経済学で考える、EXILEよりAKB48を選んだ場合の損失コスト:経済評論家・山崎元の「エンジニアの生きる道」(14)(3/3 ページ)
エンジニアがエンジニアとして生き残るためには、ビジネス的な観点が必要だ。ビジネスのプロである経済評論家の山崎元さんがエンジニアに必要な考え方をアドバイスする本連載。今回は意思決定に役立つ二つの経済学概念を紹介する。
正解は「続けるべき」だ。
合計5000億円掛けて、3000億円のメリットしかないのだから、プロジェクトは、全期間を通じて評価すると「失敗」と言わざるを得ない。しかし、すでに使った3000億円は取り戻せない「サンクコスト」なので、これを意思決定から除外して、「2000億円の追加支出で、3000億円のメリットが得られるから、工事は続けるべきだ」と判断する。
ここで、「完成後のメリットを見積もり直したら1500億円だった」という事実があるなら、「2000億円追加で掛かって、1500億円しかメリットがないのだから、工事は中止すべきだ」が正解だ。この際、「3000億円も掛けたものを完成させないのは、もったいない」と思う心を意思決定に混ぜてはいけない。
先ほどの読書の例を再登場させよう。「3000円で買った本を2時間読んだが、残りの部分を読んでも役に立たないことが分かった」とする。この後どうすべきか。
本代の3000円とここまでに使った時間の費用1万円は確かにもったいないが、これらはすでに生じてしまい、これから変化させられないサンクコストだから、意思決定から除外しなければならない。追加で「2時間=1万円」分のコストを使っても、せいぜい「読んだ」という満足感しか手に入らないのだから、この本を読むのは止めるのが正解だ。
「この本は3000円もしたのだから、読み切らないともったいない」と思う人が多そうだが、追加の時間の方がもっともったいない場合が多いのだ。
1000円で買ったものを800円で売る勇気
サンクコストにとらわれるなんて愚かなことを自分はしない、と読者は思われるだろうか。
それでは、あなたは1000円で買った株式を800円の株価で平静な心持ちで売れるだろうか。筆者は投資が専門だが、個人投資家の大半が自分の「買値」にこだわって、買値よりも安く売ることに抵抗感を持つ。時にはプロでも、自分の買値に影響された行動を取る。
しかし、1000円から800円に下落した200円分の株価に相当する損(1000株買っていれば20万円)は「すでに生じてしまった損失」すなわちサンクコストであって、今の問題はこれからの株価の動き「だけ」のはずだ。
サンクコストに無用なこだわりを持つ人は少なくない。だが、サンクコストを意図的に除外して物事を考えられるようになると、意思決定は驚くほどクリアになる。
潜在的なコストまで考えて選択肢を評価し(機会コストの評価)、過去に生じた損得を意識から切り離して(サンクコストの分離)、「これから変えられることについてのみ努力を集中する」ことこそ、意思決定のコツであり、人生のコツでもある。
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筆者プロフィール
山崎 元
経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員
58年北海道生まれ。81年東京大学経済学部卒。三菱商事、野村投信、住友信託銀行、メリルリンチ証券、山一證券、UFJ総研など12社を経て、現在、楽天証券経済研究所客員研究員、マイベンチマーク代表取締役、獨協大学経済学部特任教授。
2014年4月より、株式会社VSNのエンジニア採用Webサイトで『経済評論家・山崎元の「エンジニアの生きる道」』を連載中。
※この連載はWebサイト『経済評論家・山崎元の「エンジニアの生きる道」』を、筆者、およびサイト運営会社の許可の下、転載するものです。
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