「できるか、できないか」よりも「どうすればできるか」を考えよう――拡張的能力観(Growth mindset)を持てば人生も仕事も楽しくなる田中淳子の“言葉のチカラ”(20)

人材育成歴30年の田中淳子さんが、職業人生の節目節目で先輩たちから頂いてきた言葉たちを紹介する本連載。今回は「人間の能力は固定的ではなく、努力次第で変えられる」という「Growth mindset」な考え方を解説し、試験勉強中に彼女が励まされた言葉を紹介する。

» 2015年07月13日 05時00分 公開
[田中淳子@IT]
田中淳子の“言葉のチカラ”
「田中淳子の“言葉のチカラ”」

連載目次

 人材育成歴30年の田中淳子さんが、人生の先輩たちから頂いた言葉の数々。時に励まし、時に慰め、時に彼女を勇気付けてきた言葉をエンジニアの皆さんにもお裾分けする本連載。前回は、物事を他の角度から見て別の意味を持たせる「リフレーミング」を解説し、魚類学者「さかなクン」のお母さまの言葉を実例として紹介した。今回は、未経験の出来事や難しそうな案件に取り組むときに役に立つ「拡張的能力観(Growth mindset)」を伝授しよう。

 先日、妹からこんな内容のメールが届いた。

 幼稚園児の息子に「カブの天ぷら」を作ってほしいとせがまれた。天ぷらは作ったことがないので不安があったが、息子に「失敗してもいいから」と懇願され、挑戦した。完璧とはいえないものだったけれど、食卓に並べたら息子が「母ちゃん、美味しい! 世界一!」と言ってくれた。

 メールに添えられた甥っこの満面の笑みと空の皿の写真を見ていて、ふと、「無理だ」「やったことがない(からやめておこう)」とちゅうちょするのではなく、「やってみる」ことの大切さについて考えた。

可能性を広げる“How can I do it?”

 心理学者キャロル・ドゥエック氏によると、人は二つの能力観のいずれかを持つという。一つは「Fixed mindset」、固定的能力観。もう一つが「Growth mindset」、拡張的能力観である。

 Fixed mindsetの持ち主は、「能力は今ある状態で固定している」と考える。「今できるかどうか」で物事を捉え、「今、他者からどう評価されるか」にも関心が行きがちになる。能力向上のための努力も避ける。

 Growth mindsetの持ち主は、「能力は努力次第でいくらでも変えられる」と考える。「今はできないことでも、努力すればできるようになる」と考え、未知のことにも挑戦してみる。

 ドゥエック氏に師事したことがある上田信行氏は、「“Can I do it?”で考えるか、“How can I do it?”で考えるかの違い」だと、著書「プレイフル・シンキング」(宣伝会議刊)で述べている。困難なこと、初めてのことに遭遇したとき、「(今の)私にできるか?」と考えるのはFixed mindset。「どうすればできるか?」を考えるのがGrowth mindsetというわけだ。

 ドゥエック氏によると、テストの点数などの「結果」を褒める教育をすると、子どもがFixed mindsetの持ち主になりやすいそうだ。Growth mindsetを育むには、「プロセス」に対してフィードバックするとよい。

 例えば「100点を取ってスゴいねぇー」と褒めると、子どもは成績という「結果」が大事だと思って、「Fixed mindset」になりやすい。「ゲームや漫画を我慢して、一生懸命勉強したことが100点につながったね」と「プロセス」に焦点を当ててフィードバックすると、Growth mindsetを育みやすい。

 これは、大人でも同じだ。「できたこと」の承認はもちろん大事だが、「挑戦した」ことも認められれば、やる気が増すし「また挑戦しよう」と思えるに違いない。つまり、Growth mindsetを持ちやすくなると思うのだ。

 先日、ITプロジェクトのリーダーたちが集まる場で「モチベーションが何で上下するか」を聞いたところ、ほとんどのリーダーが、「仕事に慣れてマンネリ化してくるとモチベーションが下がる。新しいプロジェクト、まだ知らない技術、先進のスキルなどが絡む仕事に就けると、よしやろう! という気持ちになる」と話していた。

