人材育成歴30年の田中淳子さんが、職業人生の節目節目で先輩たちから頂いてきた言葉たちを紹介する本連載。今回は、物事を別の視点から見て別の意味を与える手法「リフレーミング」を、実例を交えて紹介する。
人材育成歴30年の田中淳子さんが、人生の先輩たちから頂いた言葉の数々。時に励まし、時に慰め、時に彼女を勇気付けてきた言葉をエンジニアの皆さんにもお裾分けしたい、と始まった本連載。前回は、淳子さんが最近考えている「キャリアの描き方」を紹介した。今回はカウンセリングの場で使われる「リフレーミング」の考え方を解説し、実例を紹介する。
ある資格試験を受けるための講座に通っていたころのこと。3カ月後にせまった試験について、休憩時間にクラスメイトと雑談していた。
「あと3カ月しかないのに、どうしましょう」と、私がため息をつきつつ言うと、クラスメイトは「え? 私『まだ3カ月もあるわ』って思っていました。もっと焦った方がいいのかなぁ」と、のんびり答えた。
「なるほど。これがよく聞くコップの水の話か」と苦笑いしてしまった。
「コップに半分、水が入っています。『あと半分しかない』と思うか、『まだ半分もある』と思うか。後者の方がポジティブシンキングですね」といった例でよく使われる、あれである。
同じ物事であっても、捉え方でずいぶんと変わるものだ。試験までの日数は同じなのに、「まだ3カ月もあるわ」と言われたら、何とかなりそうな気がしてくるではないか。
「物事をさまざまな角度から眺めてみる」のは「リフレーミング」の考え方である。「枠組み」(フレーム)を見直すから、「Re-frame」である。
今年6歳になった甥がまだ2〜3歳のころのことだ。一つのおもちゃを取り出して遊んだかと思うと、しばらくすると投げ出して別のおもちゃへ。そのおもちゃも放り出し、また次のおもちゃへ……と、すぐ「飽きて」、次へ次へと関心が移ってしまう子だった。
甥の母である私の妹は、「こんなに飽きっぽくていいのかな?」と少しだけ気になっていたらしい。甥と同年代のお友だちの中には、ひとところでじーっと同じおもちゃに集中している子もいるので、「うちの子は大丈夫だろうか」と思ったようだ。
検診の際その話をしたら、担当者が「それは、好奇心が旺盛ということですよ。おもちゃの使い方などを理解したから、次に関心が移ってまた探究しているのではないでしょうか」とおっしゃったらしい。
「この子は飽きっぽいのではなくて好奇心旺盛なのか。だから次々と関心が移っていくのか」と妹は安心したようだ。一見、短所と思えるようなことも見方を変えれば長所になる。
リフレーミングは職場でも使える。
例えば、仕事を細部にわたりチェックする上司。「口うるさい」「細かい人だ」と考えることもできるが、「緻密に確認する」「品質に厳しい目を持っている」と捉えることもできる。
ざっくりとした資料をパパパッと作る人は、「大ざっぱだ」ともいえるし、「スピーディ」ともいえる。
ネガティブに思えることもリフレーミングで良い意味付けをすれば、別の価値が生まれてくる。場合によってはそれが、人に自信をもたらし、さらには生きやすさももたらしてくれるかもしれない。
落ち込んでいるときは、リフレーミングしてみるといい。
「私は『ああなったらどうしよう。こうなったらどうしよう』と先のことまで考えて動き出せない臆病者だ」と思っていたら、別のフレームで見てみよう。「臆病」は「リスクマネジメントに対する意識が高い」と考えられないだろうか。
私は自分に芸術的な創造性がほとんどないことを自覚している。でも「オリジナル」をよく観察して、そこから発想して自分なりのものを作るのは割と得意だ。
ここ数年お弁当作りを習慣にしている。おいしそうなお弁当を本やインターネットで研究し、その上で自分なりに色の配分やおかずの配置を考え、SNSにアップしている。
ある時友人に「いつもきれいなお弁当の写真を載せているね」と褒められた。「他人のお弁当写真を見てまねしているだけだから、オリジナリティはないのよ」と答えると、「あら、淳子さん。まねができるのも才能なのよ。誰もがまねできるわけじゃないから。オリジナルをまねしても、自分らしいお弁当が作れるのって、それはそれで才能よ」と言われた。
ほぉ、そうなのか。
最初からオリジナルで作り出せなくても、何かを参照しながら自分風に仕上げられることが自分の強みだと考えてもよいのかと気付いたら、お弁当作りがより好きになった。
捉え方といえば、以前、魚類学者でイラストレーターでもある「さかなクン」がトーク番組でこんな話をしていた(メモを取っていたわけではないので、正確な再現ではないことをお断りしておく)。
学校の先生に「魚と絵は好きなようだけど、それ以外の科目は成績が良くない。どうしますか」というようなことを言われて、さかなクンのお母さんはこう答えたそうだ。
「うちの子は魚と絵が好きなのだから、それでいいじゃないですか」
「魚と絵しかできない」と心配した先生に対して、お母さんは「魚と絵が好き」と捉え、だから「いいじゃないか」と考えた。このお母さんだからこそ、あんな風にユニークで才能あふれる人が育ったのだろう。
物事をどういう「フレーム」で眺めるかは、自分で選べる。ネガティブにもポジティブにもなれる。せっかくなら前向きになれる「フレーム」を持ちたいものだ。
試験まで、まだ3カ月もある。しっかり勉強しよう。
グローバルナレッジネットワーク株式会社 人材教育コンサルタント/産業カウンセラー
1986年 上智大学文学部教育学科卒。日本ディジタル イクイップメントを経て、96年より現職。IT業界をはじめさまざまな業界の新入社員から管理職層まで、延べ3万人以上の人材育成に携わり28年。2003年からは特に企業のOJT制度支援に注力している。
日経BP社「日経ITプロフェッショナル」「日経SYSTEMS」「日経コンピュータ」「ITpro」などで、若手育成やコミュニケーションに関するコラムを約10年間連載。著書:「ITマネジャーのための現場で実践! 若手を育てる47のテクニック」(日経BP社)「速効!SEのためのコミュニケーション実践塾」(日経BP社)など多数。誠 Biz.ID「上司はツラいよ」
ブログ:田中淳子の“大人の学び”支援隊!
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