしても表明せざるを得なくなったのだ。それは、私が提唱する文化省構想が目指す行政の融合に逆行するからだ。日本版FCCは、官僚主導、規制強化、タテ割り行政の弊害をさらに加速させるからだ。
まず、官僚主導。独立委員会というのは、文字通り政治から「独立」する存在となる。言い換えれば、官僚が好き勝手にできるということだ。公明正大な委員を据えたところで、実際に規制を担うのは官僚。政治コントロールが効かず暴走する恐れがある。
政治から自由になって喜ぶ官僚は、規制強化と密室化を進める。規制専門の組織が規制を減らすとは思えない。第一、民主党は政治主導をうたいつつ、なぜ通信・放送規制だけを独立させて野放しにするのだろうか。
独立委員会には米FCCや仏CSA(視聴覚高等評議会)があるが、いずれも放送局に恣意的で不透明な介入をしている。規制が強い。英OFCOM(情報通信庁)も同様だ。そういう国のメディア行政が成功したかどうかを見ればいい。
そしてタテ割り行政。独立組織を作れば、新たなタテ割りが発生する。さらに、組織設計も困難。FCC論者は通信・放送行政の規制・振興分離をうたうのだが、規制や振興は行政の「手段」。行政は各種の手段(規制、振興、技術開発、税制等)を用いて、インフラ整備や利用促進といった「目的」を達成する。手段で組織を分けるのはナンセンスだ。
例えば、青少年のネット安全問題。総務省総合通信基盤局の消費者行政課がフィルタリング措置(規制)を進めるとともに、リテラシー教育拡充(振興)も担当している。これを分ける意味もメリットもない。
例えば以前民主党が提案したプランを基に組織設計すると、振興:規制=総務省:日本版FCCの人員構成は、420人:278人となる。6対4の縄張り争いだ。二重行政は必至だろう。
こうしたことを提唱する人は行政や組織の経験がないからリアリティのない案を持ち出すのだろう。ただでさえコンピュータや知財等のタテ割り行政の弊害が指摘されている中にあって、日本版FCCの設立はさらなるタテ割り構造を生む。民間には迷惑な話だ。
結局、民主党政権では、日本版FCCの話は立ち消えとなり、逆に、情報通信文化省など省庁統合案が論議されるようになった。
官庁の動きも活発だ。電子書籍をめぐっては、総務省、文科省、経産省がいわゆる3省懇を開催、実に連携して施策を講じている。教育情報化では、総務省と文科省が仲良く実証研究を進め、成果を打ち出している。知財本部コンテンツ専門調査会では、これらに加え計9省庁の代表が同じ方角を向いて政策競争を繰り広げるようになった。
「文化省を作ろう」と提唱した狙いは達成されつつある。
でも、その逆方向の動き、日本版FCCのような話は何度もゾンビのようによみがえる。機会があればまたドンパチやることになるだろう。油断めさるな。
だから、「もうオマエそれ言うな!」と霞が関からボコられるのを承知しつつ、今日も念仏のように繰り返す。
「文化省を作ろう。」
著者紹介
(なかむら・いちや)
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。
京都大学経済学部卒業。慶應義塾大学博士(政策・メディア)。
デジタル教科書教材協議会副会長、 デジタルサイネージコンソーシアム理事長、NPO法人CANVAS副理事長、融合研究所代表理事などを兼務。内閣官房知的財産戦略本部、総務省、文部科学省、経済産業省などの委員を務める。1984年、ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。通信・放送融合政策、インターネット政策などを担当。1988年MITメディアラボ客員教授。2002年スタンフォード日本センター研究所長を経て現職。
著書に『デジタル教科書革命』(ソフトバンククリエイティブ、共著)、『デジタルサイネージ戦略』(アスキー・メディアワークス、共著)、『デジタルサイネージ革命』(朝日新聞出版、共著)、『通信と放送の融合のこれから』(翔泳社)、『デジタルのおもちゃ箱』(NTT出版)など。
twitter @ichiyanakamura http://www.ichiya.org/jpn/
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