どうして、あなたの上司は「何も考えていない」のか:田中淳子の“言葉のチカラ”(8)
理由も説明せずに、上からの決定事項のみを部下に伝える上司。彼はなぜ、何も考えてくれないのだろうか?
十人十色
以前参加したセミナーで「言葉の連想をする」というゲームをやった。まず講師がキーワードを1つ示し、参加者はそこから連想する言葉をできるだけたくさん紙に書き出す。次に5人くらいのメンバーでグループになり、それぞれが思いついた言葉を紹介し合う。全員一致の言葉があれば1点追加、というものだ。
名詞でも動詞でも構わない。例えば、「コミュニケーション」というキーワードで思いつく言葉を書き出す。「人間関係」「話す」「聞く」「電子メール」「家族」「友達」「手紙」「難しい」「自信がない」……などなど。
「コミュニケーション」のような、単純で比較的分かりやすい(と思われる)言葉の場合、5人全員が一致する単語は幾つあるだろう。驚くなかれ、ほとんどゼロなのである。他のキーワードでやっても結果は同じ。「一致した!」と思っても、1個程度だ。
1分間で連想する言葉は、1人当たり10〜20個くらいだ。5個ぐらいは皆が一致するだろうと誰もが予想していたのに、ことごとく一致しないので、全員で「うわー、びっくり」と衝撃を受けた。
他のメンバーが挙げた言葉には、「へぇ〜」「ほぉ〜」と感心することが多かった。そういう発想かあ、それは思いつかなかった。
「コミュニケーション」と言われて、仕事上のそれを連想する人もいる。そうなると、挙がる言葉も「ホウレンソウ」「部下」「後輩」「連絡ミス」「クレーム」「おわび」「ビジネス文書」などと連なり、最初に挙げたような「人間関係」に関するもので連想した場合とは合致するポイントがなくなっていく。
「コミュニケーション」のような、誰もが日常的に使っている言葉からの連想でさえ、この結果。もっと特殊な言葉だったら、どれほどズレが生じるものだろうと思った。
人は、「他人も自分と同じように考えているだろう」と思いがちだけれど、それは幻想で、全く異なる発想、異なる考え方をするものなのだ、ということを、ゲームで皆が体験した。
どうして上司は「何も考えていない」のか
もうずいぶん昔のことだ。ある日、マネージャー会議から戻ってきた上司が、部署のメンバーにこう言った。「○○を手掛けることになったので、これからうちの部署でも取り組みます」。
「どういういきさつでそうなったのですか? 目的や意味は何でしょうか?」
決定事項に少々疑問があったので、私たち部下は口々に質問した。すると彼は、「上で決まったことだからやるしかないでしょう」と答えたのだ。ぼうぜんとするとともに、(そんな言い方はないよな)と、私たちはガッカリした。
上記以外のときにも彼は、たびたび「私にはよく分からないが、決定したことだから」といった言い方をした。
不満は少しずつたまってくる。ある日、全く利害関係のない社外の友人にこの話をした。アルコールが入り冗舌になった私は、しまいに「まったくもぉー、うちの上司は、何にも考えていないんだから!」と憤慨しながら言った。
「そりゃ大変だなー」と共感してくれるかと思ったら、彼はこう返してきた。
「何にも考えていない人なんていないと思うよ。誰だって、何かは考えているよ。その人は『何にも考えていない』んじゃなくて、『淳子さんが考えてほしいことを考えていない』だけでしょう?」
……そうか! そう言われてみれば、そうかも!
スゴイ数のウロコが目から落ちた。上司に対する悩みは何も解決していないのだが、物の見方、捉え方について教えられた気がした。
上司も、部下も、夫も、妻も、何かを考えている
こういうことは、日常的によくあるように思う。
上司が部下に「うちの部下は自分では何にも考えない」。先輩が後輩に「自分で考えない後輩で困る」。妻が夫に「うちの夫は、家庭のことなんか何にも考えていないんだから!」。夫が妻に「うちの妻は……」etc.etc. 枚挙にいとまがないほどだ。
これらを全て「私が考えてほしいと思うことを、相手が考えていない」だけと解釈したらどうなるだろう。「いや、いや、そんなことはない。部下は、すぐ『どうしましょう? どうしましょう?』と聞きにくるだけで、自分では何も考えちゃいない」そう反論する人もいるかもしれない。
でも、部下にしてみたら、「前回、自分で考えて動いたら、『なんで事前に相談に来ないんだ』と叱られた。だから前もって『どうしましょう?』と確認した方がいいかな?」と思っているのかもしれないし、「うちの上司は、自分の考えをどうしても僕たちに言いたくてしょうがないから、ちゃんと聞いておかないと後が面倒なんだよな」と思っている可能性もある。
そういう「思考」をした上で、上司に「どうしましょう?」と相談に来ているのかもしれないではないか。「考えていない」のではなく、「考えた結果そういう行動に出ている」というわけだ。
物事には、それぞれの見方があるので、一方的に「相手は考えていない」とは言い切れない。他者とのやりとりでうまくいかないことがあったとき、私はこの言葉を思い出し、冷静さを取り戻すようにしている。
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筆者プロフィール 田中淳子
グローバルナレッジネットワーク株式会社 人材教育コンサルタント/産業カウンセラー
1986年 上智大学文学部教育学科卒。日本ディジタル イクイップメントを経て、96年より現職。IT業界をはじめさまざまな業界の新入社員から管理職層まで、延べ3万人以上の人材育成に携わり28年。2003年からは特に企業のOJT制度支援に注力している。
日経BP社「日経ITプロフェッショナル」「日経SYSTEMS」「日経コンピュータ」「ITpro」などで、若手育成やコミュニケーションに関するコラムを約10年間連載。著書:「ITマネジャーのための現場で実践! 若手を育てる47のテクニック」(日経BP社)「速効!SEのためのコミュニケーション実践塾」(日経BP社)など多数。誠 Biz.ID「田中淳子の人間関係に効く“サプリ”」
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