なぜ新人は幹事をやるべきなのか――先輩が後輩に伝えねばならぬこと田中淳子の“言葉のチカラ”(21)

人材育成歴30年の田中淳子さんが、職業人生の節目節目で先輩たちから頂いてきた言葉たちを紹介する本連載。今回は、先輩社員が新入社員や後輩に仕事を教える際に大切なポイントを紹介する。

» 2015年08月10日 05時00分 公開
[田中淳子@IT]
田中淳子の“言葉のチカラ”
「田中淳子の“言葉のチカラ”」

連載目次

 人材育成歴30年の田中淳子さんが、人生の先輩たちから頂いた言葉の数々。時に励まし、時に慰め、時に彼女を勇気付けてきた言葉をエンジニアの皆さんにもお裾分けする本連載。前回は、「人間の能力は固定的ではなく、努力次第で変えられる」という「Growth mindset」な考え方を解説し、試験勉強中に彼女が励まされた言葉を紹介した。今回は、新人や若手に仕事を教える際に、上司や先輩が心掛けるべきポイントを解説する。

 新入社員が「新人なんだからやって」と言われる三大仕事がある。「電話取って」「議事録書いて」、そして「幹事やって」である。

 ……という話をすると、たいていの企業の方が、「うちもそうだ」「私もやった」と笑いながらうなずいてくれる。

新人に幹事を経験させるべき理由

 職場の電話を取り、上司や先輩に取り次ぐのは、新人にとってかなり負荷の高い仕事である。相手の名前も名指し人の名前も聞き取れなかったり、用件を上手にメモできなかったり、転送ミスをして電話を切ってしまったり。そのうち怖くなって、電話が鳴っても出られなくなることもある。そして、「電話取って!」と先輩に叱られる羽目に陥る。

 電話の取り次ぎは、「電話番」といった単なる役割ではなく、仕事を覚えるチャンスである。誰から誰宛てにどういう電話がかかってくるのかが分かるし、社内外の人の名前や仕事上の用語などを覚えられる。敬語やビジネスマナーも学べる。

 意識して取り組めば、電話の取り次ぎという行為の中にいろいろな学びの機会があるのだ。上司や先輩は新人に対し、ただ「電話取って」と言うのではなく、「マナーや業務知識が覚えられることを意識して電話を取ってね」と動機付けすることが必要だ。

 「幹事やって」も同じである。あるIT企業で開発チームを束ねるリーダーは、「幹事ってプロジェクトマネジメントだよね」と言っていた。

 幹事は、さまざまな利害関係者を満足させるような時期、店、会費、料理をアレンジしないといけない。当日、参加者全員が、時間通りに間違いなく集合できるように準備することも、会費を集金し、間違いなく会計することも、幹事の仕事だ。会場では、お酒や食べ物が満遍なく、過不足なく行き渡っているか、気遣いも求められる。つつがなく目標を達成すること、これを「プロジェクトマネジメント」と言ったのだ。

 このように、単なる「新人仕事」に見えることであっても、きちんとその「経験」に意味付けをすれば、そこから学び、成長に役立てることは可能である。当人が気付かなければ、先輩が意味を教えればよい。

バックアップは楽しい仕事?

 経験から学ぶことは多い。しかし若いころの私は、経験に意味付けすることの大事さを知らなかった。

 入社1年目の私の仕事の一つは、毎週月曜日の部内システムのバックアップだった。オープンリールのテープを交換したり(古くてスミマセン)、エラーを出さずに終了したかを確認したりする。それは、半日を費やす作業だった。

 2年目になって、その年の新入社員が研修を終えて部署に配属された。「バックアップから解放される!」と思った私は、意気揚々と新人数人をマシンルームへ導き、引き継ぎの説明を行った。

 新人の中に、私と同い年の男性がいた。技術系で院卒の彼は、明らかにつまらなそうな顔で私の説明を聞いていた。「配属されてすぐの仕事がシステムのバックアップかよ」と思っていたのではないだろうか。そのふてくされたような表情を見て、「先輩」になったばかりの私は焦り、ひきつった笑顔でこう言ってしまったのだ。

 「つまらないと思うかもしれないけど、バックアップは楽しい仕事だよ。来週から頑張ってね」

 すると彼は、真顔で私にこう返した。

 「そんなに楽しいなら、今年も田中さんがやればいいじゃないですか」

 バックアップにどういう意味があるのか、それがどのように大切なのかをきちんと説明できず、単に「楽しい仕事だよ」などと、本当はそう思っていないことを口にしたため、後輩に反論されたのだ。なんと未熟な先輩だったのだろう。

 仕事には、どうしても「作業的なもの」も含まれてしまう。ベテランにだって「作業的なもの」は付いて回る。ましてや、まだ能力が発展途上の若手には、「作業的なもの」が多くなるのは仕方ない。

 だからこそ、意味付けが必要なのである。

その仕事は誰のため?

 あるIT企業に勤める20代後半のSEがこんな話をしてくれた。

 「新人のころは、いわゆる『新人仕事』が割り当てられていました。その中の一つが週次で部内で使っているデータのチェックをするものでした。プリントアウトした情報を紙上で指さし確認するというアナログなものでした。

 それでも最初は『自分にアサインされた仕事だー』とワクワクしていたのですが、単純作業なのでそのうち飽きてきちゃって。ある日、内心ぶつぶつ言いながらやっていたら、隣の部署の先輩が声を掛けてきたんです。『何やってるの?』って。ボクが『データのチェックをしています』と答えたら、先輩がこう言いました。

 『俺もやったなぁ、新人のころ。キミがやっている仕事は、とても地味だけど大切な仕事なんだ。みんなのために、ありがとう

 びっくりすると同時に、『これは大事な仕事なんだ』って思い直しました。それから次の新人が入ってくるまで半年以上腐ることなくその仕事を続けられたのは、あの先輩のおかげです」

 先輩は何げなく発した言葉かもしれないが、経験に意味付けができたことで、彼は救われたのだろう。

 「みんなのために、ありがとう」

 仕事の意味を感じられたら、人のやる気はぐんと高まる。

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筆者プロフィール  田中淳子

 田中淳子

グローバルナレッジネットワーク株式会社 人材教育コンサルタント/産業カウンセラー

1986年 上智大学文学部教育学科卒。日本ディジタル イクイップメントを経て、96年より現職。IT業界をはじめさまざまな業界の新入社員から管理職層まで、延べ3万人以上の人材育成に携わり28年。2003年からは特に企業のOJT制度支援に注力している。

日経BP社「日経ITプロフェッショナル」「日経SYSTEMS」「日経コンピュータ」「ITpro」などで、若手育成やコミュニケーションに関するコラムを約10年間連載。著書:「ITマネジャーのための現場で実践! 若手を育てる47のテクニック」(日経BP社)「速効!SEのためのコミュニケーション実践塾」(日経BP社)など多数。誠 Biz.ID「上司はツラいよ

ブログ:田中淳子の“大人の学び”支援隊!


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