 「新規の知識スキル」や「未知の領域」に挑戦することが、自らのモチベーションの低下を防ぎ、下がりかけたモチベーションを再上昇させるきっかけになるのだという。まさに、「Growth mindset」を地で行く例だと思った。こういう方たちだからこそ、リーダーに抜てきされているのだろう。

 彼らは「自分がそうやって成長できたので、メンバーにもどんどん挑戦してほしい」とも言っていた。

承認の言葉「頑張ってるね」

 十数年前、筆者がある資格試験を受けようと頑張っていたときのことだ。少しずつ勉強を続けていたが、試験日3日前からはさらに、休暇を取って自宅にこもり、集中して勉強した。朝から晩まで、過去問題を解いたり、参考文献を読んだり、とにかく猛勉強の日々だった。

 一人で勉強していると誰かに認めてもらいたくなるもので、毎晩、勉強時間の最後に友人の一人にメールを送った。「今日も勉強頑張りました!」。

 すると、必ずこのような返事が来た。「おお、頑張っているね」。

 「頑張ってね!」でも「頑張ってるか?」でもなく、「頑張っているね」だ。「頑張っているね」には、「今まさに努力している」過程への承認の意味が感じられ、「このまま勉強を頑張ろう!」と励みになった。

 試験に無事合格し、「頑張ってるね」と毎晩返信をくれた友人には、感謝と共に報告をした。

周囲も奮い立たせる「何とかやってみよう」

 ドゥエック氏は、以前「人材教育」という雑誌に掲載されたインタビュー記事で、「組織にも、Growth mindsetとFixed mindsetがある」と述べていた。

 困難が押し寄せたとき、「この問題を解決してくれるヒーローが現れないかなあ」と皆で渇望している組織には、Fixed mindsetがはびこっている。「みんなで力を合わせて乗り切ろう」とチームワークを大切に考えるチームには、Growth mindsetがあるそうだ。

 上司や先輩が、未知の仕事に取り組む際、困難に直面した際、「できない」「こりゃ無理だ」と言わず、「どうやったらできるかな」「何とかやってみよう」と立ち向かっていく。その姿を部下や後輩が見て、「こんなふうに前向きに取り組むことが大事だ」と自然に学ぶ。それが部下のGrowth mindsetを育てることになり、組織にもそういうムードが育まれるようになるのだ。

 安請け合いが良くないのはもちろんだが、未経験の言語や開発手法の案件を「やったことがない」「できない」とリーダーがはねつけてしまったら、メンバーのキャリアも組織のパワーもだんだん先細りするのは火を見るより明らかだ。

 上司も先輩も部下も後輩も「どうやったらできるか」を考え、挑戦する姿勢や取り組むプロセスを互いに認め合い、力を合わせて乗り越えようとする。“Can I do it?”よりも、“How can I do it?”で考える個人と組織であれば、人生も仕事も楽しいものとなるに違いない。



 来年から小学校に上がる甥っこも、母親が「やってみる」と未経験のレシピに挑戦した姿勢から何か学んでくれたかな、とおばバカな私は思うのであった。

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筆者プロフィール  田中淳子

 田中淳子

グローバルナレッジネットワーク株式会社 人材教育コンサルタント/産業カウンセラー

1986年 上智大学文学部教育学科卒。日本ディジタル イクイップメントを経て、96年より現職。IT業界をはじめさまざまな業界の新入社員から管理職層まで、延べ3万人以上の人材育成に携わり28年。2003年からは特に企業のOJT制度支援に注力している。

日経BP社「日経ITプロフェッショナル」「日経SYSTEMS」「日経コンピュータ」「ITpro」などで、若手育成やコミュニケーションに関するコラムを約10年間連載。著書:「ITマネジャーのための現場で実践! 若手を育てる47のテクニック」(日経BP社)「速効!SEのためのコミュニケーション実践塾」(日経BP社)など多数。誠 Biz.ID「上司はツラいよ

ブログ:田中淳子の“大人の学び”支援隊!


